理由など、知らない。
 知る由もない。元より興味もなかったし、理由について考えることもなかった。そもそもその程度の興味しか持っていなかった。否、むしろ興味という言葉は適当ではない。興味というものを一滴たりとも―――「一滴」と表すのが適当か、と聞かれればそれはまた、否、となるのだが。敢えて―――持ち合わせていないのだから。持ち合わせてなどいなかったのだから。勿論、それが『今は昔』になっているということは、当人を含めた周囲の人間らが認める所ではあるのだが。認めたくはないのだがこの際、放っておいてほしいと思う。


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 ツマラナイと仲間らに言っていた大学に、新たな気持ちで行くことができたのはやはり“アイツ”のせいだと思っていた。だが、それを認めてやるつもりだと毛頭ない。あの女に一人の男、否、神崎組という組織を将来背負う率100%の男が、どうこう動かせるわけがないのだから。それを認めるつもりなどあるわけがない。
 いつも気軽に声をかけてくる二枚目男の集うしょっぱい優男グループ。
 くだらねえ。そう思っていた。思い続けている。だが、昨夜からぐるぐる巡る何かに「合コン」とか「カノジョ」とかいう言葉が含まれていたから、そういうものに聡い男をめがけただけ。

「オハヨ」
「おう、」
 好きとか嫌いとか、そういう類のものではない。この男にはどうしても相いれない雰囲気というものがあったのだ。よくよく後から思い出してみれば。
「久し振りじゃん?神崎君」
 大学のコイツラは神崎を、あの神崎組の倅などと全く気付かずに、大胆不敵にこうやって近付いてきた。だが、それを遠ざけていたのも神崎自身。今まで付き合ってきた血腥いヤツラの方がどうやら性に合っているらしいから、人間関係を無理して合わせる程サラリーでもないし。と軽くそれをあしらっていた。他に恨みも何もない。
 むしろ、恐れてこないこんなマジメ君みたいな冴えないヤツラの姿が滑稽でも、愉快でもあった。そう思いながらも遠目に見てどうでもよかった。
 だが、今日は丁度いいタイミングに、丁度いいことを言ってきた。
「ねぇ、合コン………付き合わない?神崎君、無口だけど結構イケると思うんだよね俺」
 男に言われても全く嬉しくない言葉だけれど、合コンは同性から誘われるもののはずだ。前にもこの男か、この男のダチに誘われたことがあったような覚えもある。だが、神崎はどうでもよくて断ったはずだ。覚えていないことがソレを示している。合コンとは確か、合同コンパの略だったはずだ。そもそもコンパとは何ぞや??? それを不思議に思うこと自体、普通の大学生でも何でもないような気がしたが、この際今は置いておいて…



「ふぅん…、幾ら?」
 今日は丁度いいタイミングに、丁度いいことを言ってきた。それだけだ。
 金額を指してきた指と、してやったりな表情。その腑抜けたツラに一発お見舞いしてやりたい気持ちは、その時の神崎にはなかった。そういう殺伐とした気分よりも何かに寄り添ったり、和らいだり、心うつしたり…そんな気分だったのだ。
「へえ。…珍しいね、前は断ったのに。女と別れた?」
 ソレしか考えてないバカなヤツ。そう思ったが不思議なくらい心は落ち着いていた。高校までの神崎ならそんな言い方をされたならきっとその場でかかと落としを喰らわせていたはずだ。大人になったと誉めてやるべきなのか、それとも普通のヒトの感覚になっただけと溜息を吐くべきか。
「はん、別にそんなんじゃねえよ。ただ、気が向いただけだ。」
 そう、ただ気が向いただけだ。そんな気分だったから、誘いに乗っただけ。
「神崎君、今までいないタイプだから多分モテると思うよ」
 相手がホメているのは見下しているからだ。それは合コンなどに参加したことのない神崎でもすぐに分かった。目の前の男は優越感のカタマリのようなツラをしてヘラヘラと押し隠したクソ笑いを浮かべている。この笑いで女にモテるというのはナゾだ。目の前に現れる女が底なしのバカだとしか言いようがない。それとも男欲しがるアバズレとか。そうでなければこの男が女の切らさずにいる理由が説明できない。少なくとも神崎の脳内では。
 どう考えても、夏目の方がよっぽど内面含めた二枚目に違いない。


