愛とか恋のしがらみを捨てて、
君の手を握る。
温もりも無い世界など耐えられないから。



―――神崎と由加と千秋と。(下校)



「おう、面貸せや」
 由加の前にさも当たり前みたいに現れた神崎。見上げるといつものとおりガンつけて片手はポッケに突っ込んだ格好で立っていた。しかもいつもよりどこか気合いが違う。いきり立っている、という程ではないが雰囲気が違う。殺伐としている、というのとも違うのだが由加はなんとなく嫌な予感がしたのだが、断るには雰囲気が悪すぎた。はあ、と溜息一つついて渋々廊下に出る。廊下には夏目と城山もちゃんといた。
「神崎先輩なんなんっスか。今日オニ怖ぇっスよ」
「あのよ………、帰っから、その、アイツ、連れてこいや」
 ごにょごにょと言いづらそうに神崎が眉をしかめながらに言う。彼にしては珍しく奥歯に物が挟まったかのような言い方だったので由加の表情が瞬時に曇った。意味分からんし。夏目がケタケタ笑った。
「ちゃんと言わないと分かんないってば神崎君」
「先輩大丈夫っスかぁ?顔赤いっスよ。あと、アイツって誰っスか」
「…っち。アイツはアイツ、だよ。あれ、なんだっけ、おかっぱ。オメーと一緒にいる、」
「アキチー、のことッスか?」
「つーんだっけ、おかっぱ。そのアキチー。アイツ、連れてこい」
「いいっスよ。待ってて下さいね神崎先輩」
 と千秋を呼びに行くのは2年の教室へだった。たぶん2年の葵さんや寧々さんらと一緒にいるはずだから。そしてはた、と気付く。あの神崎の態度…、ラブ☆エモーション? とかそんなものをビシバシと感じだす。そうか、そうなのか。いやでも意外だったな、と思う。まさか神崎が千秋のことを…
「アキチー!一緒にかえろ」
 失礼します、とすぐ千秋は由加の後に続いた。で、その帰りで神崎組と一緒に帰るというなんとも愚行なる行為が待ち構えていたのである。静かに千秋は由加を睨んだ。だから仕方なく由加は小さく耳打ちした。神崎が呼べと言ったのだということ。それについてはふうん、と興味なさそうに素っ気なく返された。由加はなんだか神崎が不憫だと思った。
「何か用ですか」
「おう、まーな」
「内容は」
「……ゲーセン行こうぜ。城山、てめーは消えろ」
「行く」
(…行くんかい)内心ツッコんだ人、数名あり。

 神崎が三人(城山は帰らなかったが人数には入れない。以降、城山は空気扱いとなる)にこのゲームのやり方とか分かるか?と尋ねたアーケードゲームがあった。千秋はそれを知っていたので三人で千秋に教わった。さっすがゲーマー、と神崎が千秋の方を見て無邪気な笑みを浮かべている。
「悪ガキみたいだね、こう見ると神崎君って」
「そうっスね」
「てめぇらもちゃんと谷村の説明聞いてろ」
 そうしてその日のゲーセンには2、3時間程もいただろうか。途中、帰り道で分かれ道に当たる。千秋と夏目、神崎と由加が分かれる道だ。別れる前に神崎と千秋が握手をした。
「…谷村。また、頼むわ」
「わかりました」
 そこからは神崎と由加の2人だった。家が近いので帰りが一緒になることもたびたびあったが、一緒に帰ったことはなかった。大体、由加が1人であることも神崎が1人であることもなかったからだ。
「神崎先輩。聞いていいっスか…」
「もう聞いてんじゃねーか」
「いつから、なんっスか?アキチーのこと、」
「は?意味わかんねぇ。脳みそ湧いてんじゃねーよパー子」
「や、だって今日、急にゲーセン、」
「あ?ああ、それな…。この前の悪魔野学園の時、アイツゲーム上手かったろ」
「そ、そうなんっスか…」
「明日もゲーセン行くぞ」
 不意に神崎が由加の手を握った。はっとして神崎を見る。目が合った。なんとなく気まずい…ような気がする。お互いに少し黙った。
「なに逃げようとしてんだよ」
「だって、アタシ邪魔じゃないっスか…」
「ああ?てめえもいねぇとダメなんだよ」
 神崎はもう一方の方の手でパコンと由加の頭にチョップを入れる。痛いと撫でながらも不思議そうにきょとんとする。神崎の言うことは由加にはまったく理解できなかったが、どうやら恋のキューピッド役をしばらくやれということなんだろう。仲良しな友達のことを応援するはずなのに、あまり嬉しくはない。どうしてか複雑な気持ちだった。そして、どうして今自分は神崎と手をつないで歩いているのだろうと思った。すっかり暮れた空の中、街灯だけが2人を照らしていた。
 明日もこうして帰らなくちゃならないんだろう。
 そう思うと複雑な思いはさらにぐにょぐにょになっていくような気がしたけど、大きくて分厚い神崎の手の感触だけは悪くないと思った。






