通り抜けていくだけの嘘を
選んでそっと煮詰めたら甘くなるだろうか



 夢を見た。
 それはきっと口に出してはいけないような内容だったろう。セッツァーが起きた時には汗ビッショリで頭がぐわんぐわんと不快に響いていた。だが、思い出す夢はそう悪い内容ではなかったはずなのに。親友というかライバルというか、むしろ女とも思っていなかったはずのダリルを引っつかんでキスして押し倒す夢。そう、夢としては、男としては全く悪くないはずだ、と思ったけれど起きた時の気分はあまりに最悪。
 そんな夢を見たセッツァーの前には、ダリルを思い起こさせる長い金髪が揺らめいていた。だから口にしてしまった。こんなくだらない夢、ずっと胸の奥にしまっていても良かったのに。ゆらゆら揺れる長い髪が、いつでもクールなギャンブラーであるはずのセッツァーらしくなく、ただ本能のまま目の前にいる女の体を後ろから、豊満な胸を抱きかかえるようにして抱き締めた。もちろん低い声で口説き文句を口にするのも忘れていない。しかしその文句は女をオトすというよりかは、いつものようにカッコつける、といったほうがいいぐらいの代物だったが。
「なぁ、俺の女になれよ………」



 ばっちん!

 乾いた音はしっかりとセッツァーの頬を赤く染めてその場の雰囲気はどうしてだろう、ゆっくりと和んだものになっていく。目の前にいるブロンドの髪の毛はすぐに彼の前からゆらゆら揺らめいて真っ正面から睨みつけていた。彼女の平手打ちはジンジンと、確かに痛みと存在感を音もなしに告げていた。呆れたような表情の目の前の女の名はセリス。もちろんセッツァーの女になるはずのものでもなく、それを知っていて口にしてしまった時点で敗北は決まっていた。確かにセリスはいい女だと思うけれども、自分のものにするとなればまた別であるとセッツァー自身も理解しているはずなのに。うたれた頬を撫でながら微笑を浮かべる。
「寝ぼけてるわけじゃねえけど」
 それだけは伝えたくて口にした。続けて平手は飛んでこなかったので安心して脱力した。お陰でまた今朝のくだらなくも心地よくてひどく不快な夢を思い出す。夢の中でセッツァーはダリルを自由にするのが当たり前みたいに壁に追い詰めた。キスをした。服を脱がせた。唇を舐めた、そして吸ってまた舐めた。ぎゅうと抱き締めた。髪の毛をかき分けてその表情を知ろうとした。自分に酔っているだろうと勝手に思って長い前髪を邪魔、とかきあげてまたキスをした。今度は深く。そして、そこで目が覚めて。もやもやした気分を胸に抱き不快を思った。それが朝の夢。不快で爽快なゆめ、意味がつながらなくともいい、ただひたすらに不快なのに嫌ではないから。その理由が何であるか、そんなことはどうでもいいのだ、ただ今の自分らがどう思うか、それが物事の焦点なのである。
「夢を、見たのさ」
 セリスはどんな?と無遠慮に聞くものだからセッツァーに対して男として興味がないことが分かってしまったので何のおもしろみもない。だから飾ることはやめた。クセになっている程度の飾りは別として、ほとんどセッツァーという一男の本音を彼女に語る。それはかっこよくも男らしくも何ともない思いの丈。ダリルのことはセリスも知っている。もちろん生前のことなんて知る由も無い。それだけにセッツァーの話だけのことではあったのだけれど、それを知った上でもし気持ち悪いなどと罵られても構いはしないと思って今朝の夢の内容を告げた。ふわふわ揺れる髪が彼女を思い起こす、とも。
「けど不思議なんだ、俺はダリルとヤリたいなんて思ったことはない。あいつは俺のライバルだったから」
「そう言い切れるの? セッツァーが本当のこと言ってるのか、冷静か調べてあげる。ポーカーでね」

 勝てるのが当たり前みたいな態度でセリスがいうものだから受けた。バカバカしくてまともな勝負なんてする気にもなれなかった。ちらりと手札を見るフリだけをして勝負!などと強気なことを言った。自分の裁量で受けた勝負だ、何の躊躇いもない。にやり、と目の前のセリスが笑ったのが気になった。もしかしたらイカサマをしているかもしれない、もしかしたらハッタリかもしれない。様々な思いがよぎったが自分の裁量を信じることに決めた。



