逆さに進む時計・2


神崎が心に抱いた確信とも言える、だが事実は闇色に紛れているからあまりにはっきりとしない。つまりは『証拠がない』。そんな状態でどうこういうのはあまりに時期尚早と言えた。そして、誰もが笑うだろうし気の迷いとか恋の熱病のせいと、笑いたくとも笑えないだろうことは分かっていた。だからこそ、神崎はそれを口にできずにいた。
彼女の葬儀は無事に終わり、目を腫らした邦枝が口を噤んだまま去ろうとしたから、たまらずそれは反射的に肩を引っ掴んだ。クイーンなんて呼ばれていても、惚れた男である男鹿の前と亡き人の前ではただの女に違いないと神崎は口にせずとも思っていた。あまりにしおらしい態度がレディースのヘッドたる彼女にはふさわしくないような気がして。
だから、何も考えずに掴んだ肩のせいで振り向いた彼女の顔を見て少しだ後悔した。呼び止めるべきではなかった、と。何故ならば、そのとき初めて気づいたのだ。邦枝が彼女のために泣いてくれていたということを。神崎と同じ思いを持つものだということを(詳細な意味合いでは違かろうと、彼女のために泣くことができる者として…という意味合いである)。同時に、邦枝であるから呼び止めて良かったとすら思う。同じ思いを共有する者として。
呼び止めたときの邦枝の表情は滑稽だった。驚きに満ちていた。だが、向こうから見た神崎の表情も同じだったのだろう。驚きに満ちた表情はすぐにやわらかな、そして作られた笑みに変わったのだから。
同情?労い?あわれみ?
どれでも構わない。どれでも神崎にとって何ら変わりはない。どの言葉も今の神崎や邦枝にとっては何の意味もない。今持つ痛みを和らげるわずかな効力すらないのだ。
同じ思いを共有した、と感じた2人はその場では特別な言葉を発することなくときを刻んだ。ただ、同じ思いである相手が思った以上に多い可能性だけを胸に抱いて、線香から立ち昇る天への魂の欠片を見つめて、また泣いた。彼女が死んだことが冗談であればいいのに、と言葉にせずに声を殺して火葬の煙を見て涙を堪えきれず泣いた。



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彼女が死んだことはクラスでも、というか石矢魔高校の校舎が男鹿らによって破壊されたせいで聖石矢魔の校舎を使い始めてから学年すら曖昧な扱いを受けている、元石矢魔の生徒がいるクラスにとっては衝撃が走った。学年が違えどクラスメイトである彼女が死んでしまったのだ。それを象徴するように彼女の席には花瓶に添えられた死に花が飾られていて、彼女の死は間違いではなかったと物語られていた。しんと冷たい雰囲気で飾られたそれはあまりに美しさを感じない。ただ、冷たく寂しく哀しい雰囲気だけを醸し出していた。だから神崎は思わずその机を蹴り倒し、花瓶が割れたけれどそのままほおっておいた。それについてはいつも『常識どおりに』ウルサい城山も何も申さずおとなしい。おとなしいままに散らばった花や水や花瓶の破片を片付けている。なんという気持ちの悪い雰囲気。
すぐ近くの席でほうけたような表情をした邦枝の姿が見えた。気のせいでなければ彼女は神崎のことを見ている。神崎は目が合った気がした。だが、邦枝は特に話しかけてくるわけじゃない。だから神崎から話しかけることもなかった。もし話したとしても、彼女をなくした痛みという同じ思いで傷の舐め合いをするだけならいらないと思ったからだ。傷の舐め合いなどこれ以上自分自身を惨めにするだけだと分かっていたから。

2011/11/16 23:43:50