2011.11.23 Wed 00:25
思い違い、一


フーゾクについて、姫川がツッコミを、入れてきたのは過去の神崎の姿を知れば当然と言えるかもしれない。
フーゾクについて。構想を練ったのは三年ほど前のことだった。

もちろん、三年も前のことだからまだ組の長になるとかそんな話すらもでていない。ただ組長がボヤいていた。それはとある時に、まったく当人としては何の気もなしにボヤいたのだろうけれど神崎には、息子には聞こえてしまった。それがある意味で切羽詰まったボヤキであることを。
「……、シノギ、キツくなってきたなぁー…」
組長は元よりボヤキの少ない男。昔ながらの熱血もあるからカッとすれば拳の一つや二つは誰かの体を空を飛ばす程度。…結構なお手前で。話は逸れたが短い言葉で理解した息子の神崎一はその夜、悶々と考えた。かんがえた。カンガエタ。
シノギが少なくなるのは当たり前だろうと思う。何より世間は阿呆みたいに不景気という名のどん底が見えない暗闇に突入している今この状況。そんな状況で世間という名の一般ピープルらがお金を出す世界を見つけて、そこを市場にしなければならない。
そこまで思い至るのに数日という期間を要した。元より脳みその働きに自信は薄い方なのだ。



2011.11.24 Thu 00:16
思い違い、二


世の中の道理というものが、学生時代であったあの一番彼自身も輝かしいと言える時代には理解できなかった。それがどうしてなのか。人は輝きを失ってから初めて、気付く。己の必要なものは今と昔では違うのだということに。
高校時代、実は気になっている女がいた。だが、それ以上でもそれ以下でもない。別に惚れた腫れたの話をしたわけでも、当然コイビトなんちゃらになんてなったわけでもない。何かの時に手を握ったりしたことはあるかもしれない。だから何だ。それだけのことだ。そんなことはダチでもクラスメイトでもするような当たり前のことだ。
そんな女が、卒業してしばらくして裏町のフーゾク店の辺りを横切って行った姿を見た。その時は向こうもどこかに行く道すがらだったようでケータイをチラ見しては早足でその場を過ぎ去った。その様子を見て声をかけられるほど神崎といえどKYなんかじゃない。
何より、その時神崎自身もくだらない用事だったと思うが、急ぎの用があったのだ。ただすれ違っただけで、会話をすることも、女の顔を見ることもほとんどなかった。
なのにどうして。
神崎はその日の夜、ベッドで天井を見やりながら彼女への「知りたい」「気になる」という思いがまるで高校の時のように蘇ってきたことに驚いた。暗い天井は年代物特有のシミのようなものすら闇色に隠していた。ただ何故か脳内には昼間の光景が浮かんでいて、それがあまりにハッキリクッキリしたものだったから悶々としてしまってなかなか寝付けなくなった。
高校時代にちょっと絡んだことがあるというだけの女の存在がなんだ、そう何度も思う。その思いとは裏腹にぐるぐるぐるぐると彼女の後ろに見えた安っぽい光はラブホのものだったよなぁとか、どうでもいいことを思い出してしまった。
どうしてか分からない。高校時代にそんなつもりで見たこともなかったのに、その日は抑えられずに女のことを考えながら初めて脳内で服を脱がせてセックスした。
もちろん、そんな日の次の朝は自己嫌悪に陥りまくるしかないのだが。


2011.11.24 Thu 10:00
思い違い、三


そんなことがあってから数日も後のこと。どうして急にそう思ったのかは分からない。急に諦めにも似た男の性を感じた。夜のおかずにしてしまったということに対して嫌悪感を抱いた自分が馬鹿らしいとすら。
女のことを頭の中で犯すことぐらい、当たり前ということを、殺伐とした高校生活の色に気圧されてすっかり忘れていた。それだけ神崎にとっての高校時代はケンカ、ケンカに明け暮れていたのだろう。馬鹿なものだと落ち着いた気持ちで前を振り返っては、薄く笑いを浮かべた。
それからは連想ゲームだった。
女が単に背景にしていた世界。ラブホとか、そういった大人の性の世界。それは必要なものだということに今更ながらに気付く。じゃなければあんなふうにホテル街と呼ばれる場所ができるわけがない。フーゾクもまた然り。
神崎は元々ヤンキーだから周りに童貞卒業とか初キスがフーゾクだなんていうメンツには会った覚えがないが、世の中にはそんな男どもも数多く存在するのだということを、とある深夜番組で知った。もはや、意外、という言葉しか出ない。目を見開いたままテレビ画面の前で固まってしまった。
要するに、世の男どもが買うから成り立つ商売なのだ。そして、そこで夢を買う。昔の芸能界のようなものなのか、と思った。夢を売る女と夢を買う男。値段は高いが、イイ思いができるというんなら多少値が張るのは仕方ないことなのだろう。
そこで初めて組長のボヤキと重なる。世の中は不景気だ、シノギが減ってる……。もちろん神崎組の持ち物にはフーゾク店もあるはずだ。だがそこはどんな店なのか?夢ではなくきっと、女を売っているだけの店なのだろうと思った。特に見たいとは感じないが。
ならば神崎組で作ればいい。良質な夢を売るフーゾク店を。世の男が必要とする店を。

その店は、今はなかなかに繁盛している。

2011/11/24 10:00:49