世に聞く魔法帽の変身を目の当たりにし、ようやく少女が魔女だということを信じた店主。しかし彼はやはり困ったように首を横に振る。

「私としても惜しいのですが、残念ながら本当に物件がないんですよ」

そのときには青年は再び人間の姿に戻っていた。そしてまた、店主に重圧をかけるかのごとく、半分カウンターに身を乗り出して不機嫌そうに腕をついていた。
そんな青年にたじろぎながらも店主は続ける。

「隣町に大きなギルドがあります。 そこに行ってみてはどうでしょう?」
「ギルドー?」

わずかばかり興味を抱いたのか青年が聞き返してくると、店主は嬉しそうに大きく頷く。

「はい。 傭兵ギルドです」

そう言った瞬間、目の前の客二人の空気が変わったことに気付かなかったのが、この店主の運の尽きだった。

「魔法使いってんなら話は早いです。 戦争はお得意でしょ・・、」
――ガシャーン!!

突風が吹いたのかと思われた。店内に響いた破壊音に店主が気付いたのはそのあとである。
気付けば彼は背後の壁に押しやられていた。目を閉じる間もないほどに一瞬で起きた光景はすぐには理解できなかった。
ただ身動き一つできず、見開いた瞳だけをおそるおそる僅かに上へずらすと、先ほどまで店の後方に無関心に佇んでいた少女の露草色の瞳と視線が重なった。その鋭利な瞳は彼が長い人生において一度も見たこともないほど美しく、恐ろしかった。

大の大人は、ヒッ、と小さく悲鳴を漏らす。彼の頬を薄紫色の柔らかなお下げがフッと撫でる。

少女は店の後方から一瞬で移動し、カウンターに飛び乗っていた。そしてそこから店主の肩を壁に押し付け、自分よりも遥かに体格の大きな男の動きを封じたのだ。
その様子を第三者として目の前で見ていた青年は片手を額に当て、呆れたように首を左右に振った。そして、ああ、地雷踏んじゃったよ、と呟いていた。

「紹介料」

少女の澄んだ声とともに店主の耳元で響いた、カツン、という固いものが触れ合う音。軋む首を彼がそちらに向けてみれば、自分の顔から3ミリと離れていない辺りの壁には、銀色の光を放つナイフが突きたてられていた。彼はそこに挟まれた紙幣に気付くことなく情けない悲鳴を上げて腰を抜かす。

少女はというと、店主が床にへなへなと崩れ落ちたのを一瞥さえもせず、壁にナイフを突き刺した直後に踵を返してカウンターから飛び降りた。そして足早に出口へ向かい、店の扉に下げられた鈴の音とともに去ってしまっていた。
青年は首だけで振り返り、サッサと外へと消えてしまう背中に呼び掛ける。

「おいっ! ちょっと待てよ、ハノン!! ったく・・・」

彼の制止を聞く気は微塵もなく、迷うことなく真っ直ぐに外へ向かった少女に、青年は苛立たしげに舌打ちした。
ふいに、彼はカウンターを一跳びに超え、腰を抜かしてしゃがみ込む店主の胸倉を掴む。

「オッサン。 さっきみたいなことをもう一度言ってみろ。 その口髭に火が点くぜ?」

青年は鋭い睨みを利かせるとともに吐き捨てると、乱暴に男の胸倉を離す。そして再び、躊躇なくカウンターを土足で飛び越えると先ほど消えた少女の後を追って店の外へと出た。



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