進化論の必要



 学校の裏庭。聖石矢魔はヨイコちゃん学校なだけにこういった場所には誰もいなかった。だが、誰かが来ていたらしくタバコの燃えカスとガムの吐いた跡は残っていた。それはそんなに前の痕跡ではないだろう。ガムを踏まないように気を付けながら神崎組の三人は連れ立ってダラダラと裏庭の落ちつける場所を探し歩く。じゃりじゃりと音のする地面があまり気分が良くない。
 夏目に持たせていたヨーグルッチが3本ほど入った袋をひったくるようにして取り上げる。3本ものヨーグルッチは少しだけずしりとした重みを神崎自身に伝えてくる。どうやら夏目は近くのコンビニまで買いに行ったらしかった。学校の自販機でも買えただろうに。そう思ったが、どうせ夏目のことだ、何となく時間を潰したかったのだろう。思惑が分かってしまえば咎める理由も見つからず問い詰める気もなくなってしまった。
「別に、着いてこなくていいんだぜ?」
 こんなことを言うのは初めてではないだろうか。顔色を窺うかのような発言。否、消極的な言葉。ケンカで負けそうな時だって神崎は仲間には強そうな顔をしていたし、高圧的な態度をしていた。もちろん夏目には実力で敵わないことを解っていたから無理強いをするような言葉を吐かないにしても。
「聞いてないから。神崎君がどこに、何をしに行くのか、って」
 夏目は知っていた。城山から耳打ちされていた。もちろん城山という男はひどく口下手で伝えたいことを3割伝えられればよいほう、みたいなタイプではあるけれども、それでも1年以上の付き合いはあるわけで、さらには夏目自身頭の回転が速いタイプとあれば、口下手程度にはある程度慣れていた。なおかつ、今回の話は夏目の予測しないことではなかっただけに、理解はしていた。

 神崎が大森寧々について、向き合おうとしている、ということ。



 夏目の言葉で、そういえば。と神崎は気付く。どこに何をしに行くのかすら、仲間に告げていなかった事実。それだけ自分は切羽詰まっているのだろうか。余裕がないのだろうか。他人の言葉で自分に気付くことというのは、ひどく恥ずかしい。
「静かなとこで、考えごと。だから―――」
 だから、お前らは特に要らない。それでも城山は神崎の傍を離れようとしなかったし、夏目は目を細めて頷いただけ。
 離れようとしない仲間をどこかに行け、というふうにあしらうこともできず体育館のすぐ傍で、それでもうまく死角になるであろうその場所にどっかりと腰を下ろした。他の二人が腰を落ち着ける場所なんてない場所に、神崎はわざと腰を下ろした。わざと、だった。ここからいなくなってもいいと思っていたから。だが、二人は地べたに腰を下ろして、城山は夏目にブルーベリーガムを渡した。夏目は黙って、それでもどうやら城山とアイコンタクトしているみたいにウインクしながらそれを受け取って、
 その様子を見ていれば、ここからいなくなれ。なんて馬鹿馬鹿しいことだと嫌でも解る。だから、神崎は何も言わないことにした。考えるため、と言ったのだから考える時間を邪魔しないのだからそれでいいと思うことにした。
 神崎自身、信頼しているからそれを許したのだろう。そう思えばこそすぐに自分の思考の中に潜っていくことができた。ここ数日のこと。大森寧々。そして、夏目と城山の言葉。ゆっくりながらぐるぐると、ぐるぐる駆け巡る。目には見えないだろうけれど、ゆっくりと神崎の心と頭の中を。
 噛み締める。
 今まで仲間たちが自分に掛けてきた言葉たち。思い出し、思い起こす。時に傍らに座る仲間の顔を見てようやく思い出す。
 そうした言葉たちを噛み締めながら、静かなままの空間で思う。先の城山の言葉と夏目の言葉。自分を思って言った言葉と、理解させようとして紡いだ言葉。必要だと思って口にした言葉たちなんだろう。そして、それを聞いて殴りつけようと思わなかったのは、自分自身YESではなくとも思うことがあったからだろう。それを言葉にすることは、どうすればいいのか解らなかったけれど。
 言葉にする代わりに、言った通り考えることにした。さっき聞いた大森寧々のことを。今まで考えていた大森寧々のこと、レッドテイルのこと、この前聞いたくだらないって思った掟のこと。邦枝葵のこと。
 神崎自身もレッドテイルのメンツとそう変わらない。やはり邦の字は邦枝葵が身体を張っているのだと。だが、邦枝はレッドテイルを抜けてしまった。そう感じさせない雰囲気がクラスにはあったが、やはり新総長である大森寧々はそう強い存在ではない。そう神崎自身も感じていた。まだ総長になって間もない彼女はしょうがないのか、それとも最初からアタマをはるのは重いのか。それは神崎には解らないけれど、彼女は目に映るたびに無理をしているように映った。
 それが事実なのか、虚実なのか。それを知るためには共通意識が必要だった。しかし、共通意識を持つことはできない。だから無理だった。事実を知ることより神崎自身が感じたことを信じる。それが神崎の真実になった。それは仕方がないことだ。

 傍らの仲間二人は黙ったままそこにいた。神崎がどう考え、感じているのか解っているように、目が合えば微笑みを返す。二人の会話は他愛ないものだろう。城山と夏目、二人は仲間であるはずなのに不可思議な程に共通点というものがなかった。それでも会話が成り立つのは神崎と共にあるからだろう。ヨーグルッチを飲みながら夏目の話を聞いている城山。どこか安心する光景。
「お前ら。やっぱ勘違いしてんだろ」
 わざと神崎は睨みつけてやる。けれど、どちらも慣れたものでそれに動じる素振りも見せない。何より、そのガンつけが本気のものなのか、それともフザけたものなのか、彼らにはすぐ解るのだ。だから今の神崎のガンつけが怖いわけがない。
「「何を」、ですか」
 二人の声がハモった。でも途中まで、というのが二人らしい。相性がいいような悪いような。思わず神崎も笑ってしまう。ちゃんとヨーグルッチは口から離れている。これが咥えたままだったら吹き出して勿体ないことになるところだった。外だけに大ごとにはならずに済むだろうけれど。
 未だに勘違いしているであろう神崎の両腕に言って、解らせてやらなきゃなるまい。フン、と小さく鼻を鳴らしながら立ち上がった。強い風が体育館の裏をもザァ、と音を立てて吹きすさんでいく。
「惚れた腫れた、なんて話なんかじゃねえんだよ、ってえの。」



 この思いは、恋とかそんな思いなんかじゃないんだってこと。



11.06.28
神崎と寧々シリーズ7

認めるはずが、認めない神崎になってしまいました……
どうしてこうなったのか全くわかりまっせん(笑)ただ、神崎がすぐにホレタハレタの話にいくような男だと思わないだけです。

もうね、季節をいくつか越えないとこの男はレンアイをレンアイと認めないような、ひとめぼれを全く信じない男にしか感じられません。ちなみにひとめぼれは米ではありません。そして、ひとめぼれという行為は人間のエラーのようなものと養老先生が言ってます。
とりあえず、この決着をつけないと…
ちょっとどう決着をつけるか、は考え中の為、考え込みたいと思うので更新遅れるかと。

クロエ

2011/06/28 18:30:45