 見もしないブタで負けた。しかもセリスの手札はワンペア。負けてもうまく逃げる手を考えていたのだろう、トランプを切ってからカードいれに収納した。それについて礼もない。だがセリスは笑っている。余裕の笑みを浮かべられてしまえばこのレベルの低い勝負もイカサマだったように思えてしまう。そう言いたくなる思いを口の中で何度も噛み殺して向き直る。目の前の女に何かを見透かされているようで嫌な気分だ。なによりギャンブルで負けることが嫌いだ。セリスはズブの素人だから失うものも、くだらないプライドもない。だがセッツァーは違う、ギャンブルと空を飛ぶことで食いつないできた男なのだ、それなりのギャンブルに対する哲学もある。素人に負けたことに固執してしまう、認めたくない。
「ずいぶん動揺してるじゃない」
 セリスが言うのももっともだ。セッツァーらしからぬくらいにひどく狼狽し周りの様子が見えなくなっていた。だからこそセリスがイカサマなどしていなかったのにもかかわらず、ただのハッタリで負けてしまったのだと気づいてしまう。勝負前に話していた内容がこれほどまでに心をかき乱していたなどと馬鹿らしいと思っていたのに。内容のことを思い出せば彼女の名が脳裏をよぎる。

 ―――ダリル。

 ダリルの長い髪が揺らめく様と、セリスの髪が揺らめく様が思い出と現実の中でないまぜになって絡み合う。セリスはしてやったりな表情をして笑うけれど、ダリルも勝ち誇った表情で笑った。腕を組んでにやつく女の姿はあまりに嫌味だと、かわいさのカケラもないと思う。だが、嫌ではない。それが、そんな生意気そうな様こそがダリルなのだと知っているから。だが目の前にいるのはダリルではない、セリスだ。オペラ歌手のマリアでもない、間違いなく元帝国軍将軍のセリス。彼女を抱きたいわけではない。ダリルと寝たいわけでもない。焦がれるほどに女に現を抜かしたのは、ギャンブルにのめり込んで起き上がれないくらいにあり得ないことだとセッツァーは思っている。つまりは、賭けるチップ、またはチップに代わる何かがある限りセッツァーはほだされたりしない。だが、
「愛とか、恋とか、セックスとか。そんな言葉じゃああいつは語れねえのさ。もしも罷り間違って、一夜の同じ夢を見ていたらきっと俺たちの関係はまったく違ったものになっていたとしても。」
 口にしてみれば、男と女なんてそんな間違いがある可能性も山のようにあっただろうと思う。だが彼らは親友でありライバルである関係からは決して踏み外さなかった。それはどちらもこのまま必要以上に寄り添わずにいたかったからなのだろう。セッツァーはセリスから目を離してダリルの遺した船の舵を取る。まずはダリルの墓に花を添えに行こう。なぜかそうしてやらなければならないような気がしていた。セリスはどこに行くとも聞かされていなかったが、セリスなりに理解して声にせずセッツァーの飄々とした背中に向かって静かに頷いた。
 ファルコン号は過去の思いと未来への夢を抱えて最速で飛ぶ。


title:彗星03号は落下した

年末になりようやく家にいることができてこんなものを書くのに三日くらいかかってしまいました。ほんとうはホの字であったことを認める話だったように思います。しかし男女が男女であるからといってくっつく必要もまた恋愛が絡む必要もないだろう、とあっしらしく彼らの彼ららしい関係を言葉少なに読み取ったつもりです。わざと言葉数は減らしてます(笑)。

年末は墓参りっていうのはないですが、やはり今年は震災の関係もありましたから悼む話を書く気になったのかもしれません。
そもそもうちは被災地ですから友人の家族や友人が亡くなる、まあ実際友人も亡くなってショックを受けたこともありましたのでそういうムードに押されてるのかもなぁなんて他人事みたいにも感じておりつつ書いてみた次第です。さあ年内アップしなくてわ。

FF関連ランキングも入りたいような。

2011/12/30 09:37:02