逆さに進む時計・3

話しかける気なんて、全く無かった。そのはずなのにどうして話しかけてしまったのだろうか。その答えは口を開いた当の本人でさえ明確な答えが出せない。だが、相手はどうして?などという表情も見せない。むしろ、話しかけられることを予想していたみたいに落ち着いて、それでも哀しみに満ちた憂いのある表示は隠せないまま振り向いた。

「神崎………」
諦めにも似た色を含む哀しみの満ちた呟きを返して寄越した。いつもの相手ならばこんな弱気な様子を見せるはずがないのに、とは思ったが当然のことだろう。彼女と神崎は同様の痛みを抱え別の苦しみを味わっている。だが、別と言えどつながった痛みだ。二人は同じ思いを共有している。それは言葉で確かめるまでもない事実に他ならない。

学校の授業が終わりを告げる、六限目のチャイムが音高く鳴り響く中、その音が鳴る前に教室からは既に多くの生徒らが姿を消していた。奴らは単位というものを知らないのだろう。ぎりぎりの単位の者らはそこに腰を落ち着けていたが、退屈で社会に出ても何の意味もないガッコーのベンキョーとやらの時間が終わればすぐに立ち上がり姿を消す。ホームルーム? そんなものは受ける必要がない。単位には左右されないはずだから。よほどのクソ教師でもなければ。だから授業後のホームルームなどこれまで神崎は受けたことも無かった。ただ今日はぼんやりと椅子に座ったままそれが行われてしまった、というだけのことである。
教師が何か言っているが、それについては耳に届くまえに溶けてなくなってしまうみたいで脳にまで全く届かない。きっと口を開いている教師がそれだけ馬鹿な野郎なんだろうとぼんやりと思う。伝えたいことがあるなら魂を込めるはずだ。それは馬鹿であろうとなかろうと。
そう思うことで死んでしまってここにはいない彼女のことを思い出された。決して頭がいい訳ではなかったけれど、必死に自分の思いを伝えようとしている、それでいてどこか空回りしていた。だがそれも『ウザい』と感じられるほどではなく単に(がんばってんじゃん)くらいに流せるくらいの程度の良さ。
そんなことは思い出すとも思っていなかった。だから、神崎が思っていた以上に彼女の存在は神崎にとって大きかったのだろう。視線は狙ってもいないのに凛と立つ生花が花瓶に生けられている。彼女の机は華やかなはずなのにひどく寂しい。彼女がいれば、彼女さえいればきっと、寂しくなんてないのに。否、寂しくなんてないはずなのに。
脇にその花を目に移して。本当は見たくもなかったのだけれど、目に入ってしまうものだから見てしまう。本当は見たくもないのに。彼女はここにいないんだ、って分かってしまうから。意識してしまうから。彼女の席に花が飾られるような少女趣味などではないことを神崎はよく知っていた。彼女は目の前の女が頭を張るレディースの一員だったのだ。それぐらい花には縁がない、そう、生涯を送っていたのだ。だからこの不似合いな花瓶は彼女がいないことを誇張しているかのように、そうとしか神崎は思えないのだった。
そんな神崎であったから、横目に僅かに映ってしまう花があまりにも目障りだった。だからそちらとは反対側にある目の前のぼんやり面の邦枝葵に声をかけてしまったのだろう。今まではそんなこともなかったのにも関わらず。
ただ、見返して来た邦枝の目は何の色も移しておらず、目の前にいる神崎の姿すら移してもいない。ただ彼女がここにいないということだけしか理解できないでいる、暗い色を落とす瞳だけが神崎の目を射抜く。どうして邦枝がこんな目をしているのか。それは神崎には分かり合える理由。
言葉にしなくてもツカツカ歩み寄った神崎の目にも、それを見つめただけの邦枝の目にも互いに彼女の死を悼んで泣いた痕が映る。そして、それが不謹慎にも嬉しいと思った。同じ思いを持つ仲間と認識した証だ。
言葉はなかった。否、言葉は時に感情をゆがんだ形で伝うから失敗する。神崎は邦枝の気持ちを理解したし、邦枝は神崎を解ったのだから言葉にする必要なんてないということを分かっていた。もちろん、これは逃げなんかじゃない。
さらりと流れる髪の動きを止めようなんてそんな無謀なことを思った訳じゃない。だが、長く流れる髪の存在はあまりに寂しい感じがして思わず神崎は邦枝の両肩を掴んでいた。
だから、邦枝の流れるようなサラサラとした髪の動きはそこで止まって、どうして肩を掴まれているのか分からないといった表情で見上げていた。言葉がないから分からない? そんなことはないはずだ、と神崎は思ってそのまま邦枝の体をつよく強く抱き締めた。そこに恋愛感情とかスケベな気持ちなんてものが介入する隙間なんてないくらいに、まっすぐな気持ちで神崎はぎゅう、と強く。



放課後。
教室の中には神崎と邦枝しかいなかった。二人にはなんだかんだという言葉はなかった。だが彼らの体温は今ここで同じように感じられている。そしてどちらもうつろな目をして、その目は泣きただれ赤く腫らしたものとなっている。
そんな状態は分からない。
否、誰しも予想をしないだろうと思っていたから無遠慮にガラガラガラ、と開けられた横に開くタイプの戸は二人が抱き合う姿をあられもなく示す。
慌てて互いの体を離したのはやましい気持ちがあるからではない。やましく思われては困るからであるし、そう思われる態度であったとどちらも感じたからである。


11.12.03

けいおん!の日だから書いたわけではない(笑)

まだ零式は5章で止めている。5章で止めて遊んでいるというか、レベル上げをしているというか。
だからEDは見ていないが大体の内容は理解済みです。いっかい見たら何回でも見れる、レベルでいいんだよ、ね???
でもSPPはチート以外でどうやってゲットすればよいのやら…
などと思いつつプレイしたり、今日(詳細は昨日になるのだが)はゆったりとした気持ちでゆったりできない状況を思うことが、あっしの現実世界でも行われていたから。とかなんとかいろいろと。詳細なんて覚えてないけどそれでも続きがあるのだから読んでもらえれば。
反響がない場合、消える可能性大。
今までの連載もそうであったように。気が向いたら望まれなくても書くのだけれどね。

2011/12/03 01:03:41