夜重は一人思考に耽っていた。しかしふと上がった、疑問に唸るような声に瞳を上げる。


「ん? 君は『闇の力』を持つ魔法使いが四人と断定したね? けれど『光の力』を持つ魔法使いが一人とは限らないんじゃ・・・」
「ハノンがいつも言ってる。 自分は唯一『光の力』を持つ魔法使いだ、と。 それゆえに『闇の力』を滅することはハノンの義務なんだって・・・」
「なるほど」
「神の領域を侵す忌まわしい力なんだとさ」


大学ノートを机に放り、夜重は足を組む。そして、なにが神だ。そう吐き捨て、ソファーに深く背を沈めた。


「なんだい? その態度からすると君は神を信じていないようだね。 サーラの者はみんな理を司る神達の絶対信者なのかと思っていたよ」


以前、サーラの魔法使いと行動を共にしていた経験のある黒豹。少なくとも彼の知る魔法使いたちはみな、敬虔な信者ばかりだった。だから魔法帽である夜重の神に対してさえもぶっきらぼうな態度がかなり意外なのだ。


「だっておれ、サーラの出身じゃないし」
「ええぇっ!? そんなぁ・・・!!」
「なんでそんなにショックを受ける?」


疲れたように目を閉じていた夜重は片目だけを開き、激しく肩を落とした男を横目に見る。


「地方ネタで盛り上がれると思ったのに・・・」
「いや、その前におれとあんたの間にはジェネレーションギャップという名の大きな壁が立ちはだかっているから」
「ガーンッ!!」


まるで黒豹の周りにだけ、屋外の天気が反映されているような。そんな陰暗な空気を漂わせソファーの上で膝を抱える彼を、夜重は鬱陶しそうに睨んでいた。そのキツい視線が、不意に、ハッとしたように緩む。


「そういえばあんたさ、『ブラッディー・ソーサラー』なんてものがどうして生まれたのかは知ってるか? 普通なら考えられないことなんだよ。 世界の法である理を侵すような魔法の存在なんて・・・」


魔法使いとともにレオの裏切り行為の真髄を探っていた男。彼なら何か知ってるかもしれないという期待を寄せる。しかし、現実はそう甘くできていなかった。


「知らん。 その辺についてはちょうど俺らも探っているところだ」


難しげに眉間を寄せ、黒豹は瞳を翳らす。特徴的な垂れ目の内からは真剣さが窺えた。
いつもはふざけているものの、この男が時折見せる影。そして積み重ねてきた経験の深さ。夜重はそれに気付き始めていた。
この時もその真摯な瞳に彼の過去の重さと自らの歩んできた道との差を思い知らされていたような気がしていたのだが・・・


「・・・七年前になるがな」
「そうだよ! なんか、さもあんたが今探っているように言ったけど、実は七年間何もしてねぇじゃん!」


思い返してみればこの男。七年前に仲間の魔法使いに置いてきぼりを食らっていたのだ。そしてその後、彼からの音沙汰はなし。ただ犬のごとく待ち続けていただけだった。


「いや、それは誤解だ! ちょいちょい怪しい事件を調べたり情報を集めたりはしているんだ!」
「へー、たとえば?」
「たとえばそうだな・・・。 プリュなんとかっていう人形造りが盛んな街の貴族がここ数年だけであり得ないくらい勢力を伸ばしてるとか・・・」


黒豹の弁解に対し、興味なさげに白い目を向けていた夜重の目付きが変わる。長い前髪に翳った表情に反し、八重歯を見せて弓なりに歪んだ口元。不気味な笑みの理由は分からないものの黒豹は若干後ずさり、冷や汗を垂らす。


「おい・・・」
「な、なんだい、青年?」


ゴクリ。いつ噛み付かれるだろうか、とハラハラし、黒豹は唾を飲み込んだ。


「それを早く言えよ! めっちゃ怪しいじゃねぇかよ、その事件! しかもプリュなんとかってプリュシュだろ!! この街の名前だし!!」
「えぇっ!? そうなの!?」


本当に全く気付いていなかったらしい。目を真ん丸に見開き驚く黒豹に、夜重はもはや、あほだ、と呆れることしかできなかった。


『ブラッディー・ソーサラー』がこの街・プリュシュにいる。
ここ僅か数年で、とある貴族が急に頭角を現して来ている。
この二つの事実が結びついているのか、定かではない。しかし怪しすぎるにもほどがあった。世界の理を侵す魔法。それは『異常』をもたらす魔法であるということなのだから。
彼らがすべきことはすぐに決まった。情報集め。この他にない。黒豹は酒場に赴き、夜重は図書館へ赴き。それぞれに情報を集めてくる。そういうことで作戦は纏まった。
彼らは揃って立ち上がる。そして各々の方法で『ブラッディー・ソーサラー』に近付かんと。
雨はまだしとしとと、宿の窓を濡らしていた。





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