細い肩を抱き止め、ノエは眉を下げて笑う。肩を振るわせしゃくり上げるカナタはまるで子供だ。


「おやおや、その泣き虫はいつになったら治るのかい?」
「だって〜・・・っ」


涙やらなんやらでぐちゃぐちゃに歪んだ顔。感情を耐えることも隠すこともしないあけっぴろげな彼女。周囲からは笑みが漏れていた。
真赤になっているであろう目と鼻。それを乱暴に手で拭い、彼女は顔を上げようとする。もう大丈夫。そう思った。しかし。


「このまま聞け」


ノエの広い胸から身を引こうとしたところ。逆に強い力で引き寄せられた。


「もしお前の『左腕』を使わざるを得ない事態が生じたら。 そのときは迷わず帰って来い。 いいか、これは命令だ」
「・・・・っ」


早口で紡がれた言葉は声というよりも、吐息となって小さな耳に囁かれた。彼女の指先が微かに跳ねる。左指だ。それは言葉の所為か。はたまた唐突に駆け抜けて行った潮風の所為か。


ノエが最後にそっと触れたのは右手だった。左手は、短い着物の袖の奥から指先にかけて全てが包帯に覆われている。一寸たりとも雪のような肌の覗く隙間はない。そのため直接に温もりを触れ合わすことができない。
指先を優しく取れば大きな銀色の瞳がキョトンとノエを見上げる。そのまま右腕を伝い、だんだんと上に這わされる長い指。細い肩まで到達したところで彼は持ち前の色香を放ち、言った。


「それにしても感慨深いものがあるねぇ、改めてこうして見ると。 随分良い女になっ・・、」
「セクハラ上司がぁッ!!」
「ぐはぁっ!」


サイドからの鋭い回し蹴りが見事に腰に入り、ノエは漸くカナタを放した。陽光を反射して美しく輝く海を背景に、フラフラと二、三歩大袈裟によろめく。


「隊長は何年経っても変わらないっすよねぇ・・・」
「むしろ実は蹴られたい、とか・・・」


上司を足蹴にするように育てた覚えはないのに、とノエは嘆く。するとカナタが、そんなまともに育てられてはいない、と反論。まともに育てた、とノエ。育ててない、とカナタ。
いや育てたさ、育ててない!、育てたよ、育ててない!、育て・・・


「お戯れのところ申し訳ないんですが、少々予期せぬ事態が」
「「ん?」」


不毛な口論に終止符を打った者。それは傍らで不干渉を決め込んでいたサカエ。彼の言葉にノエとカナタは仲良く声を揃え、振り向く。
なにやら遠く海を見つめる彼の視線。それを辿れば、そこには黒々しいガレオン船。白波を掻き分け、港に背を向けはじめる。巨体の悠々たる動きに合わせているのか、港に顔を並べた隊員達の顎もその動きにつれてゆっくりと落とされていく。


「なにやら船内の方が騒がしいとは思っていたのですが、まさかカナタさんを置いて出航してしまうとは・・・」
「もうちょっと早く教えてくださることってできなかったんですか!?」


遠のいていく船尾を眺め、のんびりと笑っているのは朱雀部隊2トップであるサカエ、そしてノエの二人だけ。カナタは頭を抱える。こんな暢気な二人を残して朱雀部隊を発たないといけないだなんて。先が思いやられる。





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