大切に抱き締めていたもの全て指の間から溢れ落ちていくんですA


「よぉパー子」
 またその名で呼ばれる。嫌だ。嫌なものは嫌なので否定する時もある。面倒なので否定しない時もある。そのせいで余計呼ぶのか?いやまて、否定するから呼ぶのか否定しなかったせいで呼ぶのかどっちとも取れる気がする。ううむ、と頭を悩ませてしまう由加であった。そうして考えているうちに、今回は否定することを忘れてしまった。
 結局昨日と変わり映えのしない神崎・城山・夏目・由加のメンバーで近くの売店に寄る。先に男鹿と古市が店にいて、男鹿は何個かのおばあちゃんの手づくりコロッケを買っていた。城山はラムネを買う。夏目はガムを買う。神崎は当然ヨーグルッチを買い、由加はアップルジュースを買った。
「あっなにそれ男鹿ちゃん」
「コロッケ」
「うまいのか。俺も弟たちに買ってくかな…」
「ロリコン。ここで幼女を待ってるっスか」
「違う!断じて違う!」
「よぉババア。最近悪ガキどもは来てねぇか」
 それぞれにてんでばらばらの会話ではあるものの、大体想像がつくだろうかと思う。
 古市はロリコン扱いされ哀しみながら、男鹿はごはんくんが始まるからと言って帰って行った。城山と夏目はオススメだと言われたコロッケを追加購入しながら神崎とおばあちゃんとの会話を聞く。
「最近は万引きも減って来たよ。あんたたちのお陰だよありがとうね」
「また増えてきたら俺に言えよ」
「えっえっ、なんスかその話」
「はじめくんが万引きするコらを叱ってくれたことがあってね…」
 おいおいヤクザの息子なんじゃねぇの、つーかヤンキーなんじゃねえの。とそこにいる誰もがツッコミたかったはずだったが、城山がおかしなことに「素晴らしいです神崎さん」とか言って感涙するから逆に空気がおかしくなってしまった。意外な話だった。夏目は驚いた様子もなかったが、彼とて聞いたことのない話題だったのだ。だが理解できない話ではない。神崎は関係ない連中に暴力を振るうような男ではない。由加は驚きながらも目を輝かせておばあちゃんの話を聞いている。神崎としてはあまり聞きたくもないようで、ゆっくりとした足取りで早くも店の外へと向かっている。

 おばあちゃんの話はこうだ。
 神崎一家は前からこの辺りに住んでいるので、この店とは昔馴染みである。そして神崎も例外なく学校の帰りなどにここに寄るようになった。それは小学生頃からずっとだ。もちろん大人になっていくにつれて通う回数は減って行った。神崎少年も他の少年らと変わりはしない。駄菓子屋に置かれている子供騙しの玩具などよりも今時のTVゲームの方が彼は好きだった。だから回数が減って行くのは仕方がないことだとばあちゃんも分かっていた。だがそれでもたまに顔を見せては菓子を買って行く姿を見て有難いと思っていたものだった。ある日神崎少年は営業用冷蔵庫の中を見ながら「あっ!」と叫んだ。彼のたまにムショーに飲みたくなるというヨーグルッチがそこにはあったので、にこにこしながらパックを二つほど持ってきた。だからおばあちゃんは「はじめくんはヨーグルッチが好きだったのかい」と言った。まだ売ってる店が少ないから必ず置いておいてほしいと神崎少年が言うので、おばあちゃんは快諾した。客商売とはそういうものだとおばあちゃんは思っているのだ。
 とある日、神崎少年の通う中学校の朝礼の時間に校長の話でこんな話があった。もちろん神崎はハゲチャビン校長の話など聞く耳を持たないが、石矢魔のとある商店では万引きが流行っているのだという話だったので、なんとなく耳に残ってしまった。確かにクラスのヤツでも万引きぐらいしたことのある者はいるだろう。だがそれは神崎にとっては侵してはならない領域のことだった。うそつきは泥棒の始まり、などとよく言ったもので泥棒をすれば嘘を吐く必要がでてくるし、それらは密接につながり絡まり一緒に在るものだと神崎少年は思っていた。そんな朝礼のことは授業の時間というくだらねえ時間が終わる前にすっかり忘れてしまっていたが、いつものようにばあちゃんの店に寄るとふと、思い出した。だから神崎少年は聞いたのだ。
「なあ、最近万引き流行ってんだって?」
「……ん、そうだねぇ」
 哀しげに笑ったおばあちゃんの顔を見て、この店も被害に遭っているのだと知った。神崎は染めた髪の毛があまり出ないように大きめの帽子を目深に被って近くの公園とばあちゃんの店とを数日間の間、行ったり来たりした。万引きするようなクズ野郎をなんとかしてやろうと思ったのだ。というか、神崎としても前述のような思いがあったため、万引きなどこの世からなくしてやりたいという思いがあった。そしてばあちゃんの店だ。許せるわけがない。と張り込みを開始したのである。特にカードゲーム用のカードや、おまけつきのお菓子は狙われやすい。大きな袋に入っているガサばるお菓子はもちろん狙われづらい。ひどいものでは店の外のゴミ箱におまけだけ抜き取られた菓子の箱が菓子ごと捨てられていることも珍しくない。そんなお菓子を見るとおばあちゃんの胸は痛くなるんだよ、と告げた。神崎少年は僅かに眉間に皺を寄せただけだったくせに、本当はハラワタ煮えくりかえっていたのである。
 程なくして万引き犯は神崎少年に腕を引っ掴まれた。クラスメイトではなかったけれど、神崎と同じ学校の制服を着た男だった。腕を捻じ曲げながら懐を乱暴に漁る。ぎりぎりと音を立てて腕は捻じ曲げられる。男が泣き声を出している中、盗んだお菓子が懐から、鞄から顔を出し始める。ごめんなさいと男は泣きだす。神崎は腕を離してやらない。こめかみにきっちり蹴りを食らわせながら腕を勢いよく離してやると、中学生はよく吹き飛んだ。
 それは中学生だけにはとどまらなかった。小学生のガキもまた同じように神崎少年によって更生的指導をされたのである。それが集団であっても追い掛けては肉体的指導を叩きこまれた。泥棒には痛みという罰則を与えたのがよく堪えたらしい。確かに石矢魔の辺りでは万引きはあまり聞かなくなった。しかし同時に、やりすぎた行為について学校側からは神崎少年は咎められた。おばあちゃんは「ごめんね」と「ありがとう」の思いが無くなるはずがないと今でも思っている。ほんとうに感謝しているけれど、学校へ頭を下げにいけなかった自分が情けないと謝った時、なんにも興味なさそうにしてさも当たり前のように神崎少年はおばあちゃんに言った。
「ヨーグルッチ売ってる店が潰れてもらっちゃ困んだよ」

