あいにく余裕なんてものは持ち合わせておりません 


 夢見が悪かったわけではない。ただ、起きた時に肩が重く感じた。それだけだ。
「な、な、なんじゃこりゃ〜〜〜〜???!」
 女の高い声が響いた。ああ、防音の効いている部屋からどのくらいその声が漏れたのかなどと知る由もない。女は泣きべそをかきながらとある男に向けてメールを打った。ああ、ほんとはお前なんかにメールやるなんて、かなーーりかなり嫌なのに。仲間だけれど今というこの時に限っては特に、余計に。
 学校に行かないことなど何の問題もない。けれども今日はただのサボリなんかじゃない。そして今この状況をどうするべきか、問うべき相手は限られていて、それはもれなく異性という存在の2名で。できればメールを飛ばした相手の方ではないもう一方の相手の方にメッセージを送りたかったのだけれど、物理的な問題でそれをさせてもらえなかった。ちくしょう、ケータイぐらい持てよ機械おんち!会ったらとりあえず殴ろう。そう思いながら何かに縋る思いでケータイの液晶画面を見つめ続けた。


 早く、早く鳴れよ。ケータイ。
 いつも返事の早い相手の返事が来ないことに、イライラとしながら待ち続ける。ケータイメールなど今まで心待ちにしたことなんてないはずなのに、今日は願うように祈るように相手の返事を待っている。馬鹿みたいだ。まるで初恋の相手と付き合い始めたみたいにただひたすらに、問いに対する答えを待っている。情けないほどに他にやるべきことが見つからない。今はこの部屋から一歩も出たくはない。そんな不安で一杯だから。



 ブブブブブブ………
 低く唸るケータイのバイブ音。ハッとして齧りつくように液晶画面に飛びつく。まるでケータイ依存症のバカ女みたいに。ピ、ピ、と短い電子音が静かな部屋に響き渡る。待っていたメールの内容はあまりに簡素なもので、拍子抜けしてしまった。どうしてもっとまごころ込めたメールが送れないものだろう。などと思うのは、自分がピンチであるという証拠なのだろう。もう一度、間違いがあればよいのにとメールの文章に目を通す。


 >とりあえずジャージかなんか
 >着て学校来れば?



********


 メールの回答がどうとか、それはきっとメールでは聞けそうもないと思って学校へと向かった。気に食わないメールの返事をきちんと守ってブカブカのジャージ羽織ったぐらいにして。



「…おはよ。神崎君」
 少し戸惑い気味の声がする。メールを送った相手である夏目の声。驚いている。それはそうだろう。もしかしたらあの返事は冗談のつもりで返したのかもしれない、ならば相手を責めることは無条件にはできないかもしれないと思いながら返す。短く「おう」と。なぜならば自分のいやに高い声を聞くのが嫌だったし、気恥ずかしかったからだ。
「まじで?すごい。」
 夏目の言うその言葉の意味など分からない。ホームルームの後に夏目が強引に、神崎の手を引く。『多目的教室』なんて意味の分からない教室がそこにはあって、3年の教室からそう遠くはない空間。同学年の者らの談笑がいくらか、わずかなざわめきとなって聞こえる。騒音であったはずの音がただの雑音に変わる。
 ガラガラと低い音を立てて夏目が神崎と向き合いながら、無人の教室の扉を閉じる。不思議な気分だった。夏目と二人きりで静かな部屋で話すことなど初めてではない。けれども目の前の男の姿を見ると馬鹿みたいに胸がどくん、どくんと高鳴った。もしかしたらこの音が夏目にも届いてしまうのではないか、と思う程に強く激しく。
「何……」
「や。見てみたくて」
 問いを言い切る前に答える夏目はあまりに、いつものクールな彼よりも性急な様子に見えた。夏目が夏目らしからぬ瞬間になっているかのような気持ちで、まじまじとその表情窺うように見つめる。もちろん目が合う。と同時ぐらいに、
「神崎君。どうなの、おっぱい」
 言い終わる前に夏目が神崎のジャージを上げていた。
 ああ、思わず神崎の上げた悲鳴は少なくとも3年校舎に響き渡ったらしい。ドタバタと急いだ足音が聞こえた瞬間、上半身を丸出しにした神崎と夏目の姿が、駆けつけた皆の前にあった。



 あああああ、神崎は自分が女だ、なんて思ったことは一度もなかったのに。今日起きるまではまったく男だったはずなのに、ああ。夏目が職員室に強引に連れて行かれたのは不憫ではあるものの、あの男の強引さには相応しい処置かと思いつつも神崎自身、職員室に座らされている。これもアルイミ情けないものだけれど。



11.08.13

神崎女体化ネタ(笑)

恋愛要素はありません。
夏目×神崎(♀)っぽいけど、べつにそういうわけでもないし。15禁でも何でもない内容。


相談したかった相手、というのはもちろん城山です。
あっしの中では城山は妹も弟もいて、五人兄弟。だから女のことだってある程度分かっている男、というのが実は城山という男。という設定なのです。ほんとうは聞きたくない相手はもちろん夏目(笑)でも彼に聞くしかない、という。神崎は男兄弟だしね。
でもメールのできない城山のせいで夏目にメールするしかなくて、というか、メールでしか語りたくなかったのは、やはり声が変わってしまったのが分かっていたからに決まってる。
本人は自分の声はこうだ、と思っていて疑わなかったからこそ、今発してる声が違うものだと感じることができたのかもしれない。

彼女の為に泣いた