二人のリュウ



 一人、男が立っていた。名はリュウ。
「ここが犯罪シンジゲート・シャドルー……か」
 また闘うべきサガットがいる。ライバルのケンをマインドコントロールという汚い手段で地の底に押しやったベガという悪い奴もいる。そしてそのベガは、自分の求めている「俺より強い奴」かも知れない、ということ。それにここまで来て引く事など出来る訳もなかった。リュウは口の奥で呟いた。
「ケン、サガット………ベガ………」と。
 その時どこからともなく低く太い自信のありそうな感じのする声がこだました。
「リュウか? 私がベガだ。よくぞここまで来た。…と言いたい所だが予定より遅かったぞ。貴様はそんなものか。このベガ様を失望させるな」
ひどく落ち着いた様子でもあった。小馬鹿にするかのように鼻で笑っている。
「私の基地へようこそ。ゆっくりと私の所まで辿り着いて来てくれたまえ。数々の困難を乗り越えながらな。楽しみにしているぞ。貴様の姿は、モニターを通してしか見たことがないからな」
「もちろんだ。ノックはしないけど不法侵入にはしないでくれよ」
 リュウはシャドルーのゲートをくぐった。そして地獄へと続く扉をたじろぎもせず開け、足を踏み入れた。当然このリュウの行動はモニターを通してベガへと送られている。音声は聞こえないが。その時、ベガは笑った。
「そちら側は罠だ。私の部下たちがたくさん待ち構えている。どう対処するのかは見どころだな。いい余興になりそうだ」
 その廊下の扉からは待ってましたとばかりにベガの部下たちが飛び出してくる。リュウは一人一人を確実に倒していくが、出てくる数に限りはない。一人倒す間に五人、十人と増えているのである。これではいくらなんでも歯が立ちそうにない。リュウは説得をしようと試みた。
「君達がベガに何を言われたかは分からないけど、俺は君達と喧嘩をしに来た訳じゃない。ベガと今からの計画の事を話し合いに来たんだ」
…しかし部下たちは一向に動じない。ジリジリと滲み寄られ、リュウは後ずさりするしかなかった。そして彼の体が壁に密着するまでにそう長い時間は掛からなかった。もう逃げ場がないという程、追い詰められてしまったのだ。その様子をモニターで凝視していたベガはさも不愉快そうに、
「ふん、この程度の男か。私の所まで辿り着く事すら出来ん男が私に挑もうなどと片腹痛い事よ! 人を馬鹿にしているのか」
 その時だった。リュウの手にまばゆいばかりの光が集まっていた。ベガはそのまばゆいばかりの光…「気」のデータを急いで採った。その時のベガの表情は言葉では表わせない程の笑み。ただそれだけだ。
 手の中の「気」は一気に放たれた。それに当たった者は皆、倒れてからも痛みを訴えているかのように苦しんでいる様子が伺える。ベガはこの様子を見、何かが違うのではないかと感じた。そう、今の彼の動きはまだデータに無いシロモノなのだと一瞬で悟ったのだ。
 本来、彼が得意とする「波動拳」という技は、人体から発せられる「気」を掌に集約し、両腕を突き出して前方へ飛ばす、という技であるが、今のあのまばゆい気の光は何かが違う。そしてもう一つ彼の得意とする「真空波動拳」。これも波動拳と何ら原理は変わりないものだが集約させた気は波動拳のそれよりも遥かに大きい。また、気が内部で激しく対流しているため、周囲に衝撃波が発生しているので、その分破壊力も数倍に膨れ上がっているという訳なのだ。しかし今回彼が発した「気」には周囲に衝撃波があり、波動拳よりも遥かに気も大きかった。だがそれは真空波動拳ともまた違うものなのであった。
 その時の音でビックリしてか、近くの扉から大柄な男が顔を出した。M字の剃り込みを深く入れ、迫力だけで人を殺せそうな程の男がリュウの名を呼んだ。
「おいっ、リュウじゃねえか。なんでこんなボロボロになってんだよ。イジメか? 早くこっち来いよ」
何故、どうして? 見た事もない奴が俺の名を呼んだ。俺は知らないのに、と疑問を抱いたが闘争心は無い、ましてや自分の事で心配すらしてくれているような態度なので大柄M字男の方へと倒れ込むように走って行った。ベガの部下たちは呆気にとられたように見ていたが、やがて困ったように話し合いを始めたようだ。
 しかし当のベガは笑っていた。「そう来たか……」
 そしてベガは部下の博士を呼んだ。廊下以外映らないモニターを見ていても仕方がない。
「博士。調べてほしい事がある。『リュウ』も一緒に」

