可愛いとか可愛くないだとか、好みだとか好みじゃないのだとか、世の中そんなことだけで成り立っているワケじゃない。ただ、そこにある弱い者いじめを払おうとしただけだ。身体の大きな男が女子をいじめていた。それを醜い、と思っただけの話。
 だが、上記のことがどれだけキレイゴトに聞こえるか、なんてことは払った者としても当然分かっていること。それでもそのキレイゴトを言える程に、彼女はブサイクだった。少なくともいじめている側の気持ちが分からないでもない程に強そうな顔をしていた。もう顔だけで男に勝てそうだった。それでも彼女はひっくひっく、と泣いて弱さをアピールしていた。むしろ、その顔のせいでいじめられているのもあったのだろう。約98%の男が彼女の心が汚れていないことになど気付かないだろうけど。ついでに、弱さにも、ブサイクであることに傷付いていることも、周りの男には理解できないだろうけど。


「カツアゲなんて、イマドキ情けねえと思うんだけど?」
 だが、彼女が泣く姿に閉口した男が一人、チャラく金属の音を響かせながら胸倉を掴んだ。関係ねえだろ、と殴りかかって来た男を一発のもと、ノしてしまった男が彼女の前に佇んだ。相手の目は彼女のゴッツイ顔を見つめている。彼女は自分の顔にはとうぜん自信がない人生を送っていたからサッと目を逸らしながら何とか礼を述べた。もちろん飾った言葉なんてものはない。ただ「ありがとうございました!」という顔に合った体育会系の言葉のみ。
「別におまえさんを助けたワケじゃねえよ。つまんねえ野郎をイワしただけだ」
「ですが………、助かりました!お名前は?」
「神崎。…神崎一。」


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 次の日。
 城山という男が神崎の目の前に現れた。その男は神崎よりもかなりの大柄で腕っ節も強そうであった。ガタイがいいせいで同じ学年としても目だっていた。けれど不良というわけではないので神崎も気にしていなかった。見たことがあるぐらいのものだった。そんな男が神崎に何の用なのかと思えば深々と頭を下げた。
「俺を神崎さんの、弟子と言うか舎弟と言うか、仲間と言うか…なんというか、そういうものにしてください。お願いします!」
「……………ヤだ。」
 一蹴されたのだからそこで諦めるかと思いきや、まったく城山はそれに怯む様子はなかった。むしろ断られることは当然と思っていたらしく自分の思いの丈をぶちまけてきた。その内容というのが物凄いというか、ナントモハヤ…というものだったのだが。簡単にいえば『神崎さんにホレた理由』みたいなものを述べ始めたのだから堪らない。その舎弟になりたくなった理由を低い声で語るものだから、神崎が苦い顔をしながら城山とかいう男の顔面を掴んでその場に叩きつけた。理由などまったく神崎の頭には届いていなかった。この男急に来てキモチワリイな、ぐらいの思いしか神崎にはなかったのである。



「別に俺の下につきてえってんなら構わねえけど、雑魚はいらねえんだよ…!」
 叩きつけた後、倒れている相手を顧みずにすぐについてこいと言った場所は学校の屋上だった。ここでお前の強さを見てやる、そう神崎は城山に告げた。弱いヤツはいらない。それは神崎組である以上、他のヤツラにナメられないためである。神崎より強い必要はないが、神崎とソコソコにいい勝負ができるくらい強さがない者など要りはしないのである。弱いヤツを従えていることで、敵からバカにされる可能性もあった。だからこそある程度の精鋭を揃える必要が神崎にはあった。
 ただでさえ勢力では姫川勢には負けているのである。しかし姫川には弱点があった。話によれば金には何物をも変えられないと言って回るらしい。男としてまったく情けないし、恥ずかしいものだと神崎は感じている。確かに有り余るほどの坊っちゃん生活を送っているらしかったが、金というものはいつか尽きるものだと神崎は知っている。だから100%信じることができずに姫川とは敵対しているのだ。何より、金の力で強そうな顔をしたって実力はイタイものであると思えば、恥ずかしいヤツだと思うばかりだ。
 そんな勢力図の中、神崎にホレたという男が志願してきたことに対しては、内心ほんとうに嬉しいことだ。しかし、上記のような事情もあり一概に信用できるものではない。金の力はひどく強い。それを神崎は知っている。情けない程に強いものだということを。真っ直ぐに神崎を見つめる眼差しすら簡単に信じることができない。信じる手段として神崎は構えたのだ。
「分かりました……!」
 闘う気はなかったが仕方がないといったふうに拳を握り構える城山の姿はひどく雄々しく、神崎よりも数倍強そうに映った。力はきっと強いだろうけれど、しかしケンカは強いだけでは終わらないものなのだと分からせてやる必要があった。構えた瞬間に神崎の身体は早くも城山の懐に入っていた。にぶい音と共に城山の身体が、吹き飛ばされはしなかったものの、ずざざ、と仰け反って地面を蹴るような乾いた音が辺りに響いた。音のとおり確かに城山は後退していたけれど、守りの構えを解いてずんずんと神崎へと向かって歩んできた。どうやら防御には自信があるらしかった。ならば、その鉄壁を崩してやるのが務めだろうと神崎は思った。フン、と鼻を鳴らし挑発してやってから神崎へと向かって行った。


