18.

◎後日談 ? なにも進んでいない2人


「ゲーム屋なんて嫌だからね!」
「ふざっけんじゃねぇぞてめえHMVと服屋と靴屋、付き合ってやったろーが」
 半月振りに会った寧々は実にキタナイ女だと思った。可愛い?可愛くない?好き?嫌い?そんなことを問われれば全部肯定的で悪くない方の言葉を選んでしまうけれど、それでもこの扱いはあんまりなのではないか。明らかに荷物持ちに呼ばれたとしか言いようがない。そして寧々は手ぶらで神崎が行きたいと行った場所に寄ることすら否定した。何のために来たと思ってるのだ。自分のためでもあるんだぞ、と。
「大体、その荷物持って行くなんてバカじゃない。置く場所だってないし、盗まれたらどうしてくれんのよ。そのうち一人で行きなさい」
 とりあえず寧々の家まで荷物を運んでやったら、一発バッカンと文句をカマしてやらなければこの思いは収まりそうにない。誰が見ても分かる程に不機嫌丸出しで額には青筋すら浮かべつつ、寧々の元カレである青髪とやり合ったアパートの前に辿り着く。来てしまえば忘れていた思いが蘇ってくる。あまりいい思い出ではなかった。強引に退院した病院から出された痛み止めは飲む前からどこかへ紛失。いついつ来て下さいというミニスカ看護婦の言葉ももう忘れてしまっていた。だから完治しない骨が時折傷むことがあった。今もそんな気分だ。
 だが、階段に気を付けてと言いながら寧々から神崎の手を握って先導してくれる。それだけは今日の悪くないことの一つだ。だからといってこの苛立ちを許すわけにはいかない。荷物を下ろしたらまず脳天にチョップでも…と考えながら玄関に足を踏み入れる。足に触れる地面が絨毯だったからその場に買ってきた物をゆっくりと、壊れ物はなかったはずだが乱暴に扱うとどうこう言われるか分からないので、気をつけて置くようにする。

「あーありがとー神崎、こういう時は使えるわねぇ」
「てめぇ…俺を下僕か何かだと思ってんのかクソアマ…」
「思ってないわよ。でも次もよろしく」
 寧々が言葉を言い終わるか終わらないかの瞬間に神崎の振り下ろしの手刀が寧々の脳天を狙った。が、しかしそれを寧々はしっかり読んでいて真剣白刃取りよろしく両手でがっちりキャッチした。勝ち誇った笑みで返されたので手を引っ込めながら眼を逸らした。負け惜しみに舌打ちをするぐらいで負けてしまった。
 寧々の顔を見ていてもムカつくだけだろうと思って逸らした目は部屋の中をぐるりと眺めた。やはりあの青髪のことを思い出す。あの時、きっと寧々は神崎が入院している間に片付けたりしていたのだろうと思う。もう散らかってもいないし、血のシミもない普通の部屋だった。だから思わずぽろりと言葉が零れ落ちた。
「…片付けたんだな」
「あのまんまにしとけないでしょ。あ、今日のお礼」
 投げ渡されたのは神崎の愛するヨーグルッチのパックだった。まったく文句ナシ、だからといって『次』があると思うなクソアマ。と思いながら流れるパーマ髪を睨み付けた。自分の分はしっかりとコーヒーを淹れていやがる。どう考えても神崎の扱いはドブから拾ったちょっと気になる石ころ程度の扱いとしか思えない。もう少し労れと言いたくもなる。
「あんたさあ、別にカレのことは気にしなくていいんだってば」
 溜息交じりに寧々が言う。そんなに気にしているように見えたろうか。相変わらずカッコワルイ所ばかり晒しているなと内心反省するが、どうすればカッコワルさ回避できるかなど、神崎自身もまったく分からないのだから仕方ない。むしろカッコワルイ所を見せていればたまにカッコイイ時が輝く可能性もあるのだともはやネガティブな方向に己を鼓舞するしかない。それでも素っ気なさを装って聞く。
「何でだよ」
「一回別れた男とどうこうなんてならないってば。私はヤだし」
「だったら―――…」
「この前はね、説得しようと思って数日一緒にいたらあんなふうになっちゃったのよ。まさか強硬手段で来ると思ってなかったから。ああそうだ、助かったよ神崎ホント」
「……………」
 なんかノリ、軽くねぇ?とか思いながら神崎はお菓子を出す寧々のことを見上げる。相手はヤク中だったはずだ。それで今一緒にいる自分は…ヤクザの倅。いずれは神崎組を継ぐ男だ。そんなヤツばかりが近くにいてラブコール送ってるとすればそれは肝も据わろうというものか。まったく寧々らしいと言えばほんとうに寧々らしいと思った。
 ソファに寄り掛かって寧々は手を組んだ。似合わない乙女っぽいポージングだったから、冷やかして笑ってやろうと神崎は思ったけれど、どこか遠くを見つめる目。少なくともここにいて話している神崎のことなどまったく見てはいなかった。追憶辿る眼を瞬かせながら寧々は語る。それは青髪のことだった。5年前、ほんとうに恋愛をしていたのだと。



