あいにく余裕なんてものは持ち合わせておりません04


 姫川から逃げ出してきた神崎は、ガムシャラに走った先でばったりとレッドテイルのメンツが揃っていた所に出くわした。暴風のように走り去ろうとした神崎を捕まえたのは女王・邦枝葵その人だった。数人のレディースメンバーに取り囲まれている。いつもと違った華奢な身体を持ったのが初めてでひどく心が揺らめいている神崎としては不安が募ってつのって仕方がない。相手らも神崎を取って食おうなんて心算があるわけではないことも分かり切っていた。ぜえぜえと呼吸を落ち着けている間に気持ちも凪いでいった。
 落ち着いた気持ちでいざ話し出そうとしてみれば、今度は子供っぽかったりうぶだったりする連中の集まりだということに気づいて閉口してしまう。そもそも女王とかなんとか言われてはいるものの、男鹿に対する態度の分かり易さと恥じらいの度合いが半端じゃない。まず邦枝は相談相手に相応しくない。他の相手といってもこの面々で物怖じしなさそうなヤツはいるのだろうかと考える。やはり妥当なところで…
「あ、大森。オメーがいい」
「え、それって」
「な、何、」
 余計な口を挟もうとしている花澤の頭をスカンと殴って黙らせる。もう強引にこの場所から逃げ出すしかない。神崎は必死で大森寧々の手を取ってその場から走り出した。大森寧々は困惑した表情をしてメンバーを振り返りながらも、その必死の意味を知るために振り切って逃げようとはしなかった。
 レディースどもが見えなくなった辺りで息を切らしながら神崎もスピードを緩め、やがて止まる。額にこびりつく汗を拭う。
「ちょっと…!説明ぐらい、しなさいよ」
「っせ〜な。邦枝に聞かせたくねえって、思ったんだよ!静かなトコ、ねえのかよ」
「…姐さんに?」
 意外な名前が出たことにさらにキョトンとした顔をして、それでも辺りの風景を見てはゆっくり話せる場所ならあると振り向きもせず歩きだした。普通の一軒家の前で寧々は足を止めた。そこそこの集合住宅地帯だった。
「ここ、家だから」
 意外にも大森家が近かった。さすがに神崎もこの展開は読めずおずおずとした挙動不審な態度となってしまっていたが、小さく「お邪魔しま〜す」と告げて家へと上げてもらう。別に家に人はいないけどね、と冷たい寧々の声が神崎に突き刺さった。先に言えよもう、緊張してソンした。縮こまるように座っていると目の前にジュースが置かれる。
「ヨーグルッチはないわよ」
「…おう、どーもな」
「で、何なのよ。姐さんに聞かれたくないことって」
「なんつ〜か……邦枝ってよぉ、男に免疫0%じゃね?だからよ」
 話がさっぱり分からない。思わず不快感を丸出しにした表情をしてしまう。神崎は何が言いたいのだ。しかし神崎の様子はいつもより神妙でやけにおとなしい。言葉を選んでいるふうでもあるのだが、元来より頭が悪いのだからいい言葉も思い浮かばないのだろう。とりあえずジュースを飲んでから大きく溜息を吐いた。
「俺、こんなナリじゃ帰れねえしよ。姫川ントコに行ったんだよ…」
 やくざの息子として育てられている神崎家では、まさか息子が娘になって帰ってきたなどということになった場合、どのような騒ぎになるのか分からない。むしろ、単純に有り得ないことを信じてもらえないだろうという方が正しいか。だが神崎の日頃の行いを思えば数日間家を空けたぐらいでどうこう言われることの方が少ないだろうと思ったのである。
「…と、その前にあのセクハラ教師の野郎に一日ぐれえで治るとか言われたから、今日とりあえず泊めてもらうかなって思ったっつーわけ。そんで姫川ン家でゲームやってた。さっきまで。そしたら、急に………」
 姫川の男にしては高めの声とそのセリフと、それに似合わない強引さを思い出す。鳥肌が立ったはずなのに髪が落ちてしまったヌメッと野郎を二枚目だなんて思ってしまった。心臓がバクバクと音を立てている。思い出しただけなのに顔がひどく熱い。よく考えてみればそれはまだ小一時間ほど前の、ついさっきの出来事なのだ。そう簡単に忘れる筈もない。
「お、思い出すだけで腹、イテェ〜……」
 実に具合悪そうな顔をして神崎が腹を押さえながら立ち上がる。話の途中だったがあまりの顔色の悪さに寧々が肩を貸してくれてトイレまで案内してくれた。そう悪いヤツでもないのかもしれない。もう誰でもいい、マトモなヤツ、頼むから一緒にいてくれ。そんなことをボヤきながら便座の前に立って「ついてない…」ことに気づく。そういえば同じことを朝もやってしまった。確かに便座を汚さないという意味では座るのはいいとは聞くものの、女系家族ではない神崎家は常から便座に座るような教育は受けていないため違和感ばかりがあるのだが、男女同じ位の人数の家だったり、男が少ない家ではどうも座って小便しろだのと言われる家が多いと城山が話していた。城山の家は小学生の弟もいるし、汚したりするからそういうふうに言われるんだろう。何より城山の身長が大き過ぎるから便所で直立できないというのもある可能性があるな…などと下らないことをたくさん考えながら用を足す。



