彼女等の絶望はいつだって欲望と同義だ


 あの時の大森寧々の瞳が忘れられなくて、特攻服を着た寧々の襟倉を掴んでニヤ、とわざとらしく笑ってやる。
 いつものようにチェーンを用意する間もない状況に、女としての体力の限界を感じたみたいに諦めたように目を伏せる。いつものような強気な視線は今は見られない。負けを認めた目をしている。こちらを見ようとしない。
「こっち、見ろよ……」
 神崎は容赦しようとしなかった。傍らで夏目が「ふぅん」と鼻を鳴らした。夏目が思うに、神崎は女子供に必要以上の暴力をふるうことはなかった。姫川は金の力にものを言わせてやりたい放題の所があったが、やはり神崎は『石矢魔最強』のレッテルを貼って歩いているだけあって、汚い手を使うような男ではなかった。そう思っていたので、今の状況は珍しい、と感じる。


 神崎はひょんなことからレッドテイルの掟というものを知ってしまった。
 花澤由加が大声で話していたのを、放課後にヨーグルッチを買い溜めして戻った時にたまたま聞いてしまったのだった。それは由加が悪いわけでも、寧々が悪いわけでも、聞いてしまった神崎が悪いわけでも何でもない。悪いのはくだらない掟を作った初代ではないだろうか、と感じる。何故ならその掟の内容は、
『男 作るべからず』。



 馬鹿としか言いようがない、くだらない掟に振り回されている女ども。そうとしか神崎には思えなかった。
 誰が見ても明らかな程に邦枝は男鹿に惚れている様子だった。ああ、だからやめたのか、と半ばあきれながら理解した。けれども、そのくだらない掟については今でも理解できそうにない。
「大森。聞いたぜ、この前隠したつまんねー‘掟’」
 言った途端に寧々の目が生き返ったように輝きを取り戻して、手を離したチェーンではなくて力を振り絞った突きを、神崎のアゴ先に向けて放ってくる。そんなことは予測していないことではない。だから軽く神崎は最小限の動きでそれを避ける。その動きに思わず寧々の喉は唾を飲み込んだ、ごくり、という低い音を立ててしまう。何だか気まずい………。


 神崎は思う。
 惚れた腫れたでそんなに変わることが、あまりに情けないのではないか、と。それ自体がえこひいきのカタマリみたいなものであって、ひどく馬鹿馬鹿しいものなんじゃないか、ってこと。きっとみんな分かっていて無視して見ない振りしてることなんだろうってこと。
 つまり、えこひいきだというのならば、それに何を躊躇することがあるのだろう? ということである。
 ひいき=感情
という計算式(?)が成り立つなら、感情を否定することは神崎にはモチロンできない相談である。しかしレッドテイルはそれを殺せと言っている。確かに人情として理解できるが、しかし前述の公式に当てはめるのであれば、惚れたとかナントカいうものを「ひいき」と仮定して、そしてそれを=好き と結論付けてしまえば、目の前の女が何を言おうが馬鹿馬鹿しいことに過ぎない、と思った。
 だって、どんなに妥協したとしても結局男と女は子供を作って、自分の遺伝子を伝えてずっと続いていく……そんな歴史を何十億年も続けている。そんな事実が本当かどうか、なんて生きている誰もが知りはしないけれど、歴史の教科書に載ってる『現在の現実』であることに他ならない。
 ビンタの形を作った寧々の手は神崎の頬を確かに狙ってきたけれど、神崎はいつもより若干にぶいと思われた手の速さに対して容赦なく、己へと危害加える前に半ば反射的に振り下ろされる手を取った。
「大森。例えばおめぇに惚れた野郎がいるとして。………おめぇは、レッドテイル、やめる気はねぇのかよ?」



