何故、わけも分からず巻き込まれたジェクトがスピラの『罪』にならなければならなくなったのか。アーロンにも、勿論ブラスカにも理解できなかった。だが、それでいい、とジェクトはからからと笑った。
 迷いはあった。それはそう、両人とも。だから、一人一人、腹を割って話そう。そう提案したのは、意外にも命をこれから堕とすことが確定しているやさしい男・ブラスカその人であった。
 無論、とアーロンも首を縦に振る。複雑に眉を寄せたのはジェクトただ一人。だがその意味は分かると頷いた。あまり話したくもなさそうにのっそりと立ち上がり、まずはブラスカの後に続く。
 どうせ楽しい話などでも何でもないのは分かっているから。ジェクトは湿っぽい話が苦手なのだ。息子に泣き虫だのガキだのと言っているが、それは自分の血なのだということは痛いほどに理解していた。三十年以上も生きてきて、分からないわけがない。いつもいつも思いやりにも悲しみにも、周りに涙を見せていたのは自分が筆頭だ。
 ハッキリ言うとジェクトは、自分が命を捨ててまで決めた覚悟が、仲間が悲しんだり止めたり惜しんだりすることによって、薄れてしまうことを恐れていた。
 当然だ。『死にたくない』。
 そう思うのは生きとし生ける者全てに当てはまるはずであろう。
 覚悟が鈍らないうちに。祈り子は『シン』となり世界を壊すことを記憶から締め出しているうちに。召喚士は命を賭して祈り子を召喚することを、人間の罪は消えないと言われたことを忘れている今のうちに。

 ブラスカが破った沈黙を、ジェクトは恨めしく感じていた。
 ジェクトが、ブラスカがどう感じようともやらなければならないのだ。
「オレぁ、降りねぇからよ」
 ブラスカが何か言う前に、決めた心を先に告げておく。今でなければダメだし、決心を鈍らせてもならない。そんなジェクトの思いを嘲笑うかのようにブラスカは柔かな動作で彼をやさしく抱擁する。
「ジェクト…。わたしには分かっていたんだ、きみが言う『ザナルカンド』など辿り着けないと。分かっていて、誘った。…ーーきみを巻き込んでしまった。ごめん」
 ブラスカが話し始めてすぐ、ジェクトは咎めるように言葉を発した。「やめ、」「やめねぇか」だがブラスカの意思も言葉などで塞ぎ切れるものではなかった。謝罪など聞きたくない。この男は凛として、そこに在ればよいのだ。大召喚士として胸を張っていればよいのだ。
「うるっせぇなぁ…。分ぁーったよ、許す。そんで、いいじゃねえか。」
 ジェクトの言葉は実に単純で分かりやすい。それだけに、相手に伝わりやすい。この状況で他人を許せる男を、ブラスカもアーロンも知らない。だ激情家のジェクトは誰よりも許すのがうまい。
「結局…なんだ、オレのザナルカンドは無えし、息子にも会えそうにねえ。んでたまたまオメエの娘とオレの息子がタメ歳だった…。そんだけだけど、なんか意味があるみてーにオレぁ嬉しかったんだぜ?」
 ただの偶然のような出会い。二人の心の中には口には出せないけれど今までの諸々の珍道中が頭に浮かんでは、浮かんで・浮かんで 消えていく…。
『まるで、これから死地に向かう戦士と召喚士のように。』
(いや、寧ろそれが正しい話の筋なのだが。)



 軽く長い抱擁を解く。ジェクトは観念したようにブラスカの傍らに腰を降ろす。まだ立ったままのブラスカに顔を向け、
「聞かせちゃ、くんねえか。ユウナちゃんのこと」
 同じ立場で、一人の新米父親で、妻を早く亡くし、男手一つで周りから何やかんや言われながらそれでも精いっぱい、子供を愛してきただけ。
「……ああ。」
 ブラスカもジェクトの傍らに腰を降ろす。後は、他愛もない最上級の思い出話に華を咲かせるだけ。湿っぽい「今までの旅のああでもない・こうでもない」ではなく。道など元々なかったのだ。塞げる道もない。これ以上に失うものなど、後は今まで生きてきた個人の思い出というヤツだけだ、と二人は笑った。
『シン』の話をしようとも、ユウナレスカの話は、ユウナの名前の話でちらりと出た程度。後はスピラという言葉さえ出なかった。



君の大丈夫は悲鳴に聞こえる

sub Titie of Carpe diem.



2011/10/16 00:32:12