何を考えていますか




 異界。

 最初に訪れたそこで持った感想は、
がらんどう
 というぽっかりと穴の空いた空間のようなその言葉だった。

 広く大きな場所で、拓けているはずなのに、ひどく狭く感じられる。淀んだ空気を吸えば、ああ、ここもスピラ全体から隔離された場所であって、それでも奥深い底で繋がっている場所なんだ、と奇妙にも納得できる。
 地鳴りのような、呻きの様な悲しい響きが周囲から伝っている。数人の人が思い思いの場所で突っ立って、洞の中の空を眺めている。そういえば、ここはグアドサラムの地下ではなかったか? そこまで深く潜った訳でもないのに、ひどく高い場所にあるようで、逆に低い場所にあるような。やはり、隔離された世界なのだ。
「ジェクト」
 静かなブラスカの声がジェクトを呼ぶ。彼の頭上には金髪美女。短く「妻だ」と紹介する。
 異界。
 死人に逢うため、生きる者の遺恨を消すためにある場所、なのか? 等とスピラの民に聞くのは野暮ってモンだろう。
 亡くした者を悼むのは良い。しかし、それに縋ってしまうから、本当はこんな所に来たくないのだ。嫌だ嫌だ、と思いながらアーロンも頭上にも亡くした思いが浮かび上がってしまう。無骨な男ら数人。無口なこの男の関係者とあれば、口にせずとも解る。前職・僧兵時代の同僚だろう。きっと打倒『シン』戦で辛くも命を落としてしまったのだろう。だが、それを口にも顔にもしたくなさそうなアーロンの姿は気にしない事にして、ジェクトは再びブラスカの妻に眼を戻す。
「美人じゃねえーか。ユウナちゃんに似てら。」
「それはそうだろう、私が駆け落ちしてまで奪った相手なんだから」
「う、嘘ぉ?!」
 ずざっ、と飛び退る素早いブリッツのエースは、いつも見ている穏やかな大召喚士様の意外な告白に大袈裟に反応して見せた。
 異界は楽しかった記憶を呼び戻すと共に、辛かった過去をも蘇らせる哀しい場所。そんな場所に「はははは」と朗らかなブラスカの笑い声が木霊した。「割と、有名な話さ。…なぁ、アーロン?」
 あまり触れたくないブラスカの過去。だからこそ大召喚士になる前こそ、スピラの民からはバイキンのように、アルベド族からは石を投げつけられていたのではないか。そう思っていたのに、あっけらかんと己の過去を曝け出すブラスカの姿に言葉を絶句する。
 アーロンは何も語らなかった。だが、眼を見開いたその表情で思い等伝わってしまうのだ。ブラスカの言葉に冗談はない、と。ジェクトは頭をその場にしゃがみ込んで笑った。
「……〜〜〜っ、マジ、ッスか…」
 ジェクトが堪え切れず大声張り上げて笑う前にブラスカら一行は、異界から退散しグアドサラムのホテルに転がり込む。


「ジェクト、場所を考えて大声出せ」
「ひぃっひひひはは、だ、ってよ…、ダイショーカンシさまのブラスカサマサマがよ、ンな大人しそうなツラして‘駆け落ち’ってなァ!スゲー、」
「…そんなに、おかしいかな?」
「似合わねーって。」
 ゲラゲラと一通り笑って転げ回ってから、もはや笑いすぎて腹筋も限界なのか苦しそうな喘ぎを押さえ腹を撫でているジェクト。全く不謹慎な男だ、とアーロンは思う。しかしブラスカはそんな彼を同行させた。その方が気楽だった、そんな素振りさせ見せて。涼しい顔をして何を考えているのか全く読めない人である。
 笑い過ぎて疲れたジェクトは少しの間放心したようにソファに横たわっていた。ふ〜、と大きく息を吐いてから向かい側のソファに腰を下ろしているブラスカを見遣る。
「大、恋愛したんだな。」どうしてか、その声は低い。
「…羨ましいわ」目を細めて、眩しそうに見たまま。
 あんたは違うのか? とアーロンは思った。だが、ジェクトの表情はひどく切なげで、声を掛けるのも躊躇われた。
「オレの駆け落ち相手は、『海』ぐれぇのモンだわな」
 ジェクトの言葉の中に、『シン』を感じ取る。ブラスカは妻の死因を口にしていない。ブラスカの口にしていない事をアーロンもまた無断で口にする事もない。それでもジェクトは感じ取ったのだろう。その命を落とした原因が『シン』であった事を。
 その海で繋がった場所。『シン』が繋げたジェクトのザナルカンドと、召喚士たちの向かうザナルカンド。
「海は一緒だ。‘太陽’も変わらねえ」
 その言葉の意味はまだ、アーロンにもブラスカにも解らない。単に「世界は繋がっている。帰る事を諦めていない」のだとそう自分自身に言い聞かせているだけなのだと感じた。
「けど。手は、届かねえんだな…」
 ジェクトは意味ありげに呻いたかと思えば、すぐに寝たまま腹筋の力と足のバネで飛び上がるように起き上がった。とん、と小気味よい音を立ててガニ股で屈んでその顔は睨み付けるようにブラスカの真ん前にあり、そこでニカッと笑った。
「オメーはいい男だぜ。来世、もしオレが女でオメーが男だったら……駆け落ち、しようや」
 急に意味不明のプロポーズ。否、むしろそれはからかいのような言葉だったのか? くるりと背を向けて個室に向かうジェクトの焼けた背中を見ながらアーロンは茫然とした。ブラスカの呟きが嵐の去った部屋の中にそっと届く。

「それは、壮大な冒険だなぁ。」

 どちらのノリにもついていけそうにない。スローテンポと16ビートの狭間で、アーロンは盛大な溜息を抑える事ができなかった。



初異界へGO

ジェクトのセリフに言葉遊びを入れ過ぎです(笑)
深読みしてしまえば、ジェクトはもう帰れないことが解ってたんじゃないか、って
それをジェクトの言葉の端々からブラスカも分かっちゃいました、みたいな感じで。

そう考えると、最後のブラスカの言葉がどういう意味なのか変わって来るような…

でもアーロンは蚊帳の外です。11.05.23


2011/05/23 00:25:37