この感情に名前をつけるとしたら


「擦り傷だ」
 英虎が特に痛みなど感じないと言ってのける。そんなことは分かっていた。それでも手当てをしないわけにもいかない、バイ菌が入ってしまってからどうこう言うのは逆に面倒だからという考えを半ば強引に押し切って静が消毒を施す。それがここ数年の2人の関係だった。それ以上でもそれ以下でもなくて、ただそういった間柄だったのだ。別に消毒について英虎は嫌がることもなかったし、仲間の者らもそれについては消毒して貰ったほうがいいでしょうというぐらいだったので気にすることもなかった。ただ英虎自身としてはこの程度でいちいち傷を消毒しているようなヤワさでは最強になんてなれるのかという懸念はあった。それを一度静に言ってみたものの、「消毒と最強は別物」と強く言い放たれて勝ち目はないと思ったので会話は終了した。そもそも聞く相手を間違っていたのだろうと思うが、聞いてしまって言い切られた以上はそれに倣うしかない。
「なんで、消毒する?」
 お門違いかもしれないと知りながら聞いてみた。なぜなら、消毒することに理由など要らないのは質問した側である英虎も分かっていたから。しかし、消毒している手は止まる。なにかを考えているように止まったまましばらく動くことはなかった。様子がおかしいと思ったので英虎は静の様子を見下ろす。彼女の表情は俯いていたから見ることはできなかったけれど、見間違いでなければ彼女は震えているように見えた。寒いのだろうか。しかしそんな時期ではないし、何より今日はそこまで寒い日ではないはずだ。英虎はタンクトップだったけれど寒くなかったし。いや、自分を基準にするとオカシくなると静は過去に何度も言っては背中を叩いていたはずだった。だったら震えている彼女はやはり寒いのだろうか。見下ろしながら考えてみたが、寒そうな者は学校にもいなかった。そう思えば静は風邪をひいて寒いと思っている可能性もある。だったら手当てなどする前に風邪薬を飲んで寝る方が先だろうと思って相手の肩を叩く。
 見上げた静の目が、まるで悲しみに満ちているかのように涙に濡れていた。震えが涙のためであったと初めて気付く。しかし動き始めた口は止まらなかった。
「風邪なら早く帰れ」
「…っ心配、虎。アンタが心配だからに決まってるでしょ」
 涙を拭いながら静はすぐさま立ち去った。どうして静は泣いているのだろう。英虎は走り去る静の姿を見つめながら次に会ったらどうすればいいのか、ぼんやりした頭で考えていた。心配してくれてどうも、とでも返すべきなのかと思ったが、どうして泣いているのだろう。やはりそれについてはまだ答えはでないようだった。ただ、静のことを追い掛けてそれを聞いてみたい気持ちが湧きあがって来ていた。足の速い静に今更追いつくことなどできないことは分かり切っていたので、次の機会までは聞くことはできないだろうから今日は諦めよう、そう思ったのだった。

2011.09.24

題:阿吽

虎と静の小ネタ
東条は死ぬほどにぶいです。むしろ好きです、って告白しても「へぇ」ぐらいで終わりそうなくらい理解力に乏しい生き物だと思ってます。男鹿よりもひどいにぶさとケンカ&バイトへの興味の薄さ。人間味にかんなり欠けてます。
静の恋は前途多難。それでも実ってほしいって思ってる!
そもそも虎は強さ以外のものにホレないんだからむりだよなあ、とか。

2011/09/24 09:04:16