大柄M字男はリュウを見て、少し戸惑っている様子だった。
「なんか…おめ、リュウじゃねえみてえ。怖ぇぞ、顔」
「今まで生きてきて顔が怖いと言われた事は初めてだよ。そんなに怖いかなぁ?…ところでどうして俺の事を知っているんだ? 俺とお前は初めて会うってのに」
「え…? 初めて…?」大柄M字男は何が何だか分かっていないようだった。
「ジョークだろ? そういえばハチマキの色、変わったんだな。いつ変えたんだ? 昨日かどうか忘れたけど、白だったじゃんかよ」
え? 白のハチマキ? それはいつの話だったか、随分昔の事だろう。ケンと修行をしていた頃、師匠が生きていた頃…、そんな時にこんな人と会った覚えはこれっぽっちも無い。大体、こんな人に会っていれば忘れる事など出来るはずがない。こんなにインパクトのある額のM、どうやって忘れる事が出来るだろうか。
「でも、あいつらにボコされるなんて……ベガさんに言いつけてやりゃあいいじゃねえの。それとも『ボコボコごっこ』でもして遊んでたのか?」
 このM字男は明らかに、自分とは違う「リュウ」の事を指して言っている。そしてその「リュウ」はどうやらシャドルーの一員である事も、ほぼ間違いない。
「俺はお前の言っている『リュウ』ではないけど…なぜなら俺は、お前の事をこれっぽっちも知らない。名前すら分からない。…だから名前を教えてくれるか?」
「マイク・バイソンだ。おめ、リュウじゃねえのか?」
「あぁ、俺は『リュウ』じゃないリュウだ。…けどバイソン、お前とは仲良くやっていけそうだ。よろしくな! …と言ってゆっくりしたい所だけど、それよりその俺じゃない『リュウ』の事を教えてくれ。知ってる事は何でも全部、なっ?」
バイソンは考えているふうだった。だが、やがて話しだした。
「リュウはベガさんのソッキンとかいう奴で、かなりエライみたいなんだ。カクベツとかなんとか言ってたっけな。んで、リュウはベガさんにつくられたとかで、サイコパワーっていうベガさんと同じ力を使うらしいんだ。それで………ン?」
バイソンは何か思い出したようにリュウの顔を見ている。その表情には、何か切羽詰まったような感じが見受けられた。その上、かなり驚いているようだ。
「どうしたんだよ? バイソン」穏やかにリュウが声を掛ける。
「ころされる。その前ににげてくれよう…」
「? 何を突然…、俺が誰かに殺されるってのか? 大丈夫だ。俺は強い」
「ダメだ。ナッシュだってそう言ってころされた。あんたもナッシュみたいになるんだ。薬とか、実験とか、そういうのですげえ苦しくなってしぬんだ。ベガさんは鬼よりひでえから、しなねえわけねえ」
「ナッシュ?! 知っているのか?」
「しってるもなにも、ベガさんはナッシュをなにもわるくねえのにころした」
「……やっぱりそうか…」
 まさかここまでビンゴだったとは。ガイルや春麗たちが掴んだネタに嘘はなかったという事だ。思いもしない展開にリュウも、実は心底驚いていた。また、バイソンはシャドルーの一員にも関わらず、「殺す」「殺される」などの殺人行為を拒否している。それだけでなく彼は「かわいそう」と言っているのである。どうしてこんな人がシャドルーという犯罪組織に属しているのかは不思議でたまらない。じゃあ、サガットは…?
 何とも言い難い、息の詰まるような時間は一刻一刻と過ぎていく。

