忠誠以上のなにかにはならない


「ヨーグルッチ買ってこいよ」
 夏目にジャラ銭投げて行かせる。ゲーセンでメダルゲームを続けて、夏目の帰りを待つ。ジャラジャラと耳に五月蝿い音は鳴り止まない。この音も聞き慣れてしまえば聞き心地のいい高い音だと思う。学校に行くのは面倒だったし、授業中にヨーグルッチを食べるのは少し面倒だったので、今日も朝からゲーセンにいた。
 いや、違う。最初は登校しようと思った。でも、登校途中、ダラダラ歩いている時にレッドテイルの連中が登校する姿を見たから、何となく敬遠してしまった、というのが今ここにいる理由である。


「神崎さん。単位もあるから……何時間かは授業行った方が、」
 城山がメダルを箱に入れながら助言する。神崎だって分かっている。元々サボリ癖がある神崎は出席という名の単位をギリギリの線でクリアして3年に上がっていた。もちろんそれは学年が上がっても変わらない程度に昇華していたのだが、最近また学校へ行かない時間が増えていたため、城山が心配して声をかけたのである。城山自身も兄弟が多い関係もあるのだし、留年するわけにも行かない立場なのだ。口添えするのは当然なのかもしれない。
「あ? てめぇが言うコトかよ}
 理由が正しいだけに、神崎は頭に血が上っていた。自分自身でも分かっているのだが、感情の高ぶりを止めることができずに、城山の胸ぐらを遠慮なく掴んだ。どうして人ってやつは、正しいことを言われると頭にくるんだろう。
「神崎君。ヨーグルッチ」と冷めた声が聞こえて、頭が冷えた気がした。神崎は投げられたヨーグルッチを無言で受け取り、備え付けのストローを剥いて穴に差し込みすぐに飲み始める。ヨーグルッチは何よりの癒しと清涼剤であることは間違いない。ヨーグルッチを飲みながら、買ってきた夏目の顔を見ていつもの冷静さを取り戻す。こういう時には本当に有難い存在だと思う。

 冷えた頭で、ゲーセンのメダルゲームの席に座っている自分のことを考える。考えてしまう。
 さっき、レッドテイルの連中の白い特攻服姿を見て踵を返した。あいつらと同じ教室なのが嫌だと思った。数日前からそんな理由で聖石矢魔の校舎を跨ぐのを躊躇っている。我ながら馬鹿らしいと思う。自分の方が年上なのだ。レッドテイルとか何とか言われているが、学年では自分の方が上だった。確かに三代目の邦枝葵はやりづらい相手だったが、四代目はまだまだ名を馳せているとは言えない状況だ。総長に任命されたばかりだというのもある。大森寧々。生意気そうな顔が記憶の中をチラつく。目障りなクソアマだと思う。思わず舌打ちが洩れた。
 じゃらじゃらじゃらじゃら……
「うわぉ、神崎君、バリバリ出ちゃってんじゃん!」
 台から溢れんばかりに当たりのメダルをドル箱に流すように入れ込む。この作業は手慣れたもので夏目の役目だった。いつの間にか当たっていたらしいが、頭の中はボーっとしていた。こんな日々がここ数日続いていたように思う。そういえばメダルゲームでここしばらく負けていない。気付いてみればそんな日々だった。くだらねえ学校に行かないことでいいこともあるものだ。
 箱を積み上げながら夏目が笑う。隣に高く積み上がるメダルの山があるというのはひどく気分のいいものだった。

「神崎君、気付いてる? 神崎君にはもしかしたら、女神サマがくっついたのかもね」
 時々、夏目はよく分からないことを言う。しかしこの男は不思議と本質を知っているのだ。見抜いているのだ。
 本当は神崎自身も知っていた。この男よりも自分は実力は下だと。でも、この男がナンバー2として座っているのは、余興なんだということ。それでも自分の傍から離れようとしない、その理由はやはり分からない。城山もきっと分からないだろう。このクールな男の本心というヤツを。そんなヤツでも憎むには足りなくて、100%信じるには浅はかな気がする。不思議な男である。
 そんな夏目の言葉をぽかんと聞いていた。意味を知りたくて。しばらく時が止まったように夏目は笑ったまま神崎の目を見つめていた。射抜かれるような視線。だが、不快感はない。慣れたからかもしれない。
「神崎君が当たる時って、心ここに非ず、って時なんだよ。女神のことでも考えてたぁ?」
 何を言っているんだこの男は。やはり真意を計れるような言葉ではない。女神、そんなものこの世にいないこと、ガキの頃からよく知っていた。ヤクザの親分を務める親の生きざまを見て生きてきた。こんなふうになろうと思ったことはない。ガチガチに固められた不自由な世界にしか見えなかったから。自由を求めるべきだと思って好き勝手やってる。もちろん親の七光りだって分かってる。暴力とか血とか、そんな世界にいるのだ。親の跡を継ぐとか、決められたレールを行きたくないと思っている。反面、そうせざるをえないんじゃないかという諦めもある。そんな世界に女神はいない。

