三度目の恋の材料
(下)


「は〜〜〜〜〜、痛」
 包帯だらけの格好をした男が、静と同じ教室にもいたことをようやく思い出したのは昼食時間の時だった。クラスメイトが大袈裟に溜息を吐いた。あまりに態とらしいその仕草に静は冷たい眼を向けたのだった。確かに目にしたその姿はひどく痛々しい。けれど昨夜、悪魔と倒れるまで闘りあった東条に比べれば腑抜けたものに見えた。聖石矢魔生徒会長・出馬要。
「なんや静さん、昨日は救急車とか味気なかったで」
 昨日の今日で出席していたことにも驚くが、その存在にすら気づいていなかった静自身にも驚いていた。東条と闘っていた男のことを心配しない自分はどうかしている。そう感じた。ようやく。「お昼、ご一緒してもええ」と疑問符なしに聞く出馬に対して、拒否も肯定もしなければ勝手に肯定と取られて傍でコンビニ弁当を開き始めた。柄にもなく強引な態度が目に付く。
 出馬のさびしい弁当とは真逆で、静の取りだした弁当は手作りで可愛らしいものだった。それを見て出馬はキラキラと目を輝かせる。それもそのはず、出馬は奈良が実家であり、石矢魔では一人暮らしをしているのだ。当然食生活というものは奨学金を得て学業を学びながらそれでもアルバイトをせざるを得ないかつかつのものなのだ。そんな生活では簡単な弁当を詰め込む暇などありはなしない。もちろん整体に行く暇も金もあるはずがない。といった事情をまったく知らない静は、出馬のような男がコンビニ弁当を食っている姿を意外な目で見てしまっていた。
「ま、この弁当も、ソートウ味気ないけど」
 からから笑う出馬の姿が、静の目の前で東条とダブって映る。思わず静は目を細めた。
 教室の雑踏と押さえた声が聞こえる。周りの者たちが静と出馬の噂をしている。やっぱりとか、え〜とか。昼食にはすこし耳障りだったが、こうやって顔を突き合わせて食事をしているのだ。こんな光景を今までこのクラスでお披露目したことはないのだから当然なのかもしれない。言葉どおり出馬と静は食事などしたことがなかったというのに、出馬はどうして今日、声を掛けてきたのだろう。彼と食事をしたいと願う女子は沢山いるのに。
「なぁ静さん。さっき、保健室、行ったんやろ」
 どうして知っているのか。赤いタコウインナーを口に入れた所だった。静は言葉にせずとも視線でそれを向ける。しかも場所まで当たっている。目が合った出馬はにやり、としてやったりな笑みを浮かべてまた弁当を食べ始める。口にはしていないとしてもこちらの言いたいことは分かっているはずだ。それに答えようとはせずに「食べよ」などと。まったく始末に負えない掴めない男である。



 完食。
 そう時間は掛からない。意外だったのは出馬が二個目のコンビニ弁当を取り出したことだった。そのまま何食わぬ顔でそれを食べ始め、ぺろりと箱をカラにしてしまった。随分と細い身体して大食感なのだなぁとカラの弁当箱を見て思う。身体の大きさは違うけれど、東条もまた昔から大飯食らいだったと思い出す。
「静さんは、アイツが好きなんやねえ」
 両肘を机に置いて組んだ手の上にアゴを乗せている。メガネの奥が妖しく光っているのが分かる。腕と腕の間ががら空きだった。静は、すぐさまそこに軽く突くように握った手を当ててやると、椅子から音を立てて出馬はそこで転がるように表情を歪ませて転がり倒れた。当然、周りはどよめいて時に悲鳴すら上がる。それは静の想定内だから慌てはしない。出馬の片腕を掴みながら立ちあがってこう言えば教室は静かになるのだ。
「出馬君は怪我が傷むみたいだから保健室に連れていきます!騒がないで。次の授業の先生に伝えておいて頂戴」


********


 言葉どおり保健室に出馬を連れてきてから初めて口を開く。
「出馬君、貴方とも来たわよ。保健室に」
「……答えになってへんよ〜…」
 強引に横にならせた相手の傍らに静は座って見下ろしていた。静を見つめる目は言葉どおりまっすぐなもので、横になってすぐに諦めたのか長い溜息を吐いて数秒間、脱力しているようだった。これだけ無防備な出馬を見たのは初めてだと感じた。
「静さん、ちゃんと答えてや。アイツの、強さに惚れたん?」
 やっぱり間違いない。出馬が言うアイツとは『東条英虎』のことで間違いない。最初から確信はしていたが、確信は確実となったような気持ちでその言葉を胸に染み込ませながら答える。なにかをこの出馬という男は勘違いしているだろう、と。
「違うわよ。虎と私はなんでもないんだから」
「見てりゃ解るで。…惚れたんやろ?」
「………ただの、幼馴染」
「じゃ、初恋のヒト?」
 絶対に自分の意見を曲げようとしない出馬に向けて大きな溜息を吐く。この男になにかが分かったとしても、東条にはなにも分からないのだ。出てくるのは溜息しかない。どうりで出馬はモテるのだと思った。たまにボンヤリと外を見ていると別のクラスの女子とデートみたいに歩いている姿が映る。校舎と緑と高校生カップルと。お似合いだ、と思ったが恋人がいるとかそういった浮いた噂は聞かなかった。だが出馬を狙う女子は多い。
「半分当たり。虎は、3回目に好きになったヒト」
 3回目と言ったのに半分当たりだという静の思惑は伝わらない。出馬は不思議そうに、ベッドを見下ろす端正な顔立ちを見つめる。目が合うと出馬の思いは伝わったらしい。
「初、も虎」
「じゃ、2回目は…」
「どうして出馬君がモテるのか分かっちゃった。女心を掴むのが、うまいんだ」
「僕は静さんの好みのタイプが知りたいわぁ〜。強い人が好きっ、とか?」
 悉く出馬の質問は無視されたまま包帯の巻き直しをしたらすぐに静は保健室から出ていってしまった。けれど身がない話ではなかったと出馬は思った。今まで見たことのなかった静を見ることができたから。保健室の扉が閉まる前に声を掛けた。
「僕昨日、東条英虎に勝ってんやで」
 聞こえていなかったかもしれない。動じることなく扉は閉められて足音は遠ざかって行ったから。ああ、2回目の恋も、気になるなぁと呟いてから、少し眠った。


11.09.01

ヘカドスとかの辺りの話なんだけど、まあこれで一応完結です。

完結、というか虎と静と要っていうとこですけど。
それぞれ思いがあって、どれもこれも伝わってないような感じ。
で、これもちょっと青くさい、って感じで書きました。

でもとりあえず書きたいことは書いたので終わり。
なんということもない話なんですけど、三度目の恋の材料は出揃ったから。


で、静御前の2回目の恋っていうのはたぶん、虎も出馬も知らない人だと勝手に思ってます。それはもうべるぜバブの登場人物とかじゃない、ごく普通の男性生徒っていうか。
出馬の存在は深読みというか、ああまぁこいつもそうなんだろうなって思うわけですよ。
出馬と静の組み合わせでなんか書くっていう予定はあんまりないんですけど、これから原作の方でどう動いてくれるかっていうのにかかってますね。まだキャラとか分からないんで。

あんまりキャラが分からなさすぎたんで、出馬の出てるページを探しまくりました。
一人称何?!とか静御前を何て呼んでるの?とか。その辺あんまり変えちゃあ誰だか分からないものねえ。

クロエ

2011/09/01 17:34:23