あいにく余裕なんてものは持ち合わせておりません05


 夜。
 姫川の件や体調の件も含めて慰めてもらいながらも、やはり女の家には泊まれないと断って、城山の家に行くと言い切り夜道を歩く神崎の姿がそこにはあった。家の近くにまで行くから迎えに来いと命令済みだ。忠犬のように城山は神崎を待っているはずだ。そして神崎がどうなっているのかも、学校で知っているので驚くことはない。暗がりの街灯の下、確かに城山が神崎を待って佇んでいた。
「泊めろ。こんなんじゃ帰れねえ」
「…分かってます」
 すべてを分かっている者が近くにいるということはとても心に余裕ができるような気がした。平たく言えば安心できると感じた。
「弟のゲームの相手してやっからよ」
 2メートルを超える城山の足がいつもより早いような気がして、早足になりながらその大きくてごつごつとした手を握った。女になってしまってからというもの、身長も小さくなったようで、もちろん身長に合わせて手足の長さが変わっているのだから慣れない。それに城山はすぐ気付いてすみません、と一言加えてすぐに歩くスピードを神崎に合わせた。きっと、今までの城山のスピードが神崎の歩く速さだったのだろう。
 夜道、街灯に照らされて2人の影が映ると、大人と子供のように見えた。


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「神崎兄ちゃん?なんか変わった〜??」
 さすがの小学生のガキでも神崎がいつもと明らかに違うことは分かってしまったらしい。だが説明するのも憚られた。どうやら城山の母は状況を分かってはいるようだがやはりまじまじと見ている。信じられないのも無理はない。何よりも神崎自身が信じられない気持ちのままなのだ。
「変わるか、クソガキが。かかってこい」
 いつものとおり神崎に向かって来る一番下の城山の弟。神崎の顔を見るや否や体当たりしてくるのだが、神崎にぶん投げられてもまた食ってかかってくる。泊まる時は風呂にも入ってきたりするような懐きっぷりだ。ハッキリ言って城山に似ているがかわいいヤツなのだ。というか神崎自身も分かっていなかったが、城山の家に遊びに来るようになってからというもの、子供が好きだったんだなあと感じずにはいられない。
 どん、とぶつかってきて受け止めるけれどもいつもように投げたりしてやれない。なんだこの身体は、とイラつく。持ちあげられないから足を軽くかけてその場に転がしてやるので精いっぱい。しかも下腹がまた痛み出した。今まで気にならなかったのは寧々からもらった生理痛にも効くとか何とか言って寄越された薬を飲んだからである。やはり身体を動かすのは正直しんどい。その顔色を察して城山がすぐに自分の部屋に連れて行ってくれた。
「神崎さん、大丈夫ですか。顔色が優れないんじゃ…」
 部屋に入るや否やよく教育できている城山は何も言わずにヨーグルッチを傍へ置いた。しかし神崎はすぐにそれを飲むどころじゃなくってまずは腹を押さえながらゆっくりと腰を下ろした。ぬれてる、と思った。気分が悪い。まだまったく女の身体に慣れていない。物を触った時の感触とか、髪の毛の感じとか、肌の感じとか、今までの自分との違いが分からないというのに、それでも体調も何もかもが違うのだ。急に慣れられるか、バカ。誰にでもいいから怒鳴ってやりたい程のイライラ感。
「腹、イテェから」
 でも理由を言うのは恥ずかしい。し、意味分からん。それに城山だってびっくりするだろう。でも言っておいた方がよいのだろうか。よく分からない。そんなことを普通は男には言わないだろう。けど神崎も男なわけで、でも今は……あああああ、考えていると気が滅入ってくる。とりあえずヨーグルッチにストローを通す。
「城山。俺、女のまんまだったら、どーしよ」
「俺が一緒に、親御さんの所に行って説明しますよ」
 即答。ええ、こんな質問の答え、お前考えてたの?!とか思うぐらいに即答。
「神崎さんは神崎さんです。男とか女とか、関係ありません」
 お前、実はすっごいオトコマエなヤツだな〜…と思わず口にしそうになったがやめておいた。心の中だけで仲間に恵まれてよかった、と強く感じた。


 そんな頼もしい仲間であろうとも、弱点はあるものだ。頼りにならない所も含めて仲間なのだから。
 城山家で晩飯を食べたのは半年ぶりくらいのことだったと思う。深く理由なりを追及してこない辺り、城山がうまく説明してくれたのだろうと思う。夕飯が終わればガキどものゲームタイムだった。今回は神崎という大きな敵がいるから弟たちにも気合いが入っている。そしてその輪に城山が加わることはない。マリオをやりながら神崎は声を掛ける。
「城山あ、なんで弟たちはゲームできんのにオメーは極度の機械おんちなんだかよ」
「……苦手なものは苦手、です」
 ここが無愛想なこの男の愛嬌と言える部分なのだろう。