*********


 セッティングの日は、告げられた日の次の夜だった。
 こちらは誘ってきたツバサ、その友人の大輔、神崎の三人。相手の女も三人だという。それをツバサは3on3と言った。それはバトルじゃねえのかよ、と内心ツッコんだがこの男がその意味を理解できるような賢いアタマをしているようには見えなかったので鼻で返事をするだけに留めておいた。
 洒落た居酒屋に入った。ここはさかなへんのナントカいう店ではないことは、ツバサから聞いて安心しきっている。むしろ、さかなへんのナントカいう店のことを咄嗟に思い出してしまったことが、神崎には何故か情けないような、虚しいような、腹立たしいような、そんな複雑な思いだったのだが―――そんなことも、さかなへんのナントカいう店にバイトしてるクソアマは、知る由もないだろう。そう思えば余計にその思いは募った―――。


「お待たせ〜〜」
 間延びした声はあまり好きではなかった。だが見上げた視線に映った女どもはそう悪くはない3人組だった。髪がショート、セミロングで肩にかかってる位、まっすぐなロング。髪の長さで言い表すのが便利な女3人組。初対面で気になったのは、髪ショートがつけ睫毛バシバシ女だったのが神崎的に気に食わないように思ったくらい。
「ううん、ぜんぜん待ってないよー」
 ツバサの、マニュアルどおりの返事に反吐が出そうだ。小脇でツバサの相方の大輔が聞いてくる言葉はさらにウザったい。「どれが好み?」ああもうどれでもいいだろうがよ。そう思ったがムゲにできる間柄じゃない。そもそもこの場所のセッティングもろもろ全てこの男がしたという話だ。ツバサよりヘラヘラしていないクセになかなかやるヤツである。そういうポーズをしているだけなのかもしれないが、ツバサに比べれば寡黙な男には違いない―――神崎は女ごころなど解りはしない。けれどもそういった寡黙な所がモテる要因なのではないか、そう感じた―――。その中間がどうやら神崎らしい。だからこそ誘われたような気もする。と思いながらも三人を値踏みするように見つめる。聞かれたことには答える必要があるからだ。「…かみ、長いの」「そっか。丁度いい」答えの意味はよく分からないが、神崎の答えに満足したらしい男は興味をなくしたように首を引っ込めた。どうやら今の答えで当たりだったらしい。
 神崎は、模範解答を言うような坊っちゃん野郎になった覚えなんかねえよ、と思ったが、今、ことを荒げるようなバカではない。思ったことは口にしないで心の中にしまい込んだ。

 女どもが席に着いた所からノミホ―――飲み放題をそう言うらしい―――タイムである。ケチ臭い飲み会である。
「カンパーーーーーイ!!!」
 かちん。。。三人と、三人で合わせたグラスがどうしたって合わせ切れずに名残を惜しんでかちん、かちんと何かを探すみたいに何度も、オマエオマエ、みたいに鳴らされる。形式だけのことなのだが言葉を交わさずに行われるこの儀式は特別な何かに感じられる。
 最初から狙いの女は目の前に置かれていた。かどうかは分からないが、目の前には一番好みっぽいかな、と思っていた髪の長い女。だから先に聞かれたのだろうと思った。どうやら二人の狙いは髪の長いこの女からは逸れていたから、丁度良かったのだろう。アマリモノを示すように二人、否、二組の話題にはいつしか置いてけぼりを食らっていて、気付けば女と話をしている以外に道はなくなっていた。
 目の前の女が意味ありげに髪を掻き上げる仕草とか、微笑浮かべることとか。もしかしたらこのまま『お持ち帰り』のようなこともあり得るのかもしれない。そんな邪なことを思い始めていた。その時、隣の個室から聞き覚えのあるバリトンボイスが耳を突いた。



