突き抜けるような青空の下に広がるのは広大な牧羊地。しかしどこまでもだだっ広い土地と空の交わる辺りには灰色の分厚い雲が漂っていた。
そんな空模様の下、緋色のバイクを走らせる青年は遠い空を見つめ呟く。

「一雨来るね」

牧羊地帯の真っ只中を突き抜ける【ワールド・ルート】。この道は世界中のありとあらゆる地方・地域を繋ぐ果てしない道である。古代、理を司る神々により、一人の勇者のために示された道であると云われている。
神話はともかく、その道は遥か昔より商人や旅人に重宝され、栄え、現代でもなお多くの人々が利用する道路として形を残しているのだ。

「え?」

夜重の言葉が聞こえていなかったのだろう。バイクの後部座席に座るハノンが声を張り上げた。耳を掠めていく強風の所為で小さな声では聞こえないのだ。

「雨、来そうだねって!」

ハノンに応じて夜重が叫ぶように言うと、彼女も顔を上げた。薄紫色のお下げが風に靡いて揺れている。本当だ、と彼女は呟いた。

それから間もなくして、夜重の背中から、あ、と不意に小さな声が上がった。ちょうど酪農農家の群れを通り過ぎた頃だった。

「来た」

鼻の頭にポツリと落ちた水滴のごとく、彼女は言葉をポツリと落とした。次の瞬間。

「どぅわあああっ!!」

バケツをひっくり返したかのように降ってきた雨に夜重は奇声を上げた。パタパタとジャンパーを打つ雨粒は大粒で地味に痛い。

「最悪・・・って、ハノン何やってんの!? ちゃんと掴まってろって!!」
「んー?」

ずっと体に巻きついていた腕が離れたのを感じ、彼は慌てて後ろを振り返る。するとハノンは肩から掛けた夜重の大きな旅用バッグをごそごそと探っている。

「こら夜重、前見て運転しなさい」
「ハノンもちゃんと掴まってなさい」

彼女の注意に従い、素直に顔を正面に戻した夜重。しかし彼の注意の方は聞き入れられることなく、体に回される腕はなかった。

「ハノン、」

少し声を低くして再度彼女をたしなめようとしたのだが、その声は遮られる。

「こっから5キロ先、道の駅」
「5キロ? そんなん次の目的地まで一気に行っちゃったほうがいいんじゃない? さっき看板であと8キロで次の街【プリュシュ】に着くって・・・、」
「道の駅【プリュシュ】。 冬季シーズン限定発売の蜜柑味ソフトクリームはプリュシュ地方農家の新鮮な蜜柑を贅沢に使用。 濃厚なミルクとジューシーな甘味が絶妙に絡み合う究極のコラボ・・・、」
「はいはいはい、分かったからそのガイドブックをしまってください。 濡れちゃうでしょ」

呆れの混じる夜重の言葉にハノンは既に濡れてしまったガイドブックをコートで拭く。けれどたっぷりと水分を含んだコートでは何の意味も成さなかった。彼女は夜重にばれていないことを願いながらそっと鞄の奥のほうにガイドブックをしまう。

「行く? 道の駅?」

尋ねながら、固く薄い体に腕を回す。火の理の力を体内に宿すからだろうか。夜重はいつも暖かかった。

「なんとなく気乗りしないけど行ってやるよ。 蜜柑味ソフトクリーム、食べたいもんな」

顔は見えなかったが、いつものように八重歯を見せて微笑んでいるのであろう夜重を想像し、ハノンの頬も緩んでいた。



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