*********


 風呂。入りたいのだがどうしようかと悩む。そもそも月のモノの時に風呂ダメとかって聞いたことあるような気もするし、でも女じゃないからよく分からん。深刻な表情の神崎の傍に城山が寄って来た。
「何かあったんですか?」
 今日は走ったり騒いだり汗もかいたし風呂も入りたいけど、ダメなのかいいのかよく分からん。聞いてきた相手は男だし、しかもおっさんみたいなムサイ野郎なのだ。聞いていいものやらかなり迷ってしまう。というよりかはコイツに聞いたってムダだろ。最初、城山に相談したいと思っていた自分について、どうしてだろうと今更ながら後悔している。
「…ええと、たぶん、城山じゃ、分かんねえ、と思う……」
「…! ん〜、そうですね。シャワーで流すだけにしたら、いいんじゃないかと」
「へっ?」
「俺も、よくは知らないですけど。妹、とかが」
 どうやら顔も赤いし言いづらそうにしている神崎の様子で察したらしい。実はコイツかなり使える男なんじゃないのか、とか先程思ったことを瞬時に撤回しながら思う。服は城山弟から借りることにした。これだけ人数がいると大体服のサイズは何とかなってしまうもので助かる。

 城山に言われたとおりにシャワーを浴びてくれば、だいぶ気分がスッキリしていることに気づく。ドライヤーを当てるような長髪でもないのは救いだった。とにかく面倒なことは避けたい。今日は城山たちがなんとか弟を止めて風呂に入り込んで来ないようにしてくれていたことも有難かった。風呂で見た神崎自身の女の身体をまじまじと見ては頭がくらりとしたものの、どうすることもできずシャワーを浴びながら出血多量になって死ぬ心配をしたくないので、下を見ないようにしながら身体を洗ったのだった。赤いものが排水溝に流れていく様子を見ていると、ほんとうに気分が悪くなった。それでもシャワーを浴びたスッキリ感の方がいくらか上である。



「ふあ〜、寝るかァ」
 風呂から上がって来た城山を見て雑魚寝布団の上でだらしなく座った格好のまま、神崎は欠伸をする。片手には部屋にあったマンガ本。城山の家に来ると落ち着くなぁと思うのは、やはり自宅のように殺伐とした空気が流れていないからだろうか。やくざ者の出入りがある時は空気の流れが変わるのだ。そしてシキタリとか面倒臭い。たまに男どもの大声が聞こえてウルサイ。金銭的な面では恵まれているのだろうが、一般家庭というのはまったく悪くはない。「消しますよ」と城山の声と共に部屋の電気が落ちた。暗闇に慣れるまでは完全な闇の中にいたけれど、目が慣れてしまうと隣で横になっている城山の姿がぼんやり映る。いつもこうやってどちらかが寝るまで話している。だから仲間内でいる時は楽しいんだ。
「今日、いろいろあったんだぜ」
「俺もびっくりしましたよ」
「夏目事件もあったし」
「夏目らしいですけどね」
「あのエロセクハラ教師にもよぉ」
「……何かあったんですか?」
「…おっぱい、揉まれた」
「警察にも、言えませんしね…」
「姫川の野郎はイワしてやらねえと気が済まねえ…」
「え、と……大丈夫なんですか?」
「俺、犯されるかと思ったんだぞ…!」
「……。許せん…」
「俺がやるからいーんだよ!まぁ、こんな感じで…」
「ゆっくり休んでください。センベイ布団ですけど」
「今日は、すげぇ助かった。城山よう」
「俺は、神崎さんのためにいますから」
「そか。…なんだろ、安心する…」
「明日には治ってるといいですね」
「……んう〜」

(……寝たか…)
 ほんとうに嵐のような日だった。どうして神崎が女になっていたのか皆目見当もつかない。城山の手をほんとうに安心して握って眠っているらしい。神崎の疲れが癒えればいいなと思いながら城山も目を閉じた。



********


「っあ〜……」
 起きてすぐ伸びをした。あれ、と思う。神崎が思ったのは声。すぐさま喉に手をやる。
「おおお!」
 アゴも触る。トレードマークのヒゲの感触もある!足元を見ればちゃんとスネ毛も生え揃っている! 胸を触っても違和感なし! しかし嫌に股間を締められている感触。パジャマのズボンを下ろしながら血だらけになっている下着と、だらしない股間を見た。なんじゃこりゃあ、キンタマ丸出しじゃねえか。
「うぎゃあああ!」
 すぐさまパンティを脱いだ。これじゃ変態だ。そしたらあちこち血だらけになっている。どうやら寝てる時に漏れたらしい。なんだよ生理用品って!使えない上に地獄の光景みたいに染みが拡がってて怖い。
「があああああ!」
 顔を上げたら、唖然と見下ろしている城山と目が合った。恥ずかしくてたまらん。もうごめん、わりいとなんだか分からないが城山と城山のかーちゃんに対して何度も謝った。不可抗力だから仕方ないとは言ってくれたが、もう二度と女になるのはごめんだ、と思った。



 学校に行ったらまず姫川に蹴りを。あまり効いていなさそうだったが、カッコ悪くゴロゴロ転がるフランスパンは見物だったのでよしとしよう。
 早乙女というエロ教師にはガン飛ばしてやった。
「なんだ、もう戻っちまったのかくそったれ」
「あれ〜?普通に神崎君、つまんないの〜」
「昨日のはじめチャンは可愛かったのにね」
「姫川、アンタのはやりすぎでしょ」


11.09.01

やっと完結しました…!
♀神崎…!

結局最後は城山っていうね。なんか長くなっちまったィ!
や、彼は常識人だからなんか安心してしまうんですよ。皆が。あっしも(笑)

品のないネタですけど、文章だけなんで想像して笑って下さい。ギャグですよ〜

彼女の為に泣いた

2011/09/01 19:29:30