「好きってだけで殴られても、蹴られても許せるってのがホントにあるもんさ。でも今思えばやっぱり若気の至りというか、ばかだったなあって。しょっちゅう身体にアザ作ったり、生理の心配したりとか。でもたまに頭撫でてくれるのが嬉しいとか、それだけのために一緒にいたいなんて、いくら好きだっていっても今はそんなふうに思わないけど」
「……おい、今の話、ちょっとおかしくねえか?」
「何が」
「5年前っておまえ、幾つだ大森。あとそん時早くも処女喪失かこのヤンキー娘が」
 まるで宇宙人を見るかのような眼で神崎が時代遅れな質問を投げかけてきた。意外にもウブな所のあるこのピアスだらけの男にとってはまったく信じられない過去の片鱗だったのだろう。目が固まっていたと思ったら早くも泳ぎ始めている。この態度が面白いのだと思う。たぶん彼の仲間である夏目も、こういったおかしな所で頭の固い彼が面白くてハマッてしまったのだろう。
「13か4じゃない?」
「おやっさんとか泣くだろ!俺も哀しむわ」
 一通りツッコんでから神崎はぶつぶつと「13、4…中坊じゃねーか、んな歳で女の操を捧げたっつーか…性の愉しみを味わってしまったというか」などと無意味な貞操について言葉を発していた。その態度はあまりに面白くて、見ているうちに吹き出して笑ってしまった。そんな寧々を見て訝しげに睨んでくる神崎はもはや笑いのツボ以外の何物でもない。見た目はキンパでピアスでアゴヒゲで、という今風にチャラけているクセに色恋沙汰ともなれば真っ赤になったりがっかり肩を落としたり、喜怒哀楽を全身で示して一人の女のために一喜一憂してる姿が、なんてピュアなんだろうかと思う。
「ま、そんなこともあったからエッチって、未だにヤだって思うけどね」
 理性を失った男が獣になることなど身を持って知っていたから、どうしても男は遠ざけてきた。何よりレッドテイルの掟というものもあったが、レディースである以上は好きだの嫌いだのと言ってるヒマも気持ちも何にもなかったし、それが丁度よかったのだ。こんな思いを口にするのはやはり時間と、この間の出来事ですべてふっ切れたということなのだろうと思う。目の前にいるのが男である神崎だけに今の言葉は重かったかもしれないが。
「その辺、分かってくれれば別に嫌じゃないよ。あんたのこと」
「ん?」と辺りをきょろきょろする神崎。急に話を振られたようでドギマギしているらしい。もっと分かりにくくからかってやればよかったかも、と少しだけ寧々は残念に思った。そんなことを言ったらきっと神崎は背中を向けて拗ねるだろうけど。どんなに辺りを見回したって神崎以外には寧々しかいないこの部屋の中、他の人の姿など見つかるわけもなかった。「俺?」と自分を指差す神崎の姿がおかしかった。
「おまえさぁ、レッドテイルの男作るべからずとかっていうアレがあんだろ」
 いつの話をしているんだと神崎の耳を容赦なく引っ張ってその耳に向かって大声で言う。
「前レッドテイル抜けたっつったの聞いてなかったのかボケ神崎」
「………っ!」
 おかしな間と神崎の緊張した顔。たぶんこんな表情が見たいからからかってしまうんだと思う。好きか嫌いかで言えばきっと普通よりは好き寄りの方で、愛とか恋とか言えば、それまだどちらにも転んでないのだろうけれど、少し前に進んでみるのもそう悪くないのではないか。そう思う程に目の前の男はピュアだったから。
 まだ言葉を発せずにいる神崎の目は望んでもいいのか?と寧々に問うている。だが、寧々はこれ以上何かを導いてやるつもりなんてない。目の前の女のために悩んで笑って泣いて怒って…言いたいことも言ってみやがれ。勇気のひとつやふたつ、奮ってみやがれ。
「大森。……俺、エッチぃこととか、待つから。その、つ、付き合わねえ?」
「何言ってんだよこの童貞野郎」
「ぐっ…!」
 図星つかれたせいか神崎は言葉に詰まった。と同時に肩を落とした。くすくすと嗤う寧々の手を掴む。相手の目を見て文句を言ってやろうと神崎が凄んだのだ。真っ直ぐに見返してきた。きっと神崎の思いを全て知っているであろう悪女。けれど見目麗しき女神。結局は好きって言った方が負けなのだ。ドローぐらいに持ち込みたいけれど、どうしたってこの女に敵いはしない。微笑みに細めていた瞳を閉じた。そんな寧々の薄紅色の唇にそっとやさしく、触れるような口づけを落とした。触れあった柔らかさがやがて離れゆく時、ひどく寂しいような感じを胸に抱きながらゆっくりと眼を開ける。握った手を離して相手の背中に腕を回す。彼女を押し倒したりはしない。ただ少しだけ力を込めて抱き締める。
「大事にするからな……」
「あんまり心臓バクバク言わせないでよ。こっちだって緊張するじゃないのよ」
「好きでバクバク言わせてんじゃねえって。てめぇ察しろバカ!クソ」
 ぎゃあぎゃあ口ゲンカしながらも、寧々は本気で逃げようとはしなかったし、神崎は寧々のことを離そうとしなかった。夕方の空の色を抱きあいながらぼんやりと肌で感じていた。それ以上に相手の体温が肌寒い空気によく馴染んで心地いい。言いたいことを言って怒りたい時には怒って、文句も言えてそれでも一緒にいたいのだからきっと気楽に歩いていけるんだろう。
 帰り道、ふと神崎は気付く。降り注ぐ夕闇のこれからの闇の兆候の光。それに負けぬように寧々のアパートにはちかちかと何度か点灯した後にしっかりとした電気の明かりが灯った。それだけのことなのになぜか物悲しく、胸が少し痛んだ。
「言い忘れた。買い物は二度と付き合わねえって」
 帰り道の独り言。きっと寧々に言っても一蹴されるだけだと分かっていたけれど、それでも一応は口にしておかないと気が済まない。次に会う理由はその言葉を伝えるためだと、まだ会うのには理由が必要なくらいに青い思いを抱えて。