 次の日の帰りもまたゲーセンだった。昨日と同じゲームをやる。確かに4人同時対戦はワクワクもドキドキもした。
 ゲーセンに行った話を千秋は今日、学校でしたら寧々と葵が目をまんまるくして黙って見つめていた。時が止まっているみたいな2人のことを、やはり可愛いと千秋は感じたのだった。ノリという名を借りて抱きしてたいとすら願う程に。
「操作も充分、慣れたじゃねえか。なら、まずタッグマッチやらねぇ?」
 そう提案したのは神崎だ。由加と神崎、千秋と夏目がタッグを組んだ。実力による選別だと神崎は言い切った。ちなみに、ゲーム内容としては格闘ゲームであり2人、もしくは3人ずつの同時対戦ができるマッチング形式となっている。今までは格闘ゲームというのは1対1のものだった。キャラクターを交換しつつ数名で闘うものならばいくつもあったが、事実上それはただのトーナメント形式である。しかしこのゲームは違った。最大で6人が一画面の中を縦横無尽に暴れまくることができるのである。もちろんオンライン対戦に対応しているので、1人1人が画面が見づらいということもない。己の使用キャラクターこそが己の分身であることには変わりはない。そして補足であるが、シングルマッチ、タッグマッチ、チーム戦をキャラクター選択の際に選ぶことができる画期的なゲームということで、今ゲーマーの注目を浴びているというわけだ。