「おわぁああああああああぁぁあ?!」
 神崎の声が大森家に響き渡った。他の人がいなくてほんとうに良かったと寧々は思う。どうしたの?!と声を掛けながら不用心にトイレのドアのカギは掛かっていなかったのですぐに開いた。さらに真っ蒼な顔の神崎が便器を恐ろしいものを見るように睨んで、しかし近づきたくないようで腰が引けている。
「や、やべえよ…、おれ、死ぬ、かも……」
「はあ?!」
 何があるのかと思い便器を覗き込む。眉を一瞬顰めただけで寧々はすぐさまトイレを流してしまった。ザアア、と水が勢いよく流れて、先の光景は跡方もなく澄んだ水だけが便器の中に張られていた。
「勘弁してよ、も〜〜」
「なんで…っ、俺マジで」
「単に、生理始まっただけなんじゃないの?!」
「せぇっ…、おま、男の前で…っ」
「今、女でしょアンタはさあ」
「……………。………ど、どうしよう」
「げっ、垂れてる!!?ちょ、便座にすわってっ!待っててっ!」
 なんだようこれ、もうどうしよう…。神崎が不安で胸いっぱい、さらには血だらけだしもう言われた通りにトイレの主になってるしかない。でもこんなことが起きてしまったのに寧々は冷静だ。おんなって強いんだな、とボンヤリと思う。出血多量で死なないために肉とか食べないと貧血になったりするんだろうか、と働かない頭で考える。入るわよ、と申し訳程度に声を掛けながら寧々がトイレのドアを再び開けた。両手に生理用品を抱えてる。
「アタシのパンティ、貸す、あげるから使いな」
「え…」
「…あのねえ、未使用のやつに決まってんでしょ。じゃ」
 トイレにずっと一緒にいるのもおかしいし、様子を見ているのももちろんおかしなことだから寧々はすぐに引き下がった。だが神崎は戸惑う。パンティ、…や。ちっちゃい、のはまぁ今女だから解るわけで。というか寧々はこんな可愛いのを履くんですか?スポーティな形のものだが小さくフリルが付いていて薄い水色をしている。あ、でも履かないから寄越したのか、それはまぁ解るとして……一旦今まで履いていただぶだぶで赤黒く変色したスプラッタなトランクスを脱いでから、生まれて初めて女もののショーツに足を通す。へんな気分だ。というかいいの俺?間違いなんでない?と頭の中で反芻し続ける。
 なんとかここまでは漕ぎつけたものの、それ以降どうしろというのだ。生理用品が足元に散らばっているし、頭の中では解るけれど使ったことのないそれらを見て脳内まっしろ。っていうか恥ずかしいんですけど。便器の中をちらと見たら真っ赤で怖い。気分もサイアクに堕ちこんでゆく。というかちょっと気持ち悪いし、腹も痛む。
「おぉおもりい〜〜〜」
 いつもならばクソアマであるはずなのに、今日の大森寧々はまるで女神かのように映った。もう彼女をクソアマと呼んだりしないからこっちに来て下さい、お願いします。助けて下さい、迷える子羊なんてもんじゃない、生きてるだけで苦しくて意味が分からないこの神崎一を何とか救って下さい。神がいるとは思っていないが、藁にも縋りたい気持ちで寧々に縋る。寧々に祈る。
「何なのよ」
 いろいろと寧々を崇めることを考えていたはずなのに、彼女はひどく冷たい表情でドアを再び開けた。
「血が止まんねえよ」
「…ちょっと、何で泣くのよ」
「どうしたら、いいか分かんねえよ」
「………………これ、置いたでしょ」
「怖ぇよ」