「隣、うっさいね〜」
 どの女が言ったか分からない。だが告げたのは女の口。不快感をあらわにしている。隣の個室はどうやら紅一点もないらしい。男ばかり五人以上の団体客、といった所か。それは当たり前だろう、神崎は思う。
「出る?」
「ん〜、でもノミホだし。店の人に言って、部屋変えてもらお」
 どうせ安い店なのだから出ても構わないだろうが、と神崎は思ったけれど普通の大学生ならアルバイトとか、もしくは親からの月に微々たる金額の小遣いでやりくりしているのだろうから、足踏みするのは理解できる。ここは黙っておくべきなのか、自分が率先して別の店に誘うべきなのか、悩む所である。
 隣の声が不快なわけではない。この体育会系のノリというものは常に神崎の周りにあるものだから『当たり前』といった感覚があるのだ。ただ、確かにこの女どもが言わんとすることも分からないわけではない。ある程度大きな声を張り上げなければ会話できないような状況にあるのは確かだからだ。うるさい、という言葉には共感できないわけでもない。
「…静かな、トコのが喋りやすいよな?なら、移るか」
 提案したのは神崎。ソレに深い意味を感じている男、単純に喜んでいる女。それ自体に何か意味があるわけではない。眉間に皺を寄せる二人の男には軽く目配せをする。だが不安は治まらないらしくまだ、ハラハラとした表情をしている。だからどうしてこんなヤツラが女どうこう言ってるのか不思議で仕方ない。殴ってやりたいが今はそんな状況ではない。
「大丈夫だ。俺が何とかする」
 こういう場面では言い切ることが大事だ。強い言い切りで押し切って、店の外へと三人の女を連れ出す。静かな所、という場所についてはツレの野郎二人に任せることにした。自分達が金を払うわけじゃないと思えばすぐに手の平返したようにニコニコ気持ち悪い笑み浮かべながら、女どもを口説きに向かう。合コンがそういう場所だと分かっていながら、やはり馴染めないなと内心呟きつつ店の前をゆっくり闊歩する。隣にいる女は相変わらずロングヘアの美女。

 街灯の下で見る女達は、居酒屋の中で見る姿とはまた違ったものに見えた。そう思うのは神崎だけだったのだろうか。それとも、相手の女達からもそう見えたのだろうか。それを知る術も勿論ない。
 どこへ向かっているのか分からないので神崎から歩を進めることはできなかった。ゆっくりと二組の後へ着いていくことにした。神崎が歩幅を狭めると、それを真似て隣の女もそうした。先頭はどうやら大輔らしい。この合コンを接ティングしただけあって、口数はそう多くはないが店やら何やらはよく知っているようだ。
 女のサラサラと流れる髪が街灯の下でキラキラと光を放っているように映る。珍しい黒くて長い髪が、神崎の目を引いた。それだけのことだと思っていたが、もしかしたらそういったことが“ナニカ ノ ハジマリ”なのかもしれないなんて、ぼんやり思う。微笑んで歪めた形がひどく神崎に向けても好意的な色を放っているように、街灯の色がそう見せたのか分からないけれど、そう見えた。
「さっきの隣の。マジムカつくよね〜、ゲスのクセにウルさいって」
 街灯が色っぽく見せたその色はコトバとともに色褪せて、
「思わなかった? どーせキタナイジジイなんだろうし」
 ただ、神崎の拳がロングヘアの美女にヒットする高らかな破裂音が、夢のような時を醒まさせた。