「ちぇ。明日は勝つぞ、パー子」
 2人になった時、神崎が由加に向けてぼやいた。結局今日の対戦の成績は神崎と由加の組の方が圧倒的に悪かった。やはり千秋がいるタッグの方が有利だということは明白だった。だからこそ神崎は拗ねたような顔をして口を尖らせているのである。あえて神崎がオメェのせいで、と言わなかったのはやはり自分もまだゲーム初心者だから自信がないのだった。
「明日も行くんスか?」
「バカ。練習だ練習」
 ゲームを練習する理由なんてないのに、これだけ熱心に練習するというのはおかしいと思った。ゲームはゲームなのだ。練習じゃなくてゲームなんだ、って。なにより明日も由加と組む気なのだろうか、とも思う。今日の今日で力の差ははっきりしたのだからシャッフルするのだと思っていたのだが。というよりか明日も行くということ自体が意外だが。
「嫌でも、オメーは数に入ってんだからな」
 嫌と言ったつもりも、そんな表情をしたつもりも毛頭なかったけれど、神崎がそう思ったのだとしたら嫌そうな顔をしてみたのかもしれないと由加は思う。自分の頬をぶに、と掴んでちょっと叱ってみた、心の中で。
「ちょっと公園、寄ってかねぇ?」
 神崎が不意に言うので「あ、ハイ」と返事をしてしまった。ヨーグルッチの自販機がある公園は神崎のお気に入りの場所だ。自販機を見た途端に瞬時にここに来た理由を由加は理解した。それと同時に飛んできたヨーグルッチ1本。「飲めよ」もう神崎はストローを咥えて飲み始めていた。さすがに早い…。
 日も暮れて闇が訪れた公園の中はひどく静かで、それでも風の音とぬるい風が運ぶ近くの家々の空腹に厳しい匂いと、それだってそう悪くはないと思った。今ならヨーグルッチで腹を一時的にでも満たせるのだし。神崎に倣って由加はストローを咥えて飲む。その最中にゴミ箱に捨てられたヨーグルッチの箱が音を立てた。飲み慣れていると早いものだと感じる。まだ由加のヨーグルッチは殆ど残ったままだったから。
 ぢゅーー、と音立てて飲んでいると神崎と由加はなぜか目が合った。思わずびくっとした。神崎はそんな由加の様子を見て「は?」と言った。だが今はヨーグルッチを飲んでいるので答えられないとジェスチャーした。そうしたら神崎は大人しくなった。どうやらヨーグルッチを盾にすると負けることはないらしい。思っていた以上に単純すぎる。
「ごちそう様ッス!」
「遅ぇよ。飲むの」
 ごみ箱に消えたヨーグルッチから目を離した神崎がすぐに由加に言葉を投げ付けた。神崎が早いのだということを神崎は知らない。そもそも神崎の中ではヨーグルッチこそが当たり前だから。飲んで当然、飲めないとかいう乳製品アレルギー系のヤツ全員イワしてやっから死ね。そのぐらいの心持ちなのである。また目が合う。何かを言いたそうにしている神崎と、それを察して黙って言葉を待つ由加と。だが、神崎はつと目を逸らして言う。
「帰っか」
 差し出された手を由加は迷うことなく握った。昨日の帰り道とそう変わりない。
 手を繋いでガキのようにてくてく歩く。神崎の靴音が引きずるような音だった。ちらと見るとガニ股で歩いている。こうやってわざと歩幅を合わせてくれているのだと初めて知った。だから思わず由加は口にしていた。
「神崎先輩って、実は優しいっスよね」
「?!あ、あぇ??!」
 裏返ったかのような変な声の神崎。動揺の様子が伺えた。思わず笑い転げそうになるのを由加は堪えた。それと同時に友人の顔も思い浮かべていた。きっと彼なら幸せにしてくれるんだろうと思った。だから言うのだ。複雑な思いは捨てて。
「大丈夫っスよ!先輩の良さ、分からせてやればフラれたりしないっス」
「………クルクルパー子…」
 由加の言葉には思わずがっくりと肩を落とした神崎の冴えない顔が見えた。はぁ、と大きな溜息を吐いている。大丈夫だと肩を叩いてやる。いつもより低い肩。とりあえず最後に呼んだ名前については言及しないこととする。それが由加の下した優しい判断だった。
 明日のことを思う。千秋のことを思う。神崎のことを思う。ゲーセンの帰り、2人きりになるべきなのか自分ではなくて千秋なのだと考える。夏目に相談してみればいいのかもしれない。そう思った。勝手にうん、と強く深く頷いて歩こうとした。しかし引っかかるように神崎が由加の手を離さないから立ち止まった。
「家の前まで、送る」
「は?」
「話、終わってねえし」
 街灯の下トボトボといつもよりゆっくりとしか思えない速度で2人は手を繋いで歩いている。それでも由加の家は目と鼻の先だった。
「パー子、おめぇ勘違いしてんぞ。勝手にレンアイ話にすんなって、俺は別に」
「隠したってダメっスよ。女の勘は鋭いっスからねぇ〜」
「説得力、ねえし…」
「あ、ウチここっス」
 普通の一軒家で足を止めた。まだ話は終わっていなかったけれど、引き止める理由があまりにもなかったから仕方なく神崎は足を止めて見送った。由加が玄関に入るまで。踵を返す。
「まっ、いいか。どーーーせ日曜になりゃ、分かるこったァ」
 諦めたように神崎は自分の家へとのたのたと帰って行った。今日は火曜日、あと四日間の隠された猶予が残っていた。その意味を神崎と千秋しか知らない…。