11.09.21

やっと終わった…!
1がちょうど11.7.20に後書つづってるのでちょうど2ヶ月間でようやく結ばれたという。おせえぇよ神崎一。とかツッコむけど遅くしたのはボク(笑)
まぁ番外でまたちょこちょこ書きますけど。前回言ったちょっとエチィのって今回の寧々の話題とかじゃないですからね?!もうね、コドモコドモしすぎで、ドコモかコドモかまったく区別がつきません!
テーマは今日発売のELT:ORDINARYを聞きながらポチポチしてました。
なんだかんだで最近のELT、一時期よりいいなぁ(初期は好きだったので)。

しかしウチの神崎はマジへたれっつうか。へたれうんこビチグソ神崎一じゃねえか。
ちょっとヒドいですけど、恋愛とかはあんまり経験ないんで(笑)自信がないというか。あとハズイっていうのが表に立っちゃってなかなか積極的になれないへたれ青年です。しかもヤンキーのクセに二十歳で童貞とか、お前は鬼塚センセイか!みたいな。
とにかく神崎は童貞っていうイメージが物凄いです。そもそもケンカばっかりだからね。

神崎と寧々の関係は始まったばかりですが、この話は一応の終わりです。
あとは番外でお会いしましょう!
と、こんな拙くてグダグダっとしたシリーズにお付き合いくださり有難うございました。
なぜか神崎と寧々のいる公園は桜の季節というイメージだったんですが、桜が舞っている、なんて表現は一つもなかったのでてめえ勝手な妄想というか思い違いに驚いています。

次回はこんな長編シリーズを高校時代のパー子&神崎でやりたいなぁとか!
こっちのが需要ありそうだけど、喜ばれなさそうな気がしてなかなか手が出せずにいるネギなのでした。お粗末さまです。

つづきを読む 2011/09/22 11:54:43