 色気も素っ気もない生理用品の使い方の授業を軽くやって、最初は大量だから、とタンポンなるものを勧められたが断固拒否した。なぜならば、
「入れる、って……」
「アソコに、に決まってんでしょ」
 神崎の真っ蒼な顔が見ものだ。絶対入らない、と言い切った。
「お、おまえは使ってんのかよ」
「ん〜、あんまり。多い日、たまに」
 さらに蒼い顔になった。神崎一にはガールズトークなんてできません。
「ううう、やっぱ無理…立てない、腹痛ぇし具合悪ぃ」
「それ多分、生理痛」

「あんたさあ、女の方がいいかも。すごい可愛い」
 素直に喜べなかったが、褒められていることは伝わった。でもほんとうに嬉しくない。



 スプラッタと化したトランクスは静かに寧々がゴミ箱へ捨ててくれた。
 この痛みと苦しみと不安と失われる血液への懸念の中、堂々と生きている女性というものの存在を大きく感じながら神崎はなんとか数十分の時を経て、やっとトイレから出ることができた。
「俺、これから女にやさしい紳士になる」
 大真面目に言ったのに寧々に大爆笑された。このアマ、と思ったが菩薩の心を持ってその思いを封じ込めることに成功した。というか、単に体調不良で動けないというのもある。下腹がずくずく疼く。あああ、マジ女って神。


11.09.01

神崎♀の寧々編でした。

や、なんかもうね、生理ネタですよ。
というか神崎多いな(笑)男の生理ネタも書いたしね。

女体化は多いけど後天性で生理のって見たことないなぁと思って。まぁ一時的なものだから、それにヤられるためだけに女にされるパターンだしねえ。
そもそもヤられるだけなら女性キャラを先に使えって思う方なので(読むのは構わないけど。へえ、とか思うし)

ただまあ自分の話だとバトルとか多いんで、どうにも女を隠してましたとかは無理があるんですよ。男として育てられた〜…みたいなのもよく見るんですが、声とかで解るだろう、と(笑)
かなり現実的に考えちゃうんですよね、つまんないヤツですいまっせん。
まあ上記についてうまくクリア―出来れば書くのもいいかなって思いますけど、今の所メインで女体化はないかなー…



つうかこの話の神崎、うろたえすぎ?

や、でも急に女になったらかなりうろたえるし、ホルモンのバランス崩れるわでいろいろ不都合と言うか精神的にもガタガタになってもおかしくないっていうか。
しかも気持ちいい程レンアイ要素がありません(笑)。さすが俺の城。

次回ので最後の予定!
はりきってこうぜベイベー

彼女の為に泣いた

2011/09/01 16:57:31