**********


 詳細を調べ終えるまでは停学。
 詳細を調べ、明白となった事項によっては退学も有り得る。

 それが、神崎に下された裁きの言葉だった。



「あっそ」
 思った通りであった言葉に何かを返す気にもなれずに、理事の傍からすぐに立ち去った。もちろん理事もそれを妨げることをしない。
 当然だ。目の前の厄介者が立ち去ってくれるのをお偉方は待っているのだ。そういう生き物であることを、生まれながらに必要とされたのが神崎一、彼はそういった男なのだから。
 だから、裁きの言葉はどうでもいい。退学も望む所だ。だが、自分の背後につく“組”がソレをどう思うか、処理をするか。それにかかっているということは神崎にも分かっていた。



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「はじめ。」
 わざとらしく、ゆっくりと呼ばれる名前に背筋がゾクリとした。だが、すぐに返事をしてやるのは癪に障る。だから黙っていた。そうすると数秒もしないうちに周囲の空気がハラハラと落ち着かないものになっていく。だから神崎の心中も落ち着かないものに、どんどんとなっていくのだ。チクショウ、と神崎は思う。周りなんかに踊らされてるみたいで面白くないのだ。ちくしょう。
「――はじめッ」
 再び呼ばれる、神崎の名前。ファーストネーム。むしろ、呼び主が付けた名。
「大声、出すなよオヤジ。ここにいんだから聞こえるって」
 近くの大男どもがビクビクと肩を震わせるのが、あまりに不憫で声を出してやった。それに、父が神崎の名を呼ぶことはひどく珍しかった。だからこそ、最初から返事をする気にもなれなかったのだ。何か裏があるような気がして。


「お前、停学になったそうじゃないか」
「…まあよ。」
 アンタの息子なんだ。仕方ねえじゃねえか。そう言おうと思ったが、いかにもイカニモ複雑そうな難しそうな表情をした父親を見て、神崎は言葉を途切れさせた。目の前の男にも事実は事実として伝わっている、ということが解った。それだけで今まで神崎が生きてきた二十年という短い生のうち、少し利口になったような気がした。が、別にそれを活かす術を思い浮かべることはできなかったので、特に利口にはなっていない、と思って間違いないであろう。
「女、か…?」
「は?」
 思わず父親を見ながら返した声は、相手をきっとバカにしたような声色だったに違いない。停学をどうこう言う前に理由を聞き出そうとするのはやはり、親としてのナントヤラというヤツなのかもしれない。だが、あまりに馬鹿馬鹿しい問いに声を荒げてしまった。囲む周りの空気が瞬時に凍りつくのが解る。だが、それを神崎の力だけでどうこうできるわけではないのだ。
 神崎の言葉が周囲の者を傷付けたら、それは父を咎めれば済むことだ。だったら、言いたいことを言うべきだろう。そして、周りの空気の色がどうとかいうことを全く知らないかのように、息子を見つめている親父がいる。それだけのことである。だから、神崎は答えを口にする。今まで口にしたことがなかった彼なりの答えを。
「仲間、だよ。………仲間をバカにされた、だから殴った。そんだけ」



 はははっはは。父の笑い声が神崎の耳に聞こえた。先程までは不穏な色に駆られていたはずではないか。だからすぐにはそちらに目をやるつもりはなかった。やがて置かれた肩の上の手の平に、敵意も怒りもないのだと気付いて、そうしてからやっと周りの空気が既に和んでいることに気付いた。周りを気遣っていたはずなのに、結局は自分自身が気遣われていたのだと思えば、言葉にできないような、恥じらいみたいなものが胸中に生まれる。あああ、ちくしょチクショオ!!


11.0802

最近涼しいので、脳内にあったネタなどをたらたらと流しこんだら意味がわからなくなりました(笑)
(原作無視:申し訳ございません…)


大学生神崎と寧々シリーズです。(寧々出てないけど

停学の理由の話なんですが、オヤジさん(組長)まで出てしまいましたよごしゅじん!
そして穏やかである神崎に違和感を感じますが、それについてはもう少し詳しくのちほど。ってレベル
実は穏やかなんじゃなくて、ブチ暴れたからこそ停学なんですよってな。

2011/08/02 00:34:55