大切に抱き締めていたもの全て指の間から溢れ落ちていくんです


ココからの続きものです



「アキチー。神崎先輩にコクられたっスか?」
 由加は両手を組んでわくわくしながら聞く。振り向いた千秋は無表情。そして何も答えない。表情は変わらないし、何も言わない。これはなんですかこの間は。と思っているうちに嫌な冷や汗をだらだらとかいていることに気付く。先に目を逸らしたのは由加だった。いつものこと。
「私は」
 唐突な話には慣れていた。千秋はそういう不思議っ娘なのである。だからどんな言葉がきてもビックリしない。そう思っていただけに由加には衝撃が大きかった。千秋がそれだけ予想外の言葉を吐いたのだから。
「神崎、先輩は由加ちーを好き、だと思う」
「ええぇっ?!! なんでッ」
「言ってたから。」

 それは弟を交えてゲームをしていた時のことだった。結局千秋の弟には神崎は敵わない。千秋は物によっては勝つことができるので姉としての面目を保つことはできていたが、地区大会などで優勝したりする程の手練だけあって腕は確かなのだ。しかしそれが単に『TVゲーム』であるというだけでおいそれと誇ることはできないというもどかしい気持ちもあった。特にそれは歳が上であればある程にゲームなんて娯楽という考えは強く根付いているから余計に。だから嬉しかったのだ、神崎に「弟、ゲーム強いんだろ。対戦させてくんねぇ?」と言われた時は。
 その言葉のまま弟を連れて神崎家へ言った。ヤクザの家だと言っていたがどうでもよかった。弟は黒塗りの車を見たり、古臭い体裁の家を見てははしゃいでいたが千秋にとってはどうでもよかったのだ。ただ弟について否定的でない神崎という男を意外だが自分にとっては好ましい、と思っていただけだ。対戦をしながら聞いてみた。カチャカチャとコントローラをいじる音が聞こえるがそれ以上にテレビから聞こえる破壊音の方が大きい。
「由加ちーはそんなに強くないですよ。どうして誘ったんですか」
「そりゃ谷村って戦力がいるし。あと…………うーん、アイツって、気楽っつーか、落ち着くっつーか…」
 その時、おかしな間があった。神崎は言葉を選ぼうとしているせいでしどろもどろになっている。言いづらいというか、自分自身でもそれが何であるのか分かっていないのだろうと思う。簡単なことだろうと千秋は思ったから神崎の代わりに言ってやった。
「だから、一緒にいたい」
 言葉どおりにとればいいものを瞬時に深読みして神崎は顔を真っ赤にした。「そ、いうわけじゃねえっ!でもまぁ楽っていう…」とか何とかもごもごしてるうちに千秋が神崎のことを破った。使用キャラの体力は半分をすこし割った程度残ったまま。弟が笑う。「弱ぇ」
 誰がどう見ても明らかな神崎の動揺っぷりにかこつけて、谷村姉弟でコテンパにやっつけ続けてやった。愚かとしか言いようがない神崎の手腕。

「え。それって気楽なダチってことじゃん」
 話を聞いた由加の態度はあまり好意的なものではなかった。他人の恋愛ごとになればひどく敏感さを発揮する由加も、自分のことになればひどく鈍感なのだろうと思ったので千秋はすこし笑った。だからこれだけ返す。
「私は神崎先輩に告白されたりなんかしない。だって、弟とワンセットだから」


