汚れを知らない



 向き合う事自体があまりに馬鹿馬鹿しい。そう思っていた。それは向き合った相手には当てはまらないのかもしれない。キリリとキツく噤んだ唇がひどく窮屈そうにそこにある。
 だから、何だ。
 相対するように立つ女の胸には信じるものがある。そして、自分自身には自分を信じる思いがある。弱気になった時には、他人に映った自分を信じるようにしながら、弱気を口にしないようにして何とか生きている。強がっている。
 相対するのはあまりに馬鹿ばかしいほどに理由がなく、互いに対立すらしていない関係なのだと感じる。しかし、それを相手は思っているのか解らない。それは、相手から発される殺気とか闘気とかいう言葉で塗り替えて、ようやく相手へと向き直る。なんだか相手が何かにがんじがらめになっているかのように見えて、蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように感じた。


「クソアマ。」
 相手に向ける言葉が、他にいたわる言葉があったのは解っていたけれど、解っていても実行できない自分という不器用な男に溜息もつくヒマ与えず相手からの旋律のチェーン。教室の時のようにくるりと、いとも簡単にそれは腕に巻きついて。一応、という前置きは自分の心の中だけの弱いなんちゃら。そんなことはどうでもいいから盛ったアタマを睨みつける。
 静かな石覇矢公園はざんざん、と波の音を伝えるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、波音は人間の集中力を奪うのかもしれない、とその時初めて感じた。もしかしたら気のせいなのかもしれないけれど。

 そんなことを思ってからぼんやりと気付く。この場に彼女が訪れたことだって、あまりに不確定なことだったはずだ。
 急に決めた決着場所。城山はそれを伝えに言ったのだという。別に伝えに行け、と言ったわけではないけれど、それをきっと期待していたのだろう。それを伝えに行くことが当たり前だと思っていたのだろう。今までは。それが、どうして『当たり前』ではなくなったのだろう?それは、いつからのことだったのだろう??



「アタシにした仕打ちを理解、してんだろうねェ?」
 大森の鎖がちゃり、と低く音を奏でる。何を言っているのか、神崎は全く解らない。それを知らせるために神崎はわざと軽く首を傾けて見せる。それを見た途端、挑発されたのかと思った大森は手にしたチェーンを振る。先制攻撃は大森寧々。バチッ、と思ったよりも鋭い音が辺りを支配した。そして続くちゃりり、と低い金属音と共にツルツルと吸い込まれる麺類のようなチェーンが大森の手元へと収まっていくサマ。それから遅れて訪れる頬を打たれた痛み。
「…アタシを、三十分も待たせた罪……テメェが場所、指定したんだろうが!」
 チェーンを構えながら凄んでいる大森。ぼけっとした表情のまま頬を抑えた格好のまま、神崎はああそういうことか、と口には出さずに理解する。やっと。だが、神崎はその事実に驚く。時間まで指定していなかったし、軽く放課後、と口にしただけ。聖石矢魔では大森も神崎も同じ時間に授業が終わるはずだった。放課後は同じ時間に訪れるはず。それなのに、今この時間というのはどうしてズレてしまった時間なのだろう。意味が解らなかったが、ヒリヒリと痛む頬はその時間を埋めることはできないでいる。
「狭ェアマだ。気にくわんなきゃ、あと2発くらいは喰らってやってもいいぜ?」
 挑発を含んだ言葉が口に出た。それは神崎の無意識。こういう世界に生きてきて、ここまで甘ちゃんな言葉が出てしまったのは、やはり相手が女であるという余裕と、どうすればいいかという迷いが混じったものなのだろう、と内心思う。
 挑発の言葉は相手の心を逆撫でできたようで、チェーンはもう一発だけ飛んできた。だがそう強い一発ではない。よろめくことなく神崎が余裕の笑みをたたえながら見返してやる。気温はそう涼しいわけでもないのに、辺りに広がる空気は刺すような冷たさが裁ちこめている。大森が鋭い視線をぶつけてきている様子と目が合う。マンガやアニメならきっとバチバチと電撃が走っているような光景だ。

「随分余裕だね? 本気、だしなよ。決着さァ」
 余裕ぶった態度すら馬鹿馬鹿しいと笑う大森が、手元のチェーンを揺らして威嚇して見せる。もちろん挑発の意味もある。再び鳴りだすちゃりちゃり、という金属音。それに応えることなく未だに頬を抑えた格好で神崎は立っている。ただし、チェーンの動きは目が追っているのだが。
「バーカ。女相手に、マジになれっか、ってんだ。」
 大森のことがどうとか、そういう城山や夏目が思うようなことではない。ただ、力の弱い女に本気になって勝って、それで喜んでいる男というのはどうなんだろう、と思った結果だった。ケンカが嫌いなわけじゃない。腕っ節に自信があるわけではないけれど、そこら辺のごろつきぐらいには負けることなどないと思っている。つまりは、自信があるからこそ出た言葉だ。



11.06.30
神崎と寧々シリーズ9

これ(後書)書いてるの、実は11.07.20なんですが、これを書いてる途中で何書きたかった忘れたみたいです(笑)
お陰で決着がつかないという…

決着については先延ばしにすることにしました。誰も待ってないだろうから。


寧々の怒ってる意味も、神崎がぼけっとしてることにも、多分オチなんて行きつく所まで行かないとなんにも変わらないんでしょう。

妙々。

2011/06/30 18:56:50