 馬鹿馬鹿しい。
 寧々は溜息にも似た諦めの息を吐いた。まず最初に、寧々が姐さん以外の誰かに惚れることなど有り得ない。そして、掟が馬鹿だという言葉はあまりに冒涜しすぎていて、しばらくその意味に気付かなかった程のことである。
 この思いを持っている以上、相手の問いかけは愚問以外の何物でもない。本当に馬鹿馬鹿しい。話すだけムダだと思い、掴まれた手を引っ込める。……思っていた以上に神崎の手を握っている力が強くて、そのままの恰好で静止する。
「離、…ッ…」
「つーことはアレか。邦枝は……男鹿とデキてんのか?! え、でも待てよ…男鹿ヨメがいるじゃねーか」
 いつの話だよ、という話題をブツブツと思いだしているらしい。やはり神崎は頭が悪い。再び早く離せ、と手を引こうとする。
 力はいくらか抜けていたらしいが、それでも寧々が手を引っ込めるには強い。…と、そのままバランスを崩して神崎が前のめりに倒れる。つまり、一緒に寧々も倒れる。寧々の引っ込めた手の方向に二人が同時に倒れていく。

「いっ……つつ、いって〜〜〜」
 身体を支えるために膝を打ったらしい。膝を撫でてやろうと思い近くにある寧々の顔、と胸。でかい。が、見えた。何故か手は握ったまま。だから倒れたのか、としか言いようがない。そのまま神崎が手を引く。
「大丈夫かよ」
 起こそうとすると寧々が痛みに顔を顰める。それはそうだろう、神崎が体重はかけていないとしても馬乗りになっている状態なのだから、寧々はしたたかに背中やら頭やらを床に打ちつけたということになる。起きあがるのも辛そうだ。ならば、
「寝てんのは別に止めね―けどよ。教室の床なんて汚ぇし、虫とかウジャウジャいるんだぜ? この間ムカデとイモムシ見たけど、そういう床で寝てんのはどうかってな。どうせ寝るんなら保健室とかのほうがいいんじゃねーか」
 握っていた手を離しながら一気に‘魔法の言葉’を言ってやると、すぐに効果は現れた。寧々はさっきまで痛そうに顔を顰めていたクセに、痛みを忘れて飛び上がって虫の名前を叫びながら目の前のものにしがみつく。神崎の身体に柔らかい感触が広がった。
「ん?」


「神崎くん!!? ちょっと教室でラブコメはやばいんじゃなーい?」
「寧々さんっ! 掟、忘れたんっすか」
 夏目と涼子の声。それからどぉっとどよめく教室の様子。言っている意味が分からない。
 と、はたと気付くと神崎から柔らかな感触は消えていて、目の前に鬼の形相をした寧々がいた。その瞬間、
「がぼはべらあああああぁぁぁぁぁぁ」
 もはや言葉にならぬ声を上げながら、その場に倒れ込んだ神崎。何故なら寧々が鬼の形相になった途端、怒りと慌てと恥じらいに任せて神崎に向けて金蹴りを放ったためである。しばらく神崎は再起不能だろう。
 真っ赤な顔をしながら慌てて寧々が仲間らに言い訳をしながら教室を出ていく。爽やかな夏目の笑い声が耳障りで仕方ない。
「神崎くんといると、退屈しねーわ」
「く、く、クソアマ……」


2011.06.18
神崎と寧々シリーズ2

song of 初期シャムシェイドW(神崎合う


夏目のストイックさというか、際立って良かったです。
シメが金蹴りっていうのも、何だか神崎らしいというか何と言うか。別にマンガでもいいんじゃないかって内容だけど。

虫がダメな寧々とか、まったく色気のない神崎とか、煽りが上手い夏目とか書けて愉しかった!(寧々の虫ギライは捏造だけど、機械オンチな彼女を見てると、そういう女性らしさってのがありそうな気がしてなりません)
べるぜはキャラが立ってていいですね。お陰で悪魔たちは覚えてらんないけど(笑)


色気があるのは姫川と古市と葵だけなんすよ。もうコミックナナメ読みして調べましたから!
で、クラスはすぐにケンカと恋愛ネタでどよめく…(小中学校レベル)という。
東条、男鹿、神崎はケンカばっか。もう色気のイの字もないという。

あとは神崎と夏目とか、城山とか
男鹿対東条とか、男鹿と葵とか、由加と神崎とか、三木と男鹿とか、古市と男鹿とか
色々書きたいのはあるな―……

あ、この神崎と寧々、
もう少し続きます。

title/guilty

2011/06/20 20:26:11