********


 それは当たり前の放課後だった。下校中に家の方向が同じである神崎の姿を見つけた。
「よぉパー子」
 パー子という名前の意味が分からない。呼ぶのをやめろと拒否っても何度でも神崎はその名で呼ぶ。もしかしたら覚える脳みそがないのかも…なんて本気で思う。もちろんそれは口には出せないけれど。
 気付けば一緒に下校する。何ていうことない会話と、次々に散れていく神崎組のメンバー。公園の近くではもう神崎と由加の2人しかいない。眠そうに神崎があくびをしている。それでも振り返りながら由加を見ながら「公園、寄ってかねぇ?」と半ばそうすることが当たり前みたいに声を掛けてきた。別に断るようなせわしさがないから由加も頷くのだ。だが由加の頭にはふと疑問がよぎった。どうしてわざわざ遠回りするみたいにしていつも公園に寄っていこうとしてるのかな? そんなことを思うのは千秋の言葉のせいかもしれない。考えれば分かることのはずなのに。けれどその時、由加は何も考えずに神崎に向けて聞いてしまっていた。
「先輩、なんで公園に必ず寄るんスか?」
 神崎はその言葉に反応してぴたりと止まった。しばらく見合った。おまえなにいってんの?急に。みたいな眼をした神崎が由加を見ていた。だが数秒間、言葉はなかった。静かに木々だけがそよいでいた。しかし時は動き出す。神崎はフイと顔を逸らしてすぐさま自販機に向かった。いつものとおりヨーグルッチを2つ。ガコン、ガコンと落下音が耳に届く。そして1つを放り投げるみたいにして由加に寄越した。それを受け取りながら由加は感じる。理由、なんてこれ以外にないだろうと思い直す。聞いたのはまるで道化の所業。分かり切ったことを聞くのはアホっぽい。別に恥ずかしいわけではないが、聞かなくてもなぁとすこしだけ後悔した。
「すいません、分かってました」
 それだけ告げてヨーグルッチにストローを挿して飲む。そうしていると隣に神崎が腰を下ろした。公園には2人しかいない。ただ黙ってヨーグルッチを飲んだ。なんだかおマヌケな光景に映るかもしれない。そもそもどうしてヨーグルッチなんですかぁぐらいの。そして神崎の飲むスピードにはもちろん由加は敵わない。勝てるとも思っていないけれど、それでも「また負けたっス」と言うのはお約束だ。
「もう一本、飲みてぇ」
 神崎がそう言ってまた勝手に2本分の購入の音がした。戻って来た神崎はすでに咥えていたけれど、もう1本を差し出してきた。由加個人としては、ほんとうは2本も続けて飲む程にのどが渇いていたわけではないのだけれど、くれるというのだから貰わないのも悪いような気がした。ぺこりとちいさく頭を下げてからヨーグルッチを再び受け取る。ストローを挿してからベンチに手を置いたらその手の上に手を重ねてくる神崎の手の温度が感じられる。ベンチの上で手が折り重なっている。どうしてこんな場所に手を置いているのか、なんて聞けるはずもない。ただヨーグルッチを飲み干すだけの作業をしていた。だが、
「先ぱ、」
 由加が声を掛けようとしたらずずずーっとヨーグルッチが無くなった音がした。神崎は見もしないでゴミ箱へ空を放る。そして呼ばれたのは聞こえていたので由加の方を見る。いつものような気だるいやる気の薄い表情のまま。
「やっぱ、いっス」とだけ言って再びストローを咥える。確かに牛乳よりは格段に飲みやすいというか、幼稚園の時から牛乳が好きになれなかった由加は、そればかり飲むのが遅かったのだ。そしてそれは中学まで給食という形で続いた。平気だけど好きではない。ヨーグルッチは別物だとは思うが、名前と入れ物の感じがちょっと頂けない。2本目はやっぱりいらないなぁと思いながら口を離す。
「どぞ」
「アァ?」
「多いっス」
 うわ〜信じらんねぇヨーグルッチを残すヤツがいるとわ飲ませる価値なしクズい。などと悪たれを吐きながら神崎の方に向いたストローをそのまま受け取らずに口に含む。せめて手にしてから飲んでほしいと思う。そもそも何で神崎のために由加がヨーグルッチを持っていてやらなければならないのか。これは理不尽だと思い声を出そうとした所、またずずず〜っというあの音が聞こえた。思わず声が洩れる。「オニ早…」ぼんやりしているとストローから名残惜しそうに口を離した神崎と目が合う。今は神崎が俯いて飲んでいたので、由加が見上げられるような格好だ。なんかへんなの。いつもと違う位置関係に違和感がハンパない。
