愛を伝えるよりは簡単さ 

「おい、」
 ぬぅ、と現れた城山のせいで辺りに影が広がる。当然だ。城山の身長は2mを超えている。急に訪れた闇に思わず顔を上げるレッドテイルの面々。
「花澤由加、顔貸せ。すまんが…借りる」
 巨体が由加を持ち去った。残されたメンバーはぽかーんとしている。ただ城山という常識人には危険を感じられなかったから、残った女子連は再びガールズトークに戻った。


*********

「城山先輩っ!なんなんッスか〜!」
 終始無言だったが城山がデカイせいと由加がわあわあ騒ぐせいで、余計に目だちまくりのまま3年の教室へ向かった。急に身体が浮き上がってうわわわああわわわあ、などと意味のない声を上げながら地面へ下ろされる。目の前には夏目の見慣れたロン毛が靡いていた。で、この状況は何なのか分からないが、まるで何事もなかったかのように夏目が片手を上げて「やあ」と言ったので由加はそこで固まるしかなかった。
「…あれ?神崎先輩はいないッスか?」
「うん。そのことでお願いがあるんだけど」
 ケータイの液晶画面を見せる。え、と液晶に顔を近づける。

From:神崎 一

ヨーグルッチ 食いたい

-----END------

「はぁ…、なんッスかコレ」
 実はね、と前置きをして夏目は話しだした。
 神崎はどうやら数年に一度ひくと吹聴しているという風邪をひき、こじらせている最中のため学校には来られない状態らしい。詳細は不明だが殆どメシも食わず濡れタオルだけを頭にかぶせて呻っているのだという。時折寄越す連絡が短文の意味不明メール。どうやらヨーグルッチなら食えそうだという意思表示らしかった。しかし5日も休んでいるし熱も高いらしいので見てきてほしいということだった。ちなみに最初のメールの内容などひどいものでただ カゼ という二文字だけが入っていたからまったく意味が通じなかった。しかし城山が解読したのだという。
「それは分かったッスけど、夏目さんにメールしてるんじゃねッスか」
「お願い。俺、これからバイト」
「花澤由加。お前が行ったら神崎さんは喜んでくれる。…頼む」
 神崎家の地図を渡された。ん、確か神崎はヤーさんの家柄だったはず。不安そうな顔をした由加をたしなめる夏目の言葉は逆に痛い。
「大丈夫だって。黒服の男の人が出てくるだけだから」

********


 半ば強引に押し切られるような格好で向かわされた。途中まで城山と一緒だったが、ヨーグルッチを持たされてから分かれた。神崎宅の敷地は広いし、黒光りした車があったのですぐに分かってしまった。見上げた先に屋敷、という感じのする建物が待ち構えていた。門の前に『神崎』と書いてある木の札が打ちうけられている。どう見ても誰が見ても神崎宅で間違いなかった。ごくり、必要以上に口の中に溜まる唾液を飲み込みながら、それでもなかなか呼び鈴を鳴らす所まではいかなかった。このまま帰った方がいいのだろうかと思う。そもそも由加が神崎の所にヨーグルッチを届けるいわれなどないのだ。
「若、…一さんのお友達ですか?」
 男の野太い声が聞こえた。っていうか若、って何?!オニパネぇっ!!!などと脳内ぐちゃぐちゃのままで振り向いたので動きがブリキの玩具みたいなぎ、ぎぎ、ぎ、というようなおかしな動きになってしまっていた。そういう動きをされるのも慣れているらしく野太い声を出していたらしい男は強面をなんとか崩して笑って見せた。
「お連れ致します。一さんがお待ちです」
 笑顔が逆に怖かったのは、内緒だ。


