「おい。 一人で行くなよ、ハノン」

鳴り響く扉の鈴を背後に聞きながら、青年は飛び出す。

夕刻、時が経つのは早い。
路地は、彼らが入店したときからは考えられない程に闇色に染まっていた。道の両脇に点々と並べられた街灯にも橙色の明りがぼんやりと点されている。
青年が呼び止める三つ編みの少女。青年よりも先に店を出た彼女は彼の制止の声を完全に無視し、いまちょうど二つ目の街灯の曲がり角を折れて行くところだった。

「おいこら! ハノン・ハイヴ!!」

青年はくたびれたコートを羽織る彼女の背中に、今度はフルネームを呼び掛ける。それでも全く歩みを緩める気配のない少女に彼は大きく舌打ちをした。
かなり苛立っている様子ではあったものの、先を行く少女を追いかけるために青年は店の前に停めてあった緋色のバイクに飛び乗る。そして黒いヘルメットを頭の上に乗せると、顎紐をしっかりと留める前に発進した。

さしてスピードを出さないうちに青年は少女ハノン・ハイヴに追いついた。
彼はバイクを減速させ、早足で歩くハノンの横につける。

「お嬢さんいけませんぜ? 一般人にあんなに殺気剥き出しとか。 オッサン卒倒寸前だから」

ブロロロ、という煮え切らないエンジン音に付き纏われ、青年のおどけた物言いもやや大きな声で放たれる。対してハノンは、いつものように淡々と返答した。

「ならキミのあの喝上げ紛いは許されるわけ、夜重(ヤシゲ)?」
「なっ! 喝上げ紛いだと!!?」
「違う? それじゃ恐喝。 べつに仕事なんていらないと思うけど、やっぱり田舎・・、じゃなく長閑な町育ちだと無職じゃ不安、的な?」
「あのさ、明らかに馬鹿にしてるよね? それにおれの故郷はそこまで田舎じゃねぇぞ」
「ああ、そうか。 ごめんね。 どうしても自分が育った場所と比較してしまって」
「謝られている気がしねぇ・・・」

相変わらずハノンは早歩きのまま、そしてその隣を行く青年夜重はのろのろ運転のまま、魔法使いと帽子の二人組は進んでいた。
ハノンが折れた先は裏路地だったため、続いて行く石畳に人影はない。ただ積み上げられた赤茶の煉瓦塀からは野良猫が馬鹿にしたように彼らを見下ろし、大きな欠伸をしていた。

「というか別におれも仕事が欲しいってわけじゃねぇし!」
「・・・」

闇のなか、突然一際大きな声で宣言した夜重を、ハノンは五月蝿そうに横目で見る。

「金がねんだよ! もう安宿の一人部屋の黴臭いベッドで魔法帽に変身したまま寝るのはゴメンだ!」
「ああ。 肩凝るんだっけ?」
「しかも金がねぇってのに、ハノン、さっき紹介料だとかいってオッサンに金渡しただろ!! なんの紹介もされてねぇんだよ募金してんじゃねぇよ!! おれたちの方なんだよ募金していただきたいのはよーっ!!!」
「・・・うるさ」
「こら真面目に聞け!! これは命に関わる大問題なんだぞ!! 金がなくちゃ生きていけねぇだろ!!」

だんだんと怒りボルテージが上がってきたのか怒鳴り気味になる相棒に、ハノンはうんざりと指で耳栓をする。けれどその行為は彼を逆上させ、さらなる騒音を招く結果にしかならなかった。



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