あいにく余裕なんてものは持ち合わせておりません03


「まじで、神崎なワケぇ? や。確かにピアスとか…ねぇ」
 まじまじと女の姿になってしまっていた神崎を見下ろす目がどこかヌメっとして気持ち悪い。それはいつもそう思っているからだろうか。相手が見てくる様子について言及しないことにした。かなりストレスを感じつつも顔面へのパンチはしないでなんとかやり過ごす。「カワイイねぇ」などと言われると悪い気はしない。しかしそれが男の身であったのならばきっと馬鹿にすんじゃねえなどと怒りに任せて相手を殴りつけていたはずだと感じる。しかし今は不快は感じていない。それはなんだろうかとある種の不安を感じる。胸がひどくドキドキと動悸を激しく奏でているせいで正気の状態かどうかなど解りはしない。しかし知らない相手ではないのだから神崎は相手の部屋へと足を踏み入れた。



「確かに……俺はよくわかんないけど、おやじさんにバレるとマズイかもな」
「ったく、テメェはいい気なモンだよな」
 そう言わずにはいれなかった。言われ慣れているのだろう、相手が気にする様子は微塵も感じられない。ただそこにいて余裕の笑顔を見せているだけだ。とりあえず殴ってもいいだろうか。そう思いながら不躾なお願いを聞いてくれるらしい相手にノーモーションからの蹴りはお見舞いできそうにない。
「姫か」
「ゲームやる?」
 名を呼び終える前に遮るかのように、音もなく相手が差し出したのは新作のゲーム。神崎はまだそれを持ってはいない。というかソレ今日発売の対戦ゲームだったはずだ。神崎は先月から買おう買おうと思っていたはずなのに、自分の身体の変化でまったく忘れていた。ゲームは所詮、娯楽なのだから多忙によって忘れるものなのかもしれない。そんなことをぼんやりと思いながら神崎はひったくるようにゲームソフトの箱を相手から奪い取る。パッケージとその裏面を見てニヤリと嗤ってみせる。やはりやりたかったゲームに間違いない。
「対戦、と言いてえトコだけど、まずはちょっと練習が必要だなあ。練習しねーとテメーとの決着もつかねえわな」
「………へぇ、マジで神崎、なんだ。」
 今さらなことをほざく相手も驚くくらいにノックアウトしてやろうと思いながらソフトを手渡し返した。初めてプレイするゲームなのだ、確かにシリーズ物としては排出されているものの、毎回システムが変わることで評判を得ているゲームだけに新しいシステムを理解するまでに時間を要する。だが前からのファンの言葉を借りれば『変わった部分を発見し、それに慣れていくことがひどく痛快なアルイミMゲー』などと神ゲー扱いをされているのだ。そのゲームソフトをセットし始まったゲームに神崎は魅入る。隣にいる相手などどうでもよく、評価のとおり変わった部分を吸収するために。



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 理解するまで時間が少々掛かった。けれど理解してみれば過去の作品を元にしているものだけにすぐに対応できる。これが新作ゲームの不思議なところだ。そう思いながら神崎がやっと相手に目を向ける。相手はただ黙ってそこに佇んでいたのだろうか。視線がぶつかるまでは神崎の気が済んだことなど気付かなかったらしく、慌てたように神崎に向き合った。もちろん最初に聞くことなど決まっている。
「どうだった?」
「イイ感じに変わってんじゃねぇの。」
「ま、俺もそう思うけどね。あとはヘンな風にバージョンアップしないでほしいって」
 同じ思いを抱く相手がすぐ近くにいるということは、すごく心強いことなのだと今さらながらに思った。


