涙はおあずけ


※ もう一度しっかり邦枝が聞きたいと男鹿に言ったとかそんな感じで。


 男鹿の部屋に古市と男鹿と邦枝と、もちろんベル坊も一緒に座って溜息混じりに話をする。
「悪魔を見てたから分かったと思うけど…」
 邦枝は巻き込まれた形になったわけで、男鹿は全くベル坊やヒルダのことを説明するのを面倒くさがるから、面倒になる前に男鹿が古市を召喚した、というわけである。全く人のことを何だと思っているのか、と古市は昔の腐れ縁ながらイラつく。
 反面、大人しく座る邦枝が制服のスカートから覗かせる足が白く、余計な肉が付いておらずキレイに映り、こんな役回りも悪くないのではないか、と古市は内心ほくそ笑む。足を崩すのは最初は躊躇していたらしい。しかし男鹿は全く気の利かない男で、邦枝の所に座布団やソファの一つも与えてあげないから、逆にラッキーショットになったということ。
 男鹿は「ジュース持ってくる」と階下から聞こえた声に呼ばれて部屋を出て行った。だからこの部屋は今、古市の邦枝の二人きりである。
「あの、邦枝先輩」
 現在同じクラスとは言えど、邦枝葵は2年。そして男鹿や古市は1年。先輩と呼ぶのが正しいと思いずっとそう呼んでいる。まぁあまり呼ぶ機会もないのだが。
 そういった機会がないことはいい、しかし、どう見てもこの邦枝葵は男鹿に惚れているらしい! というか誰が見ても絶対ホの字である。間違いない。レッドテイルの連中も言っているし、ちょっとした仕草からも古市も分かる。ただ、当の男鹿はケンカやゲームしか興味がないので全く分かっていない。つまり、アイツは宇宙人にも等しいわけで、それなのにどうして男鹿なのか! もはや罰ゲームなのではないかと思う程に理不尽な現実。だからこそ、今ここで聞いてやろうと思った。思わず前のめりになる。
「どうして、男鹿…なんですかっ?」
 その言葉の意味はすぐに理解できたらしい。邦枝はかっと顔を赤くして動きを止めた。
 少しすると、恥ずかしそうにそっぽを向いた。マズかったかもしれない。けれども、彼女の態度はそれを肯定している。苦しい言葉が古市の耳に届いたけれど、それがどれだけ後付けなのか、意味がないのか、誰が聞いても明らかだった。どもった声は同様のために激しく震えているし、違うという言葉を吐くばかりで特に意味もない羅列。

 とんとん、と階段を上る音が聞こえ、すぐに男鹿がによっと顔を出す。時が止まったままで、かつ、異様な態度の邦枝と、それに一歩近付いた古市。そのまま男鹿が盆ごと丸テーブルの上にジュースを置く。部屋の中の雰囲気が変わったことは全く気付いていないらしい。
「終わったか?」
 当たり前のように男鹿が古市に聞く。話は早く終わらせろ、という意味である。全くこの男と来たら昔から必要最低限の単語で聞くものだから理解に苦しむだろう。普通の人ならば。古市は腐れ縁でずっと一緒にいるせいか理解力は凄まじいものがあるにしても、普通の人には理解できない言葉たちがきっとたくさんあるはずだ。
「呼ばれたって、説明しようがないって。見たまま、異常だから」
「……」
「俺、帰るわ」
 不機嫌そうな男鹿の睨み付ける目を無視しながら古市は、出されたジュースを一気飲みした。
 男鹿は不機嫌をそのままに見送ることもしない。古市が部屋を出ていけば邦枝と男鹿は部屋で二人きり、ぽつんと残された。
「何だアイツ」
「いいわよ、別に。それより……聞かせて。ベルちゃんや、悪魔のこと」



 古市が残して行ったもの。
 それは、男鹿の部屋の本棚から取った、古市が貸したエロ本。古市がいた近くに置いておいた。これを見て邦枝が男鹿をゲンメツすればいい。そう思って置いて帰ったのだった。だからこそ二人きりにしてやったのだ。嫌われてビンタでも喰らえばいい。そう思った。古市は帰り道、笑った。



 結果。
 置かれたエロ本は誰の目にも触れることはなかった。


 なんと、まぬけな話。



11.06.18
曲は森山のフォーク系の曲らです(笑)

古市はモテないのでムカついてやったけど、何の意味もない。って話。
虚しい……

title:joy

2011/06/20 20:32:15