人ひしめく熱気漂うこの街中に、とある男2人が無言のまま闘っていた。彼らの死闘は時に男の目を惹くもので、互いの身は今や倒れんとしていた。しかしまだ終わりではない。諦めるには早すぎた。男が諦める時、それは死す時だ。握った拳が次の攻撃こそが最後の一撃と物語っていた。だがスキを作った方が負ける。下手な動きをするわけにはいかない。まずは相手から間合いを取る。そして相手のスキを伺うのだ。そしてそれは相手も同じことなのだろうと、おおよそ動きで見当がつく。あとは集中力と時間の問題である。このままでは負ける、と舌打ちした。だが大振りで腰が入った一撃が決まれば不利な状況どころではなく、勝ち得る状況なのだ。だからこそ諦めるわけにはいかない。先に動いたのは相手だった。踏み込んできた。直線的な動きを読みつつ、こちらも足を進める。今しかない!
 キュッ、パパン!
 小気味良い音が神崎の手から流れた途端、目の前のディスプレイが光り、相手方は断末魔の叫びと共に倒れた。勝敗は決したのである。アーケード格闘ゲームで。得意になって笑う神崎が基盤の前で座ったまま拳を握って後ろに立つ城山にニッと笑い掛けた。アーケードゲームで得意になる神崎。学校帰りはやはりゲーセンでバトルである。まったくゲームをしない城山にそれは伝わっていなかったが。
「ヘッ!なかなか強かったが俺の方が上だったな」
 そのままアーケードCPU対戦が始まるため、神崎は再びディスプレイにかじりついた。とは言ってもCPU対戦は余裕でパチパチとプレイしている。表情にも気合いが入っていない。男は対戦だよな、と神崎は一人ごちる。どうせ城山には分からない。
「あれ〜、誰かと思ったら……神崎、君?」
 神崎の向かい側の台から長髪の優男が前髪を掻き分けながら現れた。さっきすばらしい死闘を繰り広げていた相手が知っている相手だったのは意外だった。だが神崎に見覚えはなかった。ん、もしかしたらいたかもしれないな、というかお前誰だっけ…? 無言と神崎の表情で男は言いたいことが分かったらしい。覚えてないのか〜残念、と気にするふうでもなくかわすように笑って隣の空き台の椅子に腰掛ける。神崎のプレイするゲームの画面に見入ってふうん、と鼻を鳴らす。ゲームが終わるまでずっとそこにいた。
「神崎君ってゲーム上手いんだね、意外。ケンカだけかと思ってた」
「つーかお前誰だよ。」
「同じ学年なのになあ。まあクラス違うし分かんないかぁ、俺は夏目慎太郎。彼女からは慎ちゃんw って呼ばれてる」
「夏目、か」
「あれぇ。慎ちゃんのくだり、無視?」
「…城山、帰んぞ」
「じゃ〜ね〜、また対戦相手してよね。神崎君」
「神崎さん、…だ。」
(……変なヤツ。)


 それが、夏目と神崎と城山との出会いだった。


********

 たまに時間が合えば対戦する相手がデキました。それが高校1年の秋のことだった。
 それが時を経て、クラス替えというものがあってから見覚えのあるロン毛を見かけるようになった。元より石矢魔高校はそう多い人数ではない。興味もなかったがクラスは不良率120%で2クラスしかないといった状況。だから手を振って来た相手が夏目というゲーマーであることは瞬時に理解できた。特に不快でもなんでもない。
「やあ、神崎君。同じクラスになったみたいだね」
 軽く声を掛ける夏目はひょろりとした身体だったから、どうということはないと神崎は高を括っていた。夏目にはおう、と軽く言葉を掛けるぐらいでそのまま座った。夏目は神崎の席の横に隣の席だった。


 とある日の六時間目の授業。終えた後には教室は静まり返っていた。ただ1人神崎だけが残っていた。机の上には城山からの『バイトがあるので上がります。城山』という味気ない文章が残っていた。その紙は堰き止めていた神崎の腕から離れてふわりと舞う。あっ、と神崎が言いながらその紙を追おうとしたけれど、思ったよりも風の流れが早かったから今日じゃなくてもいいや、と瞬時に思った。だがそう思った時にはもう高い場所に来ていたらしい。紙を追って来た校庭には上級生の顔があった。にやにやニヤニヤ。こんなガキになんて負けるわけはないと物語っている。言いたいことは理解できるが、強さに子供も大人もないということなど神崎自身も分かっていた。だからニヤニヤしている相手のツラがバカバカしいものとしか映らなかったのだ。先輩とか後輩とか関係ない、石矢魔は下剋上だ!とそう神崎は無心のままニヤニヤヅラを一蹴して告げた。