 部屋の近くまで連れて来られた。長い廊下をずっと歩き続けて、思っていた以上に敷地が広いらしい家だということが分かった。ヤーさんらしく純和風。古臭い木の匂いが心地好い。だがおばあちゃんの家に行ったような安心感はまったくない。お寺とか神社に行った気持ちの方が近いような気がした。強面のニイさんが止まった先に手で指したのは一室の扉だった。扉にはカッコよく竜と虎が舞って闘っている絵が描かれていた。これは神崎の趣味なのかなんなのか。ぺこりとお辞儀してニイさんは去ってしまったので由加はぽつんとしてしまった。もう後戻りはできない。ごくっ、部屋の前で息を飲んだ。そして静かにノック。低くしゃがれた声が聞こえる。「入れ」普段の神崎の出す声とそれは違っていた。やはりどこか心の底では逃げ出したかった。どうしてこんな所に来てしまったんだろう。夏目の顔を思い浮かべながら勢いよく神崎の部屋の扉を開ける。
 神崎が横になったまま「城山、」と別の人の名を呼ぶ。だが目の前に見えた相手の姿に目を見開いたまま数秒固まった。正気なれ、と思いを込めて由加はいつものように言う。
「チョリース」
 むしろ城山という名を呼んだ神崎の気持ちも計りしれない。だって夏目にメール送っていたはずなのに。や、城山にも送ってたのかな?などとどうでもいいことを思ってしまう。
「……パー子」
「うちの名前、花澤由加ッス。あの、ヨーグルッチ買ってきたッス」
「うーーー」
 額を押さえて神崎が一度は起こした体をまた横たえる。いつもよりも顔色は格段に悪かった。きっとさっきまで寝ていたのだろう。そうそう長居するつもりもなかったのでヨーグルッチをどうすべきかと辺りを見回すと、部屋の隅に冷蔵庫があるらしかった。やはりお坊ちゃまなのだと感じる。普通の暮らしなら個人部屋に冷蔵庫はありえない。ざかざかと膝立ちで歩く意味は特にないが、そんな恰好で冷蔵庫の前で開けようとしていると、低い呻きが耳を突く。
「いくつ…だ?」
 何が?と思ったがヨーグルッチバカのことだ、きっと買ってきた個数だろうと思い返す。
「5つっス」
「1つ、……飲ませろ」
 口調が命令調なのはひどく神崎らしい。他の相手だったらきっと腹が立つのだろうが、神崎にそういった厭味な気持ちはきっとないのだろうと思えばこそ、由加は腹が立ちもしなかった。プスリとヨーグルッチのストロー差し口にストローを挿してそれを神崎の口元へと運ぶ。だが神崎は咳込む。うまく飲んではくれないようだった。近くにあったティッシュの箱を手にしながらきっとベタつくだろう神崎の口元にティッシュを当てておろおろする。ゲホゲホ、と苦しそうに苦い顔をしたままの神崎の姿を見ると、なにかしてやりたいと思うのになにもできない自分がもどかしい。
「てめ、口に入れる量……多いんだ、っつの」
「ごめんっス…。どうすれば分かんないし、ぶきっちょなんッスよ…」
「〜〜〜っ………」
 呆れたような神崎の具合悪そうな顔。そんな表情をされても由加はどうしてやることもできないでいる。熱に浮かされていつもより汗臭い神崎が不憫に思えた。
「…な。おまえの口に、含んでろ」
 なにを、と聞くまでなくそれはヨーグルッチのことだ。神崎の視線がそれを物語っていた。「早く」と由加の動きを急かす。意味が分からないから言葉のまま口にヨーグルッチを含む。ぐい、と下を向くように神崎が由加の肩を掴んで引き寄せた。ぐらりとしながら熱い神崎の体温を感じる。同時にあわさるくちびるの感触が、ひどくやわらかに由加のくちびるに重なった。あまりに近い神崎の顔と、ざり、とアゴ先を撫でるヒゲの感触。こくこく、と嚥下する喉が鳴っている。神崎がヨーグルッチを飲んでいる。
 今この時がほんとうだ、なんて誰がしんじるものか。由加は目を閉じることも呼吸をすることさえも忘れ、ただ目を見開いたまま神崎のやわらかさとかたさを感じながらそのまま固まっていた。離れた男はただその場に力尽きたように横になっただけ。半開きの唇が由加に向けて乞う。
「……もっと」
「神崎先ぱ」
「ヨーグルッチだ、早く」
 有無を言わせない。見上げた格好のクセにひどく威圧的。鼓動も体温もいつもと違うけれど、きっとそれは神崎だって同じだから気にしないように‘看病’しよう。由加は再び自分の口にヨーグルッチを含んだ。今度は、由加から神崎へとヨーグルッチを。


 1本分のヨーグルッチを飲み終えた神崎は安心したように目を閉じた。もう充分だと思った。むしろ相手の体力がこれ以上はもちそうにないように見えたから由加は退散することにした。その背中を、神崎の声が追い掛けて低くちいさくこう言ったように、聞こえた。
「ありがとな……、パー子」
 そうであればいいなと思った願いが望んだ幻聴だった可能性もある。だって、神崎が脱力しきったようなイビキが聞こえたから。



(キスしたい、なんて言えるわけねぇだろ。)



11.09.12

思ったより長くなってしまった小ネタのつもりで書いたパー子&神崎のちゅ〜ネタ。
らぶらぶチュッチュとかじゃないトコがいいね(笑)
ちなみに付き合ってたりはしないわけです。
だからこんなふうにぎこちない。このぎこちなさ、青さ、みたいなものがいいと思うのはアッシだけでござろうか??

一応パー子と神崎ネタは小ネタ扱いで書いていくつもり。
この看病の後日談も近々書こうっと。でも神崎とパー子は結構人気あるカプですやね。
やっぱりガキっぽいレンアイ書くならちょうどいい。寧々ってもっとアダルティな印象あるしね。どっちもどっちで好きな組み合わせだったりします。神崎ってばオイシイキャラだなあ!

title:Carpe diem.
2011/09/13 00:04:40