「お前も、だろ。」
「意味わかんね、姫川」
「下の名前で呼んでほしいかも」
「キモチワリ」
 姫川はいい意味で変わったことを褒めたつもりだったが、神崎はまったく言葉どおりに受け取ってしまいバージョンアップしない方がいいよ、と聞いた。人とは都合よく解釈するものだし、理解力に乏しいものだと思わざるを得ない。のだがすぐにお互いが理解できないので会話はすれ違うばかり。
「今までより全然イイ。はじめチャン、って呼んでやろ―か」
 姫川から発された言葉のすべてが神崎をバカにしてナメているようで、咄嗟に神崎はパンチの一発くらい見舞ってやろうかと構えつつ気合いを込めた。ぐ、と思いきり力んだ所で忌々しい色メガネに向けて容赦ない拳を放った。それはもう素早く。
 しかし非力なのだろうか。それとも単純な神崎の思考を読まれていたせいだろうか。姫川は繰り出された拳を軽々と己の手の平で受け止めて、今の神崎よりもだいぶ大きい手の平で握り拳を包み込んだ。否応なしに、姫川の温度が伝わる。
「名前、呼んでよ…。その可愛い声で、サ」
 姫川の、男にしては高めな声が静かな部屋に響く。神崎の握り拳を離そうとはしない。けれどその傍らで遊んでいる方の手をゆっくりと伸ばしてくる。うわ、と神崎は握った拳から力を抜きながら逃れようとする。しかし姫川がその力を抜こうとしないから離れられない。どうしてやろうか、と考えている所に姫川の手は神崎のアゴに無遠慮に伸びてきた。すぐさまアゴを捉えて引き寄せるようにゆるやかに動く。



「はじめチャン。好きだよ…」



 甘い声は、実にキモ気持ち悪く感じられて、咄嗟に電光石火の一撃が姫川の顔面へと向けて怒涛のように打ちこまれた。『必殺・オネガイ、死んで(To.イタキモス)』。
「あ、…れ?……おかしいね、コレ」
 などと状況とはかけ離れた身体を横にした格好のまま鼻血を垂れ流して、割れたグラサンが痛々しいが土台であるフレームは形を成したままの格好で、姫川はぽかんとした表情のままで言う。おかしい、の意味合いにはどうして景色が横なんだろうかとか、殴られた顔の辺りがひどく熱いんだとかそういったこと。瞬時に言葉も状況も分かりはしない。
 言い終わった途端に身体はどさん、とその場に倒れた。すぐさま、情けなくも鼻血垂らしたヌメ面は起き上がる。先程の表情からも分かるがダメージはそうでもないらしい。
「そんなのないっしょ」
 言いながら姫川が神崎目掛けて―――そう思うのは被害妄想のせいなのかどうかは不明だが、先の行動&言動から姫川には気を付ける必要があると思った神崎であった。―――倒れ込んできた。自分の身を守る意味で姫川の身体を必死に掴んだ。まるで縋っているかのように強くぎゅうっと。傍らに姫川の顔がある。ハラハラと長い髪が肩に掛かる感覚がある。おい、と声を掛けながら神崎は姫川を見た。



「〜〜〜〜〜っ?!!!」
 目に映ったのはダサヌメ・リーゼントを下ろした優男風の二枚目顔をした姫川そのもの。目が合った瞬間、まさかと思って息を呑んだ。姫川だということはこれまでの経験上知っている。分かり切っているのに、どくどくと高鳴る心臓の音はどうだ。二枚目に緊張しているだなど、まるでまったく女そのものではないか。神崎は瞬時にそう感じた。さっきの相手の言葉も効いているのだろう。ひどく顔が熱い。それでも構いはしない、ただ、目の前の相手を敵と思うべし。
「おおあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 言葉にならぬ叫びと姫川が吹き飛ぶ映像が、スローモーションで見えた。ゆっくり、ゆっくりと流れるように吹き飛ぶものだから見物だった、としか言いようがない。イケメンだとかそんなことはどうでもいい。吹き飛んでいる最中などイケメンもシケメンもブレブレの顔のつくりなんて見えるイキモノではないのだから。


11.08.27

にょた神崎。
とうとう姫川とは決裂しました(笑)


続きがどうなるのかは、まったく分かっていません。
でも神崎は神崎ですということで、しっかり暴力ネタを仕込めてよかったです。

や。♀になった途端ヤられる、みたいな展開は好きじゃないので。
食われるために♀になったみたいな。むしろそんな♀は現実いねえだろうがよ、とか。
現実とか何とか思ったら創作できない、ていうのも分かってますけどね。もちろん、だからアッシの書く文章には真新しさ、みたいなもんはないのかもしんないけど。それと関係、……ないか…

彼女の為に泣いた