 神崎が大声を出した後にあったのは衝撃だけ。十人以上いた上級生はもう半数以上がその場にノックアウトされていた。もちろんそれに応えるように神崎も肩で息をしていたし、腫れた眼元と頬を晒していた。今の状態では勝てる見込みは半々というところ。だが負けを認めるにはあまりにダメージが少なすぎた。ハッキリしない状態が続いているのは気持ちが悪かったので、挑発して笑って見せた。少し強がりが入っているけれど、ちょうどよく上級生の中でも弱そうなヤツがビクリとした表情で脅えたように後ずさった。見慣れた表情であり、ツマラナイ言葉が続いた。
「や、やべえよコイツ……。神崎組の跡取りだ、って話だ…」
 その言葉を封切りに辺りがざわつく。神崎組と言えばここらでは名の知れたヤクザの家柄で一番幅を利かせている。というか、むしろこの辺りのヤクザや暴力団の類はまるっきり神崎組の一員だと思ってもよい。シノギを稼ぐにはちょうどいい、と言ってしまえば軽いだろうが、事実、稼業としてはそのような感じなのだろう。詳しいことはただ息子に生まれただけの神崎には分かりはしないが。
 ただ神崎の目の前にいる相手の中で怯む者と、怯まない者が存在する。その怯まない者に向けてボキボキと指を鳴らす。しかしボロボロになった神崎の姿を見ては半数以上の者が怯みはしない。負けなければ何とかなると男たちは思っている。むしろ負かすことで神崎組を取り込めると思って、おもむろに隠していた武器を取り出す始末。十人近い人数がいる中、いくら烏合の衆と言えど不利だろう、と内心舌打ちしたのは神崎のみ。
 次の瞬間、おおおおおおお、と雄叫びのような声が上がったのは神崎以外の連中からで、神崎組をもしかしたら取りこめる可能性が高いというテンションのせいだったのだろう。校庭の真ん中付近が熱気で溢れた。同時に神崎に向けて衝撃がいくつも破裂するみたいに何度も、バチンばちんと。それと一緒に神崎の拳や足にも衝撃が走る。それは自分が攻撃した衝撃だ。しかし時を後にせず神崎の身体はその場にどさりと横になる。だがそれすら瞬時に理解できないで目を瞬いていた。あれ?と思ってから数秒して、同じ制服の足元を見て(俺、もしかして横ンなってね?)などとのん気に思う。遅すぎるだろ、ほんとは天然??とか思いながら身体を起こそうとしていた所、乱暴に短い髪を引っ張り顔を上げさせられる。ひどく屈辱的だった。にやにやと嗤う上級生の顔が醜く映る。
「んなら金持ち?恵んでくんね?尊敬する、先輩として」
 ヘラヘラ笑う口元目掛けて近い額を相手へとぶつけてく。ごつっ、というにぶい音が印象的だった。相手のツラが歪んでいくサマが何とも滑稽。神崎はその場にゆらりと立ったまま。ふらつく足を何とか踏ん張る。こんなカスどもの前で倒れるわけにはいかない、と思った。
「おめえらにやる1円も……1銭もねえよ、先に生まれただけのクズ先輩どもが」
 しっかりと全員に向けて神崎は告げた。次の瞬間、各々の感情を向けたバカクズどもが神崎に向けて殴りかかって来た。全員を避けたり殴ったりしてかわすことはできなくとも、せめて半分でもいい。神崎の心意気を見せられるだけ見せてやろうと思った。今回負けたとしても、次回勝てばいいのだ。そしてこんな囲みに勝利の意味などない。男にはタイマン勝負以外の何が価値があるというのだろう。神崎はそう思っているのだから。
 ぐ、と足を踏み込み蹴ったのは2人。だが1人は浅かったかもしれない。あと2人は殴った。だがこれも若干浅く一撃で静めるには軽い。だが4人にダメージは与えることができた。しかし相手が10人であるならばあと半数以上はそこにいることになる。つまり神崎は非常に不利であった。人数を確かめるために神崎は鋭い目つきで相手らを睨みつける。6人と思った相手らはどうやらもう少し多かったらしく、神崎の読みが甘かったことを物語っていた。神崎はやられることを覚悟しつつも一撃でも多く相手に報わせるつもりで向かって行った。ヤクザの息子だろうと何だろうと関係ない。それを気にしているのは自分ではなく相手なのだ。自分はただの息子であってヤクザではないのだから。
「…ぐ、…がっ…?!」
 後ろからの衝撃に神崎はなす術なくその場に崩れ落ちた。それは思いがけない方向からの衝撃だった。脳天に刺さるような衝撃は今の自分自身の状況さえ忘れ去られるかのような浮遊感を漂わせていた。ただぐらぐらとその場に熱と痛みを伴う浮遊感。否、不快感。
 乾いた音と共に神崎はうつ伏せに倒れ込んだ。だが意識は無くなってはいない。しかし身体は自由ではなかった。まだ頭はぐらついている。ゲームでいえばきっと今が『ピヨり状態』なのだろう。吐気こそしないがめまいが渦巻いている。



