「絶対あいつ寝てる」


街の安宿の小さなロビー。暖炉の前に設けられたソファーの前に二人の男が腰掛けてからかなりの時間が経っていた。


「だからダメなんだって、ハノン一人部屋は」


炭がパチッと爆ぜたとき。胸の前で腕を組み、黒髪の青年が仏頂面で吐き捨てる。


「さすがに準備に三時間半は掛からんよな〜」
「もう五回もノックしに行ってみたけどぜっんぜん返事がないし」


夜重が三回。黒豹が二回。ハノンの部屋へと行ってみた。しかしいくらノックをしてみても、部屋の中からは物音一つも聞こえなかったのだ。


「前もあったんだ。 こういうこと・・・。 あれはハノンと出会って間もない頃。 まだハノンのことがほとんど理解できていなかったおれは当然のごとく宿を個別部屋で取った。 そしてその後の旅の予定を立てるために今と同じようにロビー集合の約束をしたんだが・・・」
「数時間待っても来なかった?」
「いや・・・。 三日間待たされた・・・」
「