 その頃、ベガの前に博士と「リュウ」が現れた。
「面白いものが見れるぞ。奴はお前のモデルだ」
 モニターに映っているのはリュウだ。さっきの闘っている場面だ。
「ほお、これが例の『リュウ』ですな。殺すには惜しい男でしょう? でも、こちらのリュウも完璧なほどのパワーを持っているでしょう?」
「ふむ…だがな、これを見てみよ」
ベガは一時停止していたビデオテープを再生した。あの時の「謎の波動拳」の場面だ。画面のリュウは、まばゆい光をその掌に集約させて……放つ!
「こんなに大きなモノ、初めて見た…」リュウはぼそりと呟いた。リュウと博士はそれを見つめながら並大抵の気ではないという事を悟っていた。
「これはリュウにはインプットさせていない新しい、そして強力な波動じゃ。けれどもその確信はない。ベガ様、もう一度見せて下され」
そういうと、テープは巻き戻された。そして再生。
「…感電しとる」博士は静かに言ったが、驚きの色は隠し切れない。
「波動拳に雷の力でも加えたのか?そんな事ができるなんて……」
「博士。これを調べてリュウにインプットしろ。このテープは使い終わったら棄てて良い」
「ええ、もちろんですとも、ベガ様」博士はさも嬉しそうに笑っている。
「ありがとう。俺もこれでもっと強くなれるよ」リュウもにっこりと微笑み浮かべ嬉しそうだ。
 三人は不気味にも感じられる笑みを浮かべている。博士はすぐさまコンピュータをいじりだし、ベガとリュウはモニターを見つめていた。

「やっぱりベガは倒さなくちゃならない相手だ」
 バイソンの必死の説得も虚しく、リュウの辿り着いた答えはそれだった。
「死にたい訳じゃない。俺はただ単に純粋に強い奴と闘いたいと思っているだけなんだ。それに親友のケンを操ろうとした事も許せない。サガットにも会って闘いたい。それをめちゃくちゃにしてるのがベガだって事だ」
 そう言って彼は、バイソンの部屋から出ていく。バイソンは心配そうに彼の背を見送った。廊下の辺りにはベガの部下たちはもう、いなかった。しかし一人……、
「バルログだ。お前をベガの所まで案内するよう言われている。しかし、ただじゃ連れては行けんがな。私を倒せれば、の話だが」
 突然、爪での攻撃。急所こそ外したものの、白い胴着が紅く染まる程の切れ味だった。爪の攻撃という事は、防いでいるだけでは生身の人間がそう長く保つ訳はない。こればかりは一発逆転を狙うしかないようだ。しかし、素早い攻撃と身のこなしのせいでいまいちやりづらい相手だ。その上、リーチもあるのでカウンターはほぼ無効にされてしまうと考えるのが妥当であろう。このままではやられっぱなしで、爪の攻撃に耐えられなくなった時、メッタ刺し…それで終わってしまう。一瞬のスキを突くしか道はないのだ。しかしそのソツない攻撃………
 いや、ある! うまく行かなきゃ痛い目を見るが、それは仕方がない。これしかない、そんな道が。そう、昇龍拳の長い無敵時間を利用すれば不可能な事ではない。ぐ、腰の脇で今から突き上げんと握り拳をつくった。その次の瞬間、
「フン、やめだ」バルログが攻撃を止める。
「今、貴様は私に昇龍拳を当てようとしたな。無敵時間を利用して」
「…全て、お見通しって訳か。まぁ俺に似せたお人形さんを作るくらいだ、よっぽど俺の事調べたんだろうな、ベガも」
「フ…、それはどうでもいい事だ。ベガの所まで望み通り案内してやろう。だが、甘く見ているといつ殺されるか分からないな。アレは汚い手を使うからな」
 二人は長い廊下を歩いていく。一歩一歩が確実にベガの元へと近づいている。ループしているのではないかと思う程、長い長い道のり。不安の波が押し寄せてくる、この暗く重い空気と辺りの静けさ。物音といったらリュウとバルログが歩く足音のみ。人間とは弱くて強いもので、それだけで「自分は生きているんだ」という励みになる。支えになる。たったそれだけの事なのに。辺りの風がひんやりとしているという事が分かる。またバルログに切り裂かれた傷からの痛みがあり、深い所からは温かい血が滲んでいるのが分かる。そのお陰で自分の存在を保っていられる、とリュウは心の中で思い続けていた。
 ……もう、ベガは、近い。

