灰色の石畳に西の路地から茜色が射す頃。カラフルな軒を連ねる店たちは日課を終え、看板を下げ始める。
にも関わらず、『職業紹介所』と大きな文字で綴られた看板を下げる店の前にはまだ派手な緋色のバイクがドンと居座っていた。
店内からは言い争いのような声が響いている。

「だーかーらー、なんでもいいから仕事ねぇのかって言ってんだろーがよ!」
「そんなこと言われましても困りますよお客さん。 あの悪夢のような世界戦争が終結してはや10年。 復興ムードで盛り上がっていた数年前までとはこちらに入ってくる求人数も全然違うんですから」

店のカウンターに拳を叩きつけ、紫色の切れ長の瞳を険悪に細めるのはまだ成人して間もないくらいの青年。左頬に炎を模ったような刺青を彫り、首からはゴーグルを提げていた。細身の体をフード付きの黒いジャンパーに包み、革製のブーツを履いている。だがお世辞にも身なりが良さそうには見えない。
彼はやや長めの黒髪を揺らし、当惑する店主に詰め寄る。眉間には不機嫌そうに深い皺が刻まれていた。しかし反して、その薄い唇はニッと横に歪められる。
彼は自分の背後で店の壁に背を凭せ掛け、不干渉を決め込んで黙り込む人物を、ぐっと立てた親指で指した。

「オッサン。 ここだけの話そこの壁際にいる奴、あいつ魔女だぜ。 かなり良い紹介料を要求できると思うんだがな」

彼の指差した先にいる者。それはまだ年端のいかない少女。
話題にされたことに気付いたのか、彼女が露草色の二重の瞳をカウンターに向けると薄紫色のお下げ髪が僅かに揺れた。

店主は青年の肩越しに少女を見やる。
確かに、くたびれたロングコートで大半は隠れているものの、魔女の着る黒いワンピースを身につけているようだ。だがその他には魔女らしき特徴は見当たらない。青白い素足に履いているものなんて、今しがた庭にでも出てきたかのような突っ掛けサンダルだ。

店主は思わず吹きだした。

「はははは、嘘はいけないですよお客さん。 そんなお譲さんが魔女ですって? 『魔法帽』もないのに?」
「ハッ。 瞬きすんなよ、オッサン」

涙を流さんばかりに笑い転げる店主に青年を嘲笑する。同時に店内は、路地に面するガラス窓から溢れ出さんばかりの目映い光に包まれる。

「おれがこいつの『魔法帽』だ」

眩しさに目を閉じた店主が再び目蓋を上げるとそこに青年の姿はなかった。代わりに、むすっと仏頂面で佇む少女の頭には大きな黒い帽子がアンバランスに乗せられていた。
帽子は猫の頭を模しているようだった。その他は、半月型の険悪そうな紫色の瞳も、左頬の炎の刺青も、ゴーグルまでも青年のままだ。
その真っ黒な帽子が左右の尖った耳をピョコピョコと動かし、さらに少女の耳の横に垂れ下がっている耳あて部分を腕のようにブンブン振り回して宣言すると、店主は目を瞬かせた。

「こりゃ驚いた! 魔法使いというのは『魔法帽』と呼ばれる"帽子"がなきゃ魔法を使えないのは聞いたことがあったが、この目で実際に魔法帽を見るのは初めてだ!!」
「ハッ、ざまぁ見さらせ。 魔法使いが魔法帽無しでチョロチョロ歩き回るかっつーの」

魔法帽へと変身した青年は鼻を鳴らす。が、なにが『ざまぁ見さらせ』なのかはいささか謎である。


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