 金曜の夜。神崎が千秋の両手を握って何かを話している。それを横で見つめる夏目と由加。
「神崎君、頭下げてる」
「告白っていう雰囲気じゃ〜なさそっスね…」
 戻って来た神崎が嬉しそうに笑っている。ムードのカケラもないここ数日の様子。結局神崎は何がしたいのか、結局帰り道に由加は公園で問うてみた。気になることを放置しておける性質ではないのだ。
「お願いごとしてたんだよ」
「なんっスか?」
「それは言えねー。…と、それより日曜の約束、忘れんなよ」
 日曜日、今回のメンバーでゲーセンではなく近くの喫茶店に集まることになっていた。忘れるわけない、さっき聞いたばかりの情報だ。またゲームをやるらしいのだが詳しいことは教えてもらっていない。
 ここ数日と変わらず、公園でヨーグルッチを飲んでから一服して、ゆっくりと由加の家の前まで神崎が送る。ドアが閉まるのを見送ってから神崎が帰宅する。いつもの流れだった。明日は学校が休みなのでゆっくり休みましょう、という感じで今日は解散した。

 そして日曜、某喫茶店にて。
「ねえアキチー。弟、どしたの?」
「連れてこいって、お願いされた」
「オレ、はじめに呼ばれたんだぜ」
(……はじめ?)
 神崎以外の3人と千秋の弟が喫茶店で神崎の到着を待っている。そして千秋弟はどうして神崎をはじめと呼び捨てにしているのか。夏目も首を傾げては千秋を見る。
「昨日、3人でゲームしたんです」
「…昨日もしてたんだ。何かあるのかなぁ」
「今、分かります」
 あくびしながら神崎がのこのこと登場した。とりあえず席に着く前にジュースを頼む。うーっス、と眠そうに挨拶しながら座る。もう自分以外が揃っていたことに気付いても一瞥しただけで謝罪とかはまるっきりなし。時間は少しだけオーバーしているがまあいいか、といつもの俺様風吹かせて。
「で、だ。今まで黙ってて悪かったな、今日呼んだのは他でもねえ。今から勝負すんだよ、石矢魔最強を決める一戦だ」
 このノリだと間違いなく勝負内容は決まっている。だからあんなに練習していたのか。だったら言えよ早く、つーか関係ないだろ巻き込むなよ…という空気が漂っていたが、神崎はそんなことなどお構いなしに続ける。
「だがそんだけじゃつまんねえ。俺が石矢魔最強なのは当たりめえなんだからよ。つーわけで、俺達が勝ったら300万円賞金として用意して貰う手筈ンなってる」
 途端、わっと神崎と千秋以外の3人が湧いた。今までの寒い空気が一瞬で吹き飛んだ瞬間だった。神崎が口を開けたままわぁわぁとはしゃぐ者らを見て、言葉を挟めずに狼狽する。現金なヤツらだ、今までのテンションと全く違い過ぎて金の力、否、姫川の力に屈服したみたいでムチャクチャ腹が立つ。その思いを言葉に変えて声にドスを効かせる。
「で!!!聞けや人の話を。んで、負けた場合は、俺に子分になれとか下僕になれとか言うから絶対勝つぞっ!」
 拳を握って凄んで言った言葉のはずだったが、夏目すらも特に興味ある素振りもなくただ勝った時の金の使い道について皆で話し合っていた。何で今この状況でこんな疎外感を受けなければならないのか分からないが、神崎はただ独り孤独だと思った。
 今回の仲間達は鬼のような冷たい心と眼差しを持っているようだが、勝利に対する執念は充分にありそうだったので立ち上がる。喫茶店の料金は当然神崎持ちだった。これから勝つのだからこの程度を奢るのは男として当然である。
「行くぜ、オメーら」
 姫川の別のマンションに向かう。そう遠くない所にあるのだと聞いていた。