 そんなことを思っていたので、急にヨーグルッチの箱を持っている手を軽くパン、と振り払われるみたいにされたのにビックリしてしまう。弧を描いて遥か後方に飛んでゆくヨーグルッチの空き箱がくるくると回りながらゴミ箱にゴールした。手品みたいだと思った。目を見開いたまましばらくぽかんとしている由加の様子は、神崎にとってはあまりにお約束で笑いが止まらない。
「オニパネぇっス!手品みたいっスね!」
「俺の特技だっつ〜の」
「でもカッコよくは、そんなナイっス!」
 余計なことを言うヤツだ。とりあえず握り拳を作って見せる。これでうるさい口を閉じれば―――…
「絶対モテない技っスね!」
 黙らなかったため、実力行使されたのは言うまでもない。頭にゲンコ一発ざまぁみろ。ヘッと厭味な笑みを浮かべながらも神崎は由加の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。飴と鞭のようなもの。つまりは動物の躾みたいな。この言葉はしっくり来るような気がする。掴んだままの手を取って立ち上がれば、引っ張られる格好で由加も立ち上がった。
「そろそろ行っか」
「ナニも殴んなくったっていいじゃないっスかぁ〜、先輩〜!」
「テメェが余計なことばっか言うからだ」
「モテないのはマジじゃないっスかぁ…あ。」
 図星をさされると人は怒るものなのだ。そんなことバカな神崎でも由加でも知っている。だから余計に神崎は頭にくるのだ。それもお互いに知っている。まったく厭味のないその場の思いつきでやりとりする言葉は、その時々で腹を立てても問題なく後腐れなく風化していく。だが空気を止めるように由加がなにかに気付いたみたいに止まるから、仕方なしに神崎も振り返る。「いちいちウルセェパー子だなぁ」と口を挟むのも忘れていない。
「モテないで思い出したっス!」
「………ロクなモンじゃねえ」
「神崎先輩、好きなコいますか?」
 唐突な問い。くるくる変わる思考と、ゲンコツの効き具合はまったく比例しないらしい。
 神崎は答える代わりにもう一度、由加にゲンコツを先程よりはいくらか強めにゴチーンと食らわせてやる。くだらない質問だと思ったから答える必要など無い。
 それでも手は握ったまま、夕暮れに静かになりつつある空の下2人は歩き出す。神崎に答えなど貰えないと理解した由加は自分の頭を撫でながらも手を引かれるままに歩くだけで、特に文句は言わなかった。むしろ最初から分かっていたのだろう。相手から答えなどもらえるわけがないということを。
 夕暮の空を見上げれば藤色に染まった風景が目の前に広がっていて、それを見上げながら神崎が歩幅を狭めたのを、由加は黙っていたけれど感じていた。


11.10.07

神崎とパー子のゲーセンからの続きです。
書くだろうな、とは思ってました。や、マジで。

間接キスのネタが入ってますが、内容としては特に触れてないです(笑)というのも、高校生にもなってそれぐらい普通でしょう。という手前勝手な感覚からです。男女関係なく遊んでたし、バイクに乗ったりね……(や、あっしはヤンキーじゃねえ)
ジュース頂戴くらいは普通だったわけで、それで意識するような青さってたぶん、小学生くらいで卒業してるのでは?と思うのですが。こう書いておまえスレてんじゃねぇよとか言われたらどうしよう。絶対笑ってまう…
でもドギマギネタって書かれてますね。それは異性と関係が薄かった証拠、もしくはキャラクターに夢見過ぎって感じでしょうか。
でもねぇ、ダチでもチュウすることはあるし間接キスなんて当たり前でしょうと思うので、別にごく普通の扱いなのです。意外と関節キスでウワーなるネタが多くてびっくりします。同人屋はモテないのは分かるけどそんなやついまどきヤンキ(現在ヤンキーなる人種がいるのか?石矢魔以外に。ワラ)でいないだろ。


悩みの種

2011/10/07 13:11:13