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「俺は、貴方を殴りません。そんなことのために、俺は来たわけじゃない」
 そう告げた言葉を無視したわけではない。嘘だと思ったのだ。ただひたすらに神崎は城山をボコにして、その日の闘いを終えた。否、こんなものは闘いなどではない。ただ、神崎が目の前の男について信頼できなかった、それだけの被害である。気絶した相手を見て意識のない城山の身体を起こしながら救急車を呼んだのは神崎、殴った相手自身である。
 意識のない相手に低く、ちいさく謝った。それは神崎組の他の誰にも聞こえないくらいに。きっと城山というばかやろうには届くだろうという思いを込めて。
「おめえの忠誠心……買ってやんよ。城山」



 軽い手当て程度で済んだ城山が戻ったのは数時間後だった。救急車に一緒に乗ってやり、しっかり病院の外で出てくるのを待っていたなどと、城山自身も意外だったためにその姿を見た途端、思わず男泣きした。病院の前で。目立ちまくりでカッコ悪レベルMax。神崎としてはこの男を認めたことを少し後悔した瞬間だ。
 抱きついておいおいと泣く男の後ろに影が見える。それも1人ではないらしい。
「邪魔だ!………どけ」
 城山を強引にどかして、神崎だけを睨みつける男どもの冷たい視線を見る。どうやら姫川勢の面々らしい。みんなそれなりの武器は身に付けているらしかった。人数は十人程度。しかし神崎は丸腰で1人。かなり不利な状況だった。病院の前で囲むなど頭が悪すぎるが、それすらもみ消す程に姫川には金の力があるのだ。否きっとこの病院も姫川財閥からワイロとかそういうものを貰っているのだろう。まったく汚い世界だ、という思いが神崎に挑発に見える態度を取らせる。その態度というのは、その場にベッと唾を吐き捨てること。
「神崎、てめぇ邪魔なんだよ…!」
「へぇ…そりゃ、姫川からの小遣いアップかよ?」
「神崎さんッ!!!」
 え、今声かけんのかよ、この怪我人。と思わずツッコミを入れたくなったがあまりに急なことだったため、そうすることも敵わない。ただ城山の方を向いただけだ。途端、城山のデカイ図体が神崎を押しのけるようにして向かってきた姫川のしょっぱい兵隊を退けた。それは圧力によるものだったから、本当の意味としては退けたわけではない。瞬間的な意味で退かしたというだけのことだ。
 だがそれだけで済まないのは、神崎への攻撃がすべて怪我人である城山に向かったせいだ。その様子をまるでスローモーションのように感じながら見つめていた神崎は、結局攻撃を食らって倒れゆく城山の姿を見ながら雄叫びを上げた。この男がここまでされるいわれはないと思った。そして、それは自分のせいだとも。だが口にはしなかった。拳を引っ込めている最中の相手であろうがお構いなしで蹴り飛ばす。
 1人目は前蹴り。そのまま体重の乗った格好でツッタツッタと前進しながら構える。近くのヤツを今度はパンチ。ワン・ツー・スリー…でノックアウト。そのまま続けて後ろら辺にいる相手に裏拳をして3人目。ぽかんとバカヅラしたヤツにロ―キックしてグラついた所に思いきり頭突きしてKO。その近くのヤツはまだ構えもままならないらしくアホヅラしていたからしっかり頭を上げながらアッパーをカマす。だが足を踏ん張るものだからその足をぎゅっと踏んでエルボーをボディに。こうして、瞬く間に雑魚は半数と化した。
「…てめーはイイ盾だな、城山ァ」
 ぐらぐらと倒れゆく仲間を見ながら姫川の弱い兵隊は後ずさる。だがそれを逃すわけもない。というか、戦意喪失した今であれば戦力を殺ぐのには充分な威力を発揮できる。病院から退院してきてすぐに倒れそうになっている城山を逆に、敵の側に押しやってからさらに近い相手に攻撃を加えていく。もちろんその場に城山は倒れたけれど、ダメージは少ないだろう。城山の体重に押し潰された姫川の部下の方が不憫なくらいだ。城山が上にいる以上は時間がある。神崎は倒れた城山らを顧みることなく目の前の姫川兵へ向かった。
 怪我人もいるのだからもっと簡単にいくだろう、などと高を括っていた連中は実に脆い。最後には城山ごと蹴り飛ばされるハメとなった。盾になった城山の忠誠などお構いなしにがっつりと蹴りを入れ切った神崎は、病院を後にした。だがまったくやさしさがないわけではない。城山分も含めた請求先をしっかりと『姫川財閥宛』として皆をぬかりなく入院させた。自分の攻撃で入院させたなど素知らぬ顔で。