「任侠、っスかぁ」
「や、たぶん違うと思うけど」
「いい話ですね、神崎さ…あ!」
 城山が話しかけた時はすでに神崎は外にいてまったくこちらの話を聞いていない様子で不機嫌そうにだらだらしている。への字に結んだ唇を見れば話など聞かなくても理解できるし、何よりこんな話は気恥ずかしくて聞いていられなかったのだろう。居心地の悪さとまんざらでもない思いがごっちゃになったような複雑な顔をして店から出てきた3人を睨み付ける。
「何だよ」
「いいじゃん。別に照れなくても」
 夏目に言われた神崎は思い出したように顔を赤くしたので、3人は大いに笑ってやった。ヤクザの息子で将来ヤクザの組長になるはずだというのに、ガキの頃から自分の中の正義にはとても厳しくて本気になって他人のために怒ったりする。それは今でも変わっていないことをその場にいる誰もが知っていた。
「一生ついてきます!」
「ホレるっスね」
「よかったね神崎君。ファンクラブ出来て」
「っせ〜なバァーカ!」
 とりあえずその日はファンクラブ会員1号・城山猛と2号・パー子にゲンコツして許してやることにした。なぜならば、ばあちゃんがヨーグルッチを1本くれたからだ。


11.10.7

ミヒマルの1/2のしあわせを聞きながら移り気にポチポチしてました。
FF零式のトレーラー見たり。バンプの唄いいなぁ!とか。全然関係ねえし。

小ネタでもいいような感じだったんですが、短編をつなぎ合わせたこんなノリでパー子と神崎シリーズを書きたいと思います。
神崎君は今でも昔も変わらず、自分のなかにある正義というか揺るがない部分がある男ですね。だから城山がやられてキレたりしてんだし。そういう熱血キャラなところが好きなので。
中学時代のエピソードを語る感じにしました。でも本人は前のことなんて関係ねぇとか言って語らない。もしかしたらこんな感じで神崎一という彼のことを語りながら、読む人と一緒にパー子も神崎を知っていくというシリーズなのかもしれないですね。恋愛要素というよりかは、一緒にいて遊んでるだけですからね。


その、神崎と寧々のときのシリーズみたいに明確にこれを書きたいっていうのががっちり固まってないんです実は。まぁ分かるとは思うけどさ。
その割には入れ込みたいエピソードがあって、かつ、それも神崎の過去をなぞるような格好になってます。で、ラストも決まっている。不思議だなぁ。まぁ変わるかもしれないから言わないけど。

寧々の方は結構恋愛モノらしい恋愛ものだったと思うんですよ。それ以上にケンカものでしたけどね。で寧々の過去と向きあったり追いかけたりするような感じ。
で、こっちはすごく普通の高校生の生活というか、そういうのがあって神崎の過去の話とか人となりを知って行く…っていう視点が逆な感じ。へたをしたら恋愛要素なんてないのではないかと思う。実際、お互いに好きとか嫌いとかそういう話はしてないわけだし。流れとしては学校にありがちな周りがくっつけるから〜…みたいな感じでしょうか。
一応山場もつくる予定ではあるので、終わるまで見ていただければ、と。いつ終わるか皆目わからんけど、そんなに長いシリーズではないんじゃないかと思います。

2011/10/07 15:38:18