「何ボーッと突っ立ってるんだ。ベガはここだ」
 バルログの言葉にハッとして見た眼前には、大きな扉があった。昔、何かのおとぎ話で聞いたような大袈裟な扉、もしかしたら何かのパンフレットか写真集か何かで見たような気もする。そうでなければTVゲームのRPGのラストボス直前の扉のイメージといったところか。思わず見上げて息をのんでしまう。その何ともおどろおどろしい雰囲気は耐えがたいものだった。
「ありがとう。最終ラウンドの扉は自分で開けるさ」
 雰囲気にのまれることなくリュウは笑いながらバルログに手を振った。そんなリュウを見てバルログは初めて、彼を強い男だ、と感じたのであった。さっきまではあんなに不安そうな顔をして、一言も口を利かずにあの長い廊下を歩いてきたクセに、目の前だと分かるとあの態度か。もちろんリュウの強がりという訳ではない事は当然バルログも分かっていた。リュウはリュウより「強い奴」に会える事を、ただ純粋にその事だけに対して心から喜んでいるのだ。
「馬鹿な奴だ。ただの格闘馬鹿というヤツ…」
バルログは呆れてぼそりと呟いた。だが、その声はリュウに届くはずもない。その大きな扉はバルログによって閉じられたのだから。その扉の向こうは、天使も悪魔も神も仏も何もない世界なのだ。ただ、あるのは力のみ。
 リュウはそんな世界に足を踏み入れ、果たしてベガに勝つ事ができるのだろうか?!





