始まりの滑翔



(言ってしまっていいのかな)


 青井くにえと男鹿が久しく話していた。どうしてだろう、邦枝葵は自分をアルイミ偽っている姿、しかも子連れで地味なコに興味を持っているらしい男鹿のことが不思議でならなかった。青井くにえとして片手で数えられる程度の回数、男鹿と話した。どういう風に周りから見られているのか、なんて聞かなくてもダンボになってしまっている耳がキャッチしてしまう。公園は恥ずかしい場所だった。オバサンらの声が耳に入って顔が赤くなっているのが分かる。
「あれ10代でしょ、2人も子どもつくって。まぁ〜だらしないったら」
「結婚してるのかしら?アレ」
「しててもどうせデキ婚だからね。はしたないわぁ」
 勘違いも甚だしい上に勝手に親にさせられてしまっては全否定でもしなければ気も治まらなかったが、当の男鹿はまるっきり聞こえていないようだった。気にする素振りも見せない。学校でも興味ない話は全く聞いている様子がなかったのだから当然と言えば当然なわけで。男鹿の態度は学校にいる時とそう変わりはないはずなのに、それでもどうしても学校にいる時よりも男鹿がやさしい男に見えてならなかった。
「なあ、」
 不意に男鹿が言う。思いがけぬ声に返事は挙動不審になってしまうが、おかしく思われはしなかったろうか。特に表情を変えずにどこか遠くの方を見ているらしい男鹿の横顔がゆっくりと青井くにえを見つめる。まっすぐに。その目には間違いなく青井くにえが映っている。真剣な表情だったので射竦められるような気持ちになる。どうしてこの男は青井くにえに向けてばかりこんな表情をするのだろうかと、自分であるはずの青井くにえに嫉妬のような思いを抱いていることに気づく。バカみたいだと思う。情けないとも思う。
「かみ、長いのな」
 他愛ない言葉だと分かっている。それでもぐらつく気持ちがそこにはあった。小さくうん、と返事をするだけで精一杯だった。いつも下ろしている邦枝の髪については何も言ってこないのに、青井くにえの髪の毛は気になるというのだから可笑しなものだ。やっぱり元レディースなどという女などきっと厭なのだろうかと思う。だからこそ青井くにえじゃなくて邦枝葵なのだと言い出せなくなってしまった。おさげ髪の地味女が特攻服を靡かせているなんていう事実はどうしても言いだせない。レッドテイルを抜けて特攻服を寧々に渡した今であってもそれは変わらない。
「その髪、似てんだよな」
「アーダーアブー」
 ベル坊が青井くにえの方へ両手を伸ばしている。ベル坊も青井くにえにはよく懐いていると思う。数回しか会ったことがないはずなのに、ベル坊は強い者に主に懐くように思っていたのだが、彼女にはよく懐いている。よく知っている相手のように。それともあのジーサンの関係だからもしかしたら強いのだろうか。などと内心ハッとする男鹿の姿があった。青井くにえがベル坊を抱いて母親みたいな穏やかな笑みを浮かべている。この女が強いとしたら新世紀なのに世紀末だ、と男鹿は感じる。
 そんなことを感じている脇で葵は胸をドキドキと高鳴らせていた。髪が誰に似ているというのだろうか。長くて黒い髪の人のことを言っているのは間違いなかった。もしかしたらそこで邦枝葵の名前が出てくるのではないかと淡い期待を抱いて、話の続きを待っている。ベル坊と遊んでいるのは期待している顔を見られたくないためのカムフラージュ。
「青井くにえ。お前、実は強ぇんだろ?」
「…はっ?」
 全く予想外の言葉が飛び込んできた。もしかしたら正体がバレているのかもしれないと思った。ドクドクと鼓動は早くなって頭にすら響いてきそうだと感じる。もしかしたら知らない振りを続けてきたのは男鹿も一緒だったのかもしれないと。ならば、どうしてそんなことをする必要があったのだろう。だが今の言葉に男鹿は自信を持っているような色を滲ませているように聞こえた。つまり、もうバレているのだ。青井くにえというのは嘘で、邦枝葵が変装した仮の姿なのだということを。隠せていなかったのだ。ほんとうにバカみたいだと思った。バレているのにも関わらずずっと隠そうとばかり考えて。
「いつから……知ってたの?」
「ん?」
 もう隠すことは無意味なら曝け出すしかないと思った。メガネと帽子を外し、お下げ髪のゴムを解く。もはやそこには青井くにえの姿はなかった。凛とした表情で邦枝葵がベル坊を抱いて座っている。一部始終を見ていた男鹿は目が点になっている。ベル坊は男鹿に渡した。それでもまだ男鹿は微動だにせず目が点。
「青井くにえは?」
 開口一発、そう聞いた。ふざけた男だと思う。瞬時に葵はメガネをかけて髪を握った。そうすると男鹿は当たり前のように「おお!」と言ったがまたすぐに「じゃあ邦枝は?」と何も分からない表情で聞いた。だからすぐに変装グッズをしまった。男鹿が固まっている。まるでマジシャンのトリックを見破れない観客のような態度だ。
「も、もしかして……邦枝、お前が青井くにえ、なのか?」
「分かってやってんでしょ、あんたは!」
 バツン、と思いきり頭をはたいてやったがあまり気にしてる様子もなく首を傾げて男鹿はぶつぶつと「ん、いや待てよ…青井くにえが邦枝なのか?」などとどっちがどっちでも無意味なことを唱えている。どうやら全く気付いていなかったらしい。じゃあさっきの言葉は何だったのだろうか。髪とか強さとか。
「でもまぁ、いいか別に」
 嫌われると思っていた。ヒかれると思っていた。そんなことすべて覆して男鹿は一言、それだけで青井だろうが葵だろうがどうでもいいと言った。今までの葵の不安を吹き飛ばすみたいに何事もなかったような顔をして。どうしてこんなにも不思議なくらいに大きな器なのだろうかこの男は。すべてを肯定してなお、嫌そうな顔すら見せない。けれど葵は言う。
「ごめんなさい……、言いだせなくて」
「気にしてね―よ。それより…」
 いつになく男鹿が真剣な表情で葵の顔を、否、真っ直ぐに目を見つめてくる。その手にはベル坊を膝に置いたまま。この真剣な瞳を葵は知っている。たまにこんな表情をするのだ。だがこの表情を葵にはあまり向けてくれたことがない。眩しいものを見るように葵は目を細めた。背中で光太が寝息を立てているが、むにゅむにゅと動いているのでもう少ししたら目を覚ますかも知れない。ほんの短い時間で構わない。この真剣で真っ直ぐな目をもう少し見ていたいと思った。両肩に男鹿の手が軽く添えられる。
「こいつの、母親になって下さい」
 葵のきおくが、熱となって青い空へと旅立っていった。


11.09.16
書いてみたかったこの話ィ!
意外に他のサイトさんで見てないですね、この類の話。まぁ書いてる方はいらっしゃるんでしょうけど!だから書いちゃいました。バレました葵=青井なんですネタ
動揺はしてるんだけどやっぱり押しつけるっていう(笑)もう男鹿はそればっかり考えてる。
小ネタのはずなのに思ったより長くなりました。ウチのサイトのベル文の60本目の話になりました。つーか書きすぎ…(殆ど神崎だけど
ちなみに男鹿の言う似た髪が城山のおさげ(あっちは三つ編みだがね)とかいうギャグを考えてた(鬼)姐さん怒るよね…
だからあくまで裏設定ってことで。お粗末さまでした。
曲:森山直太朗 小さな恋の夕間暮れ/セツナ

ことばあそび

2011/09/16 19:51:06