「よぅ、よく分かったな」
「思ったより小さいトコじゃねーか」
 オートロックの扉を抜けて降り立ったマンションの上階。そこは前に爆破事件があったあのマンションとは比べ物にならないようなごく普通のマンションだった。こんな普通の所に出入することがあるのかと意外に思ったのは神崎だけではない。
「まぁな。ココ女連れ込むぐらいしか使ってねーから」
 ヒく。とりあえずいろんな意味でヒくわ。モサっとしてヌメっとしてるクセに。ドン引きだわ。全員の共通意識だった。
「今日は助っ人で中坊来てんだからあんま大人向けの会話やめてくんねーかな、マジで」
「安心しろ。こっちのメンツもチェリーどころか女のおの字も感じられねぇメンツだ」
 ぼそぼそと神崎と姫川が口裏合わせをしている。しかし今の姫川の言葉は聞き捨てならないものがある。どうしてそんな男らを集めたのか。どうやって。もしかしたらこの勝負を受けたのは間違いだったのではないか。神崎は背中に冷たい汗が流れゆくのを感じた。おもむろに開かれたドアの先にスタンバイしている男4人の姿を見て、嫌な予感の正体を察した。
「な、なんじゃこのアキバ系キモオタ野郎どもはあぁ〜〜〜っ??!」
 もう部屋の空気がどんよりアキバ。街中を徘徊する時は大きなリュックを背負って。そこには萌え系のアニメキャラの缶バッチが飾り付けられている。夜歩く時はケータイ画面を開いているので冴えないメガネ面がぼぅっと幽霊のように浮かぶ。会話するとネットスラングが飛び出し何言ってるのか判別不能。まず人語しゃべれよヒマ人ども…。というタイプの男が4人、アーケードゲームの台に座って待っていた。明らかにバイト代で呼ばれたゲーマー共だ。たぶん大会で優勝するような猛者クラスの男達だ。
「…これはちょっと、やばいかもね」
「待てよ、聞いてねえぞ。つうか絶対負けたくねえし」
「え。でも負けても神崎先輩が下僕になるだけっスよね?」
「…勝ちます!」
「こんなヤツらに負けたくない。行くぞ、はじめ!」
「…そう言えば、1つ聞いていいかな?何で千秋ちゃんの弟君は神崎君のことを『はじめ』って呼んでるのかなぁ?」
 夏目が口を挟んだ。実際気になることだったので皆が神崎と弟を見た。
「昨日はじめは俺に負け続けて1Rも取れなかったから、俺に勝つまではゲームの師匠にしてやるって言ったんだ。俺直伝のコンボはできるよーになったか?」
「じゃあ先輩はアキチーの弟の下僕で姫川先輩の奴隷とかになるんっスか?パネぇっス」
「ふざけんな、勝つぞっ!!!!!奴隷じゃねぇし下僕でもねぇっ」
 こんな冴えない連中に負けるのも癪だが、神崎が負けて姫川の奴隷になる所を見るのもそう面白くない結果だとは思ったが、やはり現金の力は凄い。結局は負けん!という意思統一の元、各々が台に座ってスタンバイする。姫川がニヤニヤして神崎一行の方を見下げて言う。
「なかなか楽しい余興だったが……もう終わりか?なら、始めるとするか」