「よく来たな。バルログも手抜きをしたからな、来れて当然か? まぁ良い…」
 黒いシャドルーの制服をまとった男、ベガが一歩一歩リュウに近づいていくごとに傷が痛む程、ビシバシとベガの強い力を感じる。その隣にはさっきのバイソンの姿があった。いつの間に来たのだろうか、と思い声をかけようとすると、
「リュウ。貴様のおトモダチのバイソン君が、貴様の息の根を止めてくれるそうだぞ。バイソン君は優しいから一瞬で息の根を止めてくれるだろうよ」
 まさかのバイソンが、そんな事をする訳がないだろう。そう思いながら静かにバイソンのいる方へ振り向く。突然、拳が飛んでくる。
「お、おでは…リ、リュウを……こ、こ、こ、こ・ろす」
「え? どうして? 何? そんな突然…。冗談だろ?」
 リュウは何が何だか分からない。だが身の危険は察知できた。バイソンのお構いなしの拳がビュンビュンと飛んでくるからだ。闘うしかないのだろうか、と思った。マインドコントコールとやらをされている様子でもない。瞳はうつろではなくまともである。あえて言うならば、バイソンの瞳に宿った感情、それは悲しみである。一体、ベガはバイソンに対して何を拭きこんだかは分からないが、バイソンと闘いながら説得するしかないな、とそれだけは感じる事が出来た。
 しかし、その容赦ない攻撃に圧倒され、深く考えている時間などこれっぽっちもない。バイソンの猛ラッシュはすごい。こんなに重いパンチを素早く、そして何度も何度も当ててくるのだ。並みの重さでないパンチ、もしかしたら彼は元ボクサーだったのだろうか? と思ったが、全ての事に疎いリュウが彼の現役時代の事など知る由もない。
 リュウはバイソンの拳をうまくタイミング合わせ、ブロッキングで受け止め流しながら、優しく問いかける。
「どうしてこんな無意味な事をするんだ。お前はまだ俺の事を信じてないのかよ?! 俺はこんなちっぽけな基地の中でなんて死なない。死ねる訳ないだろ? 俺には待ってる仲間もいるし、強い奴にだって会ってないんだ。やりたい事がたくさんあるんだ。今死んだら、俺にはいっぱい悔いが残るよ」
「でも…ベガさんは……」ちろりと横目でベガの方を見る。
「それにおめが苦しんでしぬとこなんか見たくねえ。おめ、いいやつなのに、それなのに苦しんだらかわいそお。だからおで、おめころす。いたくないよーに、ころすから。苦しくねえよーにころすから、だいじょぶ」
 むちゃくちゃな理由だ。だがバイソンは良心からリュウを殺すつもりなのだと分かった。立場的には敵であるリュウを助けたがって心配してくれているのだ。
「優しい奴だな…。心配してくれるのは有難いけど、それなら一緒に倒してくれよ、ベガを」
「だ・め…。そうすっと、おでとおめがしぬ」
「よっぽど強いんだな。でも、倒さなきゃ助かる人も助けられない。バイソン、お前が来なくとも俺は行く。ここまで来て引くつもりなんてない。今までの苦労だって水の泡になってしまうだろ」
 リュウはベガに近づいていく。ゆっくりだが確実に。もう目指していた敵は目前なのだ。それなのにベガは挑発するように笑みを浮かべたままだ。
「ふん、甘いぞ小僧。もう二人程と闘ってもらおうか。根性だけでこのベガ様に勝とうなどと、愚か者めが。…ユーリ、ユーニ、奴の相手をしろ」
 ベガがパチンと指を鳴らすと、無表情の女性が二人現れた。
「これはユーリとユーニだ。綺麗だろう? お前のような美的感覚が皆無に等しい者に言っても理解できんだろうがな。これは私の最高傑作なのだ、お前も知っているキャミィとは姉妹関係に当たるか。こっちは成功作品だがな」
…またマインドコントロールか。キャミィがシャドルーの一員だったという噂が本当だったというのは意外だったが、まさかこんなに洗脳された者たちがいるとも思っていなかった。今、二対一の苦しい闘いが始まろうとしていた…。

