上層部が自分のことを良く思っていない。その事には既にカナタは気付いていた。というよりも、おそらくノエ率いる朱雀部隊自体がかなり目を付けられている。全体的に派手に仕事をこなす傾向があるからだ。けれどノエはいつだって修復可能な物体よりも、かけがえのない生命を重んじた。だから多少の周囲の損壊は仕方ないさ、と。いつも口癖のように言っている。とはいえ――常に上層部に小言を言われるノエやサカエにとって、部下達の引き起こす相継ぐ不祥事はどれほどの重みとなるのだろう。


なぜこんなにも腹が立つのか。喉が締め付けられるのか。悲しいのか。その理由が『異動命令』という文字でもなく、『海狼』という文字でもないことにカナタは気付き始めていた。書類をこれほどに幾度も眺めれば嫌でも分かる。理由は、ノエの捺した『承諾』を意味する印判だ。
いい加減、愛想を尽かされたのかもしれない。カナタの思考がそこまで辿り着いたとき。


「ふに・・っ!」
「またお馬鹿なことを考えていますね?」


カナタの鼻が摘まれた。片手で器用に資料を抱えなおしたサカエによって。


「ひどっ! 『お馬鹿なこと』って・・・」
「ありもしない脳みそで余計なことを考えるんじゃありません・・、・・・っと」


彼の片腕に聳える山がグラリと危なげな動きを見せる。反射的に慌てて手を添えたカナタ。しかし彼女が手を貸す前に、サカエは自分の手だけで書籍の雪崩を防いでいた。そして再度片手でしっかりと抱えなおすと、細長い指を彼女の鼻の前に突きつける。
いいですか、と真剣な瞳で彼は言った。


「隊長の印はカナタさんを遠ざけるための印ではありません。 カナタさんになら『海狼』の船長を任せられる。 上司としてそれを保証する。 そういう信頼の証です」
「あ・・・」


フウと短く溜め息を吐き、サカエは踵を返す。


「そんなことも理解できないようで何が一番小隊小隊長ですか。 どれほどの月日の間、あなたはノエという人物を見てきたのですか」


立ち尽くすカナタを冷めた瞳で一瞥し、サカエは歩き出そうとする。しかしその歩みは背後から投げられた声にピタリと止まった。廊下全体に響くのではと思われるほど大きく叫ばれた制止の呼びかけは朝の涼しい空気に響き渡る。


「『海狼』船長としての任務! しかと承知致しました!!」


振り返れば、背筋を伸ばして堂々と立つカナタの姿があった。美しい黒髪がそよ風に舞い上がる。


「朱雀部隊一番小隊小隊長紫堂カナタ、必ずや任務を完遂させて帰還します!!」


女性というにはまだ足りない。しかし少女とも言い難い。そんな風貌だった。そんな彼女の自信に満ち溢れた様子の彼女の凛とした佇まいに、サカエの表情が満足そうに綻ぶ。


「私に言ってどうするんです?」


穏やかに微笑む視線が見つめるなか、ハッと走り出した彼女はもと来た道を引き返していた。
彼女の華奢な背中を遠くに、彼は呟く。


「あなたのその真っ直ぐさがきっと彼らを変えます。 ノエも私も、そう信じているんです、カナタさん・・・」


顔を上げ、瓦屋根から覗く空を見上げる。目の奥が痛くなるほどの眩しい青は、どこまでもどこまでも澄み渡っていた。





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