_____


 石矢魔最強の決戦は終結した。格闘ゲームのトーナメント戦で。
「やったな、はじめ。俺の教えたコンボ、ちゃんとマスターしてきたじゃんか」
「……おう、まぁな」
 神崎がはにかんだ笑みを浮かべてだいぶ年下の少年に頭を下げている。おかしな光景だった。そして300万円。夢にまで見たさんびゃくまんえん。さっさと夏目と谷村姉弟は退散した。その後に続く由加の後を真面目な顔で追い掛けてくる神崎の姿があった。
「うわっ、なんっスか神崎先輩」
 後ろから抱きつくようにして由加の身体に両腕を回す。分かっているくせに、と神崎は思う。分かっているくせに分からない振りをしているなんて、ずるいヤツだ。神崎がどうして追い掛けてきたのか、捕まえようとしているのかなんて答えは1つしかないだろう。場所も憚らずお構いなしに服やスカートをベタベタ触る神崎の手先に大声が響いたので、逃げるように中断した。これではまるでチカン扱いではないか。女というのはこういう時に本領発揮するので面倒くさい。いつも公園へと先を急ぐ。もちろんゲンコツ付きで。
「ちょ、オニ変態じゃないっスか!どこでナニしようとしてるんスか!!」
「違ぇっ!オメーが逃げるからだろーが。俺の取り分はどぉしたよ」
「やめてほしいっス!いたいけな少女のやわ肌をキズものにしようと…いくら先輩でも公園のベンチとかありえねぇっス!!!」
 泣きそうな表情をしている由加を見て、はたと気付く。ベンチの上で馬乗りになってなにしてんだ俺は。馬乗りになって前屈みで顔近付けて…、確かにこれじゃ勘違いしても文句言えねぇわな…。顔が真っ赤になっているのは分かっていた。ソノ気はないと言ってもやはり意識しないわけにもいかない。相手もああ言っているのだし。悪ィ、と一言しおらしく言ってベンチの脇に背中を向けて座る。ゆっくり話さないと相手は分からないらしかったので、話すことにする。
「……そういう意味じゃなくってよぉ、なぁパー子」
 今、神崎が追ってきた理由は他でもない。300万円について姫川に聞いたところ、アッサリと「渡したぞ」と答えた。神崎は貰っていない。だが姫川は夏目に渡したと言う。しかし気付けば夏目と谷村らはいない。由加も出て行ったばかりだ。熾烈な勝負に疲れて少しの間ポケ〜っとしている間に4人は勝手に山分けして、そして神崎に取り分を渡さないで帰ったのだ。それを取りに来たのは当たり前だと思っている。家の方向も同じだし、何より一番後に出ていったのだから由加が追われたのは当然なのであった。
「…って、パー子いねぇえええしっ!!!!!オメェらのがパネェわっ!」
 負けないだけよかったけれど、今回は全くオイシイ思いができなかったはじめくんであった。



●後日談●

「で。先輩はアキチーにいつコクるんっスか?」
「お前ら全員だいっきらいだよ………チクショウ」
 谷村(姉弟)・夏目・由加:100万円ずつ分けマシタ☆(神崎取返せず)


11.09.15
思ったより長くなったので小ネタから飛び出しました(何
まだ続いてしまいます。千秋←神崎←パー子 みたいな構図これ何。
さっきまで城山ボコスカな話を書いてたのに次これ。どんだけ平和なんだよ神崎君って感じ。展開とかはベタ中のベタなんですけど。そもそもラブストって一本道だからなあ。とか思ってるワシ。
とりあえず神崎と女子が絡んでるのが多い気がするんですが、女っ気ないよなぁ。でも絶対モテないって言いながら実はモテてるタイプだろう神崎は。
もしかしたら神崎目当てできたコを夏目がぜんぶパックンチョ☆かもしれないとか勝手に想像。たまに姫川も、とか。
いい友達(?)をもった神崎はずっと童貞です、ハイ。これは覆せないね。
曲は主に森山直太朗レアトラックスのもの。

神崎と千秋の恋路を邪魔しないで、応援すること決めたパー子編?
つーかこんな格ゲーあってもあっしはできないなぁ。まず格闘モノやるダチがいない。つーかアーケードハマレないあっしもいる。だから家ゲー派になるし、家だとオンラインはまったく顔が見えないわけだからハメ技合戦みたいになって(以下略)

11.09.16
やっと終わった…!
最終話が短くなるんじゃないかとハラハラしましたが、長くなっちまったい。
つうか恋愛要素なしで終わっちゃった…。恋愛要素入れ込むつもりだったんだけどなぁ。
書いてる時思い付いたのは負けたパターン(笑)神崎が姫川の犬。奴隷になるオニパネぇ話とかね。ひたすら姫川にイジメられる神崎のターン。そんなんばっかですね。
こっちの方が読み手としては需要がありそうな気もしますね。
「お前が決めたルールなんだからさぁ、言うこと聞けないなんて男じゃないっしょ〜」とか言って根性焼きさせたり、あちこちピアス穴開けさせたり(しかも消毒ナシ針で)とかイジメまくるようなサドな話でしょうねきっと。

タイトル:Emulsion
12/09/02
元々3つに分けていたものをひとつにまとめました。
文字にして8千くらいなので許容範囲かなぁと。キャパ結構あるよねケイタイサイトも。
2011/09/16 18:34:51