「見て下さい、ベガ様。この男からこんなにたくさんのデータが取り出せましたよ。パンチ一つにしろ、長い年月を経て随分と成長しておりますからなぁ」
 博士とベガの二人は、リュウと洗脳二人との闘いを高みの見物である。全ての行動がデータ化されているなどと、リュウのようなアナログ人間に言っても通用しないだろうが。
「もうすぐ私の傑作『リュウ』の出番ですかな?」
「うむ、おそらくあれらではリュウには勝てぬ」
 もちろんベガの言葉通り、リュウが辛くも勝利を収めた。しかしこんなボロボロの状態で次の闘いなどと言っていられるものでもない。何より次に何が出てくるのかも分からない相手に闘いを挑み続ける事などまさに無謀であると言えよう。それは痛い程リュウ自身も理解していたが、それでももう勝つしかないのだ。それ以外に続く道はない。
「自分自身と闘え。それで勝つ事が出来たなら、私直々に相手をしてやろう」
 ベガの後ろに立つ男の影、それがどんどん近付いてきてやっと見えたその顔は、まさに「リュウ自身」だったが、その顔はリュウの幼い頃の顔だ。しかし体つきだけが妙に大人染みて見える。あの赤く染めた髪の毛など二十歳より前のものだ。という事は、体もそうなのかもしれない。だが顔は中学入学前後の顔つきなので、妙にアンバランスでおかしい。リュウからすれば、美的感覚がないのは目の前のベガ本人なのではないかと疑ってしまう。リュウにはベガの趣味をこれっぽっちも理解できるはずもない。
 それはさておき、両者共激しい攻防だった。しかしシャドルーのリュウは負けそうだった。やはり闘っている場数と修行時間の違いのせいか、キャリアを積み続けた本物のリュウには敵わないのか、とベガがそんな事を考え始めていた矢先、一発逆転・真空波動拳が本物のリュウの胸にまともに入った。リュウは吹き飛びながら倒れた。
 こんなものなのか…? サイコパワーとはこの程度のものなのだろうか? リュウは思っていたよりも弱かった真空波動拳を当てられて、初めてそう感じた。だからと言って、すぐに回復してしまえる程ヤワなモノでもない。そこからは完璧にシャドルー・リュウのペースだった。まさに逆転、といった所か。ベガは笑った。
「さすが私の傑作ですな。笑いが止まりませんわ」
 博士とベガは大いに満足そうであった。シャドルー・リュウは本物のリュウのガードを弾き、真昇龍拳を放っ…「?!……っ、うわっ!」
本物のリュウは真昇龍拳を最小限の動きでブロッキングで弾き、最大限の力で真昇龍拳をそっくりそのまま打ち返したのだった。結局、本物に偽物は敵わなかった。偽物は偽物らしく見るも無残な惨敗を喫した。
 倒れた偽リュウを放置し、リュウはバイソンの姿を探した。だが見当たらなかった。それより先に目の前のベガがいる。間違いなく「強い奴」だ。
「そんな状態でこのベガ様に勝とうなどと、片腹痛いわ!」
 ベガが吼えた。リュウは心の中で「そんな状態」にしたのはお前だろ、と一人ごちた。むしろ頭から怒鳴りつけてやりたい程頭にきていた。普通、勝負というものは一対一で、尚且つ己の肉体のみで闘うものだから面白いものなのだと。そして次の瞬間、リュウは脇腹に鋭い痛みを感じ声も無くその場に崩れ落ちた……。

 その時バイソンは扉の外で号泣状態であった。そこをバルログが通りかかり、不審な目を向けた。
「何を泣く?」
「リュウ、かわいそお。みてらんねえから出てきた。おで…、ひどいやつ」
「もう今頃は、洗脳も始まっているかも知れんな」
「せんの…?」
「洗脳だ。ナッシュの時のアレだ、馬鹿め」
 バルログはバイソンを馬鹿にして去った。バイソンの頭の中には今のバルログの言葉【せんのう】とナッシュの苦しんで死んでいく様が思い出されていた。苦しんで苦しんで、とうとう死んでしまった可哀相なナッシュ。あれがせんのう。せんのうをすると、だれでもベガさんのいうことをきくようになるというせんのう。やっぱりおでの手で苦しめずにころしてやればよかったんだと悔やむバイソン。今更悔やんでも遅いのは分かるが、悔やまずにはいられない。もう、他人が苦しんで死んでいく所なんて、見たくない。ベガさんはせんのうばかりしている。

「ふん、他愛ない。期待はずれだな。では博士、例の準備をしてくれ」
「はいはい、かしこまりました、ベガ様」
 リュウは微かな意識の中、二人の会話を聞いていた。体が重くて自分のものではないかのようである。指一本すらピクリとも動いてくれやなしない。
「この『リュウ』…どうします? 二人もいらないでしょう?」
「要らん。こちらのリュウは記憶と力だけデータ採り、あとは棄てろ」
 死ぬ……のか。俺は死ぬ…バイソンの言った通りになって終わりか。感覚はない。痛みもない。分かるのは、自分自身の血の温かみと鼓動だけだ。苦しみもなにもない。目の前は暗闇だ。もう何も見えない。自分の体がふわりと浮かんだ気がした。だが、朦朧とする意識の中、何が分かるであろう。俺はもうじき死ぬ。それしか分からない。
 …………………
 突然、頭が割れるように痛みだした。今の今まで、これっぽっちの痛みも感じていなかったのに…!!
 意識は痛みと共に、闇の中に溶け込んでいった………。