 ふ、と気付く。女神は言葉どおりの意味なんかじゃないんだってこと。
 隣の夏目はにやにやとからかうように笑っている。城山は積んだメダル箱を3箱程度残してせっせとカードにチャージしている。
 この数日すべてがそうだったか分からない。ただ、今さっき大森寧々のことを考えていた。…当たった。神崎自身の心なんてメダルゲームにはなくて、ただの時間潰しだということは誰の目にも明らかだ。
 夏目の言葉の意味はまだ分からない。だが、当たりのランプがピカピカと目をうつのをやめたから立ち上がる。
「城山。全部チャージしとけ。…今から行くぞ」
 どこに? 城山の目がそれを神崎に訴えていた。決まってんだろ!
「ガッコ、だよ。
 あ、ヨーグルッチ買ってからな」



***



 学校の近くの自販機でヨーグルッチを買う。ガコン、と耳に心地いい音が神崎に笑みを取り戻させる。
「もう一個、買ったら?」
「はあ?」
「大森に。」
 夏目に向けて放たれたパンチは軽く受け流された。夏目の笑いはしばらく治まらなかった。もちろん大森寧々の分のヨーグルッチなんて、買ってやるわけがない。ヨーグルッチは神崎一の大好物中の大好物なのだから。
 気持ちを落ち着けるためにヨーグルッチを飲みながら、笑っている夏目を横目に睨み付ける。この男は何が言いたいのだ。単純にからかいたいのだろうか。何と言うか、…腹立つ。そういう所も含めて夏目らしいと言えばそれまでなのだが。
「そんな風にしたって駄目だって。認めちゃえばいいのに」
 やっぱり夏目の言う意味が理解できない。何を認めるというのか。何を認めていないというのか。
「そんなウブな神崎君も、俺は嫌いじゃないけど。面白いし」
 髪を掻き上げる仕草が夏目らしい。それを見る度に「切ればいいんじゃね?」と思うのは内緒だ。ロン毛は夏目のトレードマークだけに。
 その仕草を見ているとふっと上から翳りが射す。見上げると城山が目の前に立っていた。元より真面目な、否、真面目すぎる性根を象ったかのような表情で神崎を見据えている。この男は夏目とは真逆な意味で考えが読めない男である。その男が深々とお辞儀をした。
「神崎さん。俺は……神崎さんが認めた人なら、構いません!」


 神崎は、理解した。結局は好きとか嫌いとかくだらない思いなのかもしれないけれど、それが何より意味があるんだってこと。それで誰が見ても分かるくらいに神崎自身が揺らいでいるのだということ。
 結局、この世界は好きとか嫌いで物事の進みというものが変わってしまうくらいに重要だっていうこと。自分以外の他人の目にも明らかなもので、もちろんそればっかりじゃ理性とか何とか、何もない馬鹿者になってしまうというくらい分かっている。けれど、好き嫌いは人には必要なもので。活力につながるんだってこと。反対の意味でも進むんだってこと。
 ことあるごとに彼女のことを思い出していた。脳裏に焼きついて離れてくれない。それが相手が望んだことでなくても、自分自身望んだつもりなんてないことなのに認めてしまえばそれ以外に思えなくて、理由なんて思い当たる節はないけれどいつの間にか惹かれていたのかもしれないな、なんて…。好きじゃなくても、嫌いではないんだって解る。解ってしまう。それでも―――
「勘違い、してんじゃねーよ」
 カラ箱を夏目に投げ付けた。…つもりがヤツはしっかりキャッチしていたけれど、夏目に向けてヨーグルッチ投げ付けることができただけで、とりあえず気は済んだ。だから立ち上がる。
 好きとか嫌いとか、やっぱりくだらねえ。そんなことで学校に行くとか行かないとか、それほど神崎一が弱いわけがない。この二人が言っているみたいに一人の女なんかにどうこうできる問題なんかじゃないんだってこと、解らせてやるべきだ、と思った。



 神崎一がそこらのクソアマ一人ごときに、どうこうできる男じゃねえってことをな。


11.06.22
神崎と寧々シリーズ4

神崎が寧々に対する思いを理解する回だったはずなのに、まだそこまで行かないで終わってしまいました…!
俺もびっくりしたとです(昨日、ヒロシの新刊を買ったせいだろうな…)。
認めない神崎のカワイさを増幅させる回になってしまいました。しゃ〜ね〜〜な。
そしてテーマ曲はシャムの初期とかB面だったりします。どうにも神崎はシャムのイメージである。

どうあっても神崎という男はバカに熱い男なので、どんなに女に惚れても仲間を見捨てたりしないだろうし(城山に対する仕打ちは別とする)、惚れた女も守り抜く…という感じはしますね。ちなみにウチの神崎は童貞です(笑)遊んでることもないです。もちろん掘られたこともありません。風営法はばっちり守っています(笑)。
ちなみに、姫川は童貞ではありません。しかし、アルイミ素人童貞です。金を払ってヤらせてもらっていますから。別にそれを否定するわけではありません。
風俗は必要なので無くならない業界なのだと思っています。

クロエ

2011/06/22 18:34:47