********


 城山は結局、病院の前でケンカしていたこともあり怒られた上に入院はさせてもらえなかった。簡単な手当てだけでそれから30分程度で帰された。ただし体力の落ち切っていた城山を支えるのは罰として神崎の役目となっていた。恨み言を言いながら神崎は城山の肩を支え前進し続けた。そうしたいわけでは決してなかったが、入院できる程の怪我でないと診断された以上、致し方ないという結果だった。
「城山、…ッ、てめ、怪我治ったら殴るからな…!」
「分かりました」
 そんな言葉に真面目に返すとか意味ワカラン、とムチャぶりを口にした神崎自身が内心ツッコみつつも驚いた。これだけ他人に忠誠を誓えるというのは一体どんな思いなのだろう。だから聞いてみたくなった。肩を貸しながらズルズルと重い身体引きずりながら。
「なんでオメェは俺んトコに来たんだ?」
「男気溢れる方だと思ったからです」
「……………理由。言えッ!」
「昨日、妹を助けて戴いたから、です!」
 昨日? ……と何も思い出せない程にのうみそはリセットされていた。殴られたせいだったろうか。ぐるぐる、思い出すのはケンカの情景ばかりだった。結局、そういう世界にしか興味がないせいなのかもしれない、と思った。いもうと、いもうと…。そもそも女性の姿が近い所で思い浮かばない辺りがひどく色気なくてむなしい。考えた末に城山に向き直る。
「知らねえ」
「…それが、神崎さんのすごい所です!」
 単純に記憶にないことを褒められても違和感。そう感じながらも相手は役立たずなどではないことを知っていた。それだけにムゲにするつもりなどない。神崎組に入ることだけはヨシとしてやることにする。だが、それも怪我が治るまでは黙っておいてやろう。だから神崎の意思は組んだ肩へ回す腕の力以外ではきっと伝わることなどない。そして、その強さが信頼の強さなのだと信じる城山の勘違いも甚だ強すぎる。


世界が零れても、ただ君だけは



11.09.07

神崎と城山の出会い編です!!

や。勝手な妄想上等なんですけど(笑)書いてみたかった。
というか勝手に妄想してました。
夏目より城山のが先でしょう、と。思ってるので城山編が先です。
ちなみに次回出会い編があるならば、夏目編に決まってる。


今回は感じられなかったけど、実際神崎ってば男気に溢れた男だと思うんですよね。
暑苦しいかもしれないし、口にするのはあんまりにも形ないものだけど、男気ってかなりかっこよすな要素でしょうが。と思うのですが、それを身を持って知ってんのはコレ読む人でどんだけいるんでしょう??
マ、そういう意味ではこの分の神崎は男気は半減以下だけどね(笑)

2011/09/07 23:18:36