 リュウは目をカッと見開くと、自分を抱きかかえているベガの鼻っ面をここぞとばかりに殴りつけた。すごい力だったため、ベガは先程までとは反対に倒れる番だった。
「我は拳を極めし者…」
「貴様! 何を言っている?! 気でも違ったか」
 二人は身構えたが、勝負は一瞬だった。
 ベガはその場で崩れ落ちるように倒れた。リュウも力を使い果たしたのか、その場で倒れてしまった。
 その時、バイソンが室内に入って来たので、リュウはすぐさま病院へと運び込まれた。バイソンが電話をしている間に、倒れていたはずのベガの姿はいつの間にやら、その場から消えていた……………。





 それから数週間後。
「ベガを倒したんですって? すごいじゃない! …ま、捕まえられなかったのは残念だったけど」
 春麗は病院から抜け出して修行に精を出しているリュウという格闘馬鹿をうまくひっ捕まえ、ムリヤリ病院へ再入院させて縛りつけてからそう言った。表情は満面の笑みだ。
「俺は死んだ、と思った。自分が。でもどうして無意識のうちにベガを倒してしまったんだろう? 覚えてないから不思議でたまらないんだ」
 そう言った時、ガイルとケンが病室に入ってきた。
「もうすぐ退院だろ? パァーッとお祝いしてやるから楽しみにしてろよ。極上の肉、もう食えねえってほどたらふく食わせてやるぜ」
「肉? しかも極上? …いや〜楽しみだなーっ。よろしく」
 冗談染みた会話が弾んで、笑いが灯る。
「ねえ、本当に何も覚えてないの?」春麗が訊く。
「一つだけ…。だがそれに意味があるのかは分からない」
 誰ともなく、「それは?」と続きを促す。
「『天』…」

 彼は知らない。『殺意の波動』という恐ろしいものの事を、それを知る者はもうこの世にはいない。
 …とは一概には言い切れないが。少なくとも、今は、今だけは平和で…。ベガはどこかで生きているかも知れない。だが、それは誰も知らない。二人のリュウのうち、一人はどうなってしまったのか、知る者は、いない。



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1999.4 後書(一部抜粋)
 今回はUのリュウとZEROのリュウがあまりにも違いすぎる、それはどうしてだ? という疑問から始まったのであります。こんなに違うのはおかしい。ZEROリュウを見たとき、お前誰だ状態でしたから。…そのリュウをあえてシャドルーのオモチャ(?)としてこの小説を書いたのは、「いいリュウ」と「悪いリュウ」の区別を大きく分けたかったため。






2010.06.14
最近になって前に書いてた絵とかを整理していたら、混じってこの文章が出てきて、しかもコイツはワープロで打ち込んだやつだったもんで、イラッとしながらもとりあえず文章はへただけど、そんなに嫌いでもないので(というか、最近の同人小説ってカップルものばっかりでイタイから、こんなのもあっていいと思ったわけさ。)載せるためにデータ化することにしました。
正直しんどかったし、文章もひどいけど当時のものとほとんど変えてません。どう思いながら書いたとかっていうのは、その当時じゃないと分からないものなので、あまり変えると別物になっちゃいそうだし。誤字とか文章的にあまりにおかしい部分は直したりそのままだったり(笑)してます。
最近の絵で二人のリュウをイメージしたイラストなんかも書けたらな〜っとは思ってるんですけど、ちょっと今は時間ないんで無理ですねえ。
ちなみに、かなり古い話になるんですが、ストUのドラマCDのバイソンとナッシュの話に心打たれてこういうストーリーになったっていうのは、バイソン好きすぎて覚えてますね(笑)
そんな時代は流れ流れて…いまや殺意の波動を克服したリュウですからね。確かVだかのリュウって克服してたはず。今時代はスパWだけど。まだ買ってないけど、来月辺り買う予定なり。相変わらずずっとカプコナーだよな。


1999/04/15 08:56:21