「後ろからバットで殴るなんて…ナンセンス。ゲンメツでマイナス100万点だね。」
 どこかで聞いたことのある声が神崎の耳に届く。言葉は軽くそれ以降数秒音も声も聞こえない。空耳かと思い神崎は黙ったまま顔だけを上げた。まだ気を失っていなかったから。上げた視線の先に見覚えのあるロン毛の茶髪がそこにいた。邪魔くさそうになびくロン毛をかきわけるチャラ男。校舎のゲタ箱の近くに男がいたことで、出てきたばかりなのだと分かった。しかし優男である彼と今の状況は似つかわしくない。彼自身が放ったセリフ自体ももちろん例外でなく。

「ああ?!!」
 生意気な言葉と共に現れた優男の登場をクズ先輩らが見逃すはずもない。ぼろぞうきんと化している神崎をどうでもよく見捨てそちらに目をやる。茶髪のロン毛を睨みつけて構えるクズ先輩の姿を目の当たりにして、神崎は怒りにも似た感情を覚えた。感情の力はすごいものだと思う。身体の力は確かになかったはずなのに、やはり立ち上がり使えないクズを殴るには結構なもの。1人を殴って校舎に戻すくらいの蹴りを放つことはできた。それと同時に冷たく怒りに満ちたクズどもの目が神崎に向き直っていた。特に深く考えることもなく口は滑らかに滑った。
「俺ンとこの夏目を、どうこうしようってんなら………容赦しねぇぜ…?」
 口は時に勝手に滑り出すものなのだ。それは当人の意思を無視していたとしても止まることはないらしかった。どうして自分の身も危ないというこの状況で、ただ単に数回アーケードゲームを対戦しただけの相手を庇おうとしたのか。単にただのお人よしなのだろう。もしかしたら神崎自身が思った以上に相手に肩入れしているのかも知れない。そのどれか分からないけど、関係ない相手を下手に巻き込むわけにはいかない、と思ったのだ。

 神崎の言葉が終わったのとほぼ同時くらいに周りからの攻撃がいくらか。そのいくつかを神崎はガードした。それでも食らった攻撃は半分近くあるかもしれない。だが気を失う程のものではない。衝撃の後にあった光景は男が1人、…もう1人、あああ、宙を舞うという有り得ない姿だ。これはなんなんですか。そう神崎は内心思っていたのだった。
 どさ、どさっ。…どさり。
「夏目で〜ぇッす、神崎君ナメたら痛い目見るよ?大先輩」


********


「俺さ、神崎君が庇ってくれたことにすごく感動してるんだ。」
 そこは保健室ではなかった。もはや骨のあちこちの折れた神崎がいるに相応しい病室だった。顔は時間が経てば経つ程に原型をとどめずに膨れ上がって、痛みと熱を増していた。目の前の男が優男顔まったく崩さずに微笑む姿がひどく印象的。かきあげる髪の向こう側でやさしく微笑む顔が女受けのヒケツなのだろうと思った。
「……てめえ、ただのゲーム優男ロン毛だったんじゃねーのかよ…」
「語呂悪いし覚えにくくない?ソレ」
「俺が復活したら決めようぜ、石矢魔最強、をよ。あと、神崎さん、だ」
 夏目は返事をしないで外を見ていた。長い髪が夕焼けに赤く染まっていた。まるでケンカも不良も最強も、なんにも関係ない世界にいる住人のようだ。身長は大きいがひょろりとしているのだから、人間を飛ばすくらいのパワーがあるなどと到底思えなかった。



「やんぞ、夏目ェ!」
 神崎が入院してから3日。庇ってくれたのは嬉しかったのだが、嬉々としてケンカを吹っかけてきた神崎のまだ腫れた顔を見ながらやれやれと溜息を吐いた。まだ治ってすらいないじゃん。と言うがこんなのケガに入らねえとかナントカ。どうやらこの男は相当脳みそトんでるらしい。そういうのも夏目は嫌いではなかったが。何よりいいゲーム仲間にもなれそうだ。城山がポカンとして神崎と夏目の両名を交互に見ている。
「構えろよ、てめぇ。石矢魔最強の神崎一様のキックで隣町まで飛ばしてやる」
「は〜〜〜〜〜…、しかたないなあ。ハイハイ」
 怪我人をどうこうする気は夏目にはまったくなかったのだが、どうやら事を収拾させるには神崎が納得するようにするしかないようだ。ほんとうに真っ直ぐ向かってきた神崎のキックを横に凪ぎ、力を殺いでから足を引っ掴む。よろめいた相手に迷わずボディブロー。あまりの早業に城山がその場に力なく倒れ込んだ神崎の元へと駆け寄り、その身体を支えた。
「ごめんね?神崎君」
 神崎が夏目に返事をするまで、もう少し時間が必要だ。口の中に溜まった血を吐き出してから、ようやく喘ぐように呼吸する。ぜえぜえ、はあはあ、苦しそうな音が徐々に止んでいく。一発で負けたのか、と気落ちする。どうしてこんなに強いヤツがゲーセンで優男でロン毛なのかまったく分からない。
「でさ、お願いなんだけど神崎君の仲間にしてくんない?」



「は??」
「俺、石矢魔最強とか、アタマ、とか、ケンカ、とか面倒なのって苦手なんだよね〜」
 男の目指す道をアッサリ否定した。さすがチャラいロン毛野郎。
「でも神崎君、見てたいし。そっちの城山、君だっけ。う〜〜ん、城ちゃん、でいいよね。城ちゃんもおもしろそーだし」
 チャラ発言に神崎と城山はただただ絶句した。
「いいんじゃない?石矢魔最強の、神崎組、ってコトで。」
 それは別に否定しない、というかオイシイ名前だけに、できないけど。
「っていうか神崎君ってば、そんなにやられたいなんて、ドM過ぎ〜」


 こうして、石矢魔最強の神崎組のメンツは幅を広げていくようになったのである。



守るために嘘を吐いた


(籠の鳥 より拝借)
空想アリア


11.09.12
思ったより長くなった夏目と神崎の出会い編でした。

夏目はSで間違いないです(笑)思考が僕と似てますから。
しかしどうしてこの話これだけ長くなったんだろう?
まずは神崎=ケンカ の定説がありますから。もうね、恋愛要素とかケンカなしほのぼのっていうのは女性絡みでいこうかと。
で、夏目は逆にケンカ要素がかなり少ないんですよね。もうチャラいから。女のことイチャイチャしたりバイトしたりゲーセン行ったり…や、普通のチャラ男ですね。イザとなったら男気はあるけど、普段はただのナンパな兄ちゃんですからね。
そんな2人が会ってもすぐ意気投合するわけないじゃん、て。まず気持ちいい程住む世界が違う系だし。でも仲間なんだからその理由を考えんのもおもしろいじゃねえカヨっていうのがそもそもの根底なんですね。
ついでにいうと神崎と城山が色気なさすぎなんで夏目が入る位でちょうどいいと思う。

次は姫川対神崎を書きたいけど、その前にパー子と神崎のラブラブっぽいしょ〜もなコバナシを書くつもりです。忘れないうちに。男鹿と葵とか早く書きたいな。しばらくかな〜〜り短いコバナシ攻めで行こうと思ってます。ネタだけは溢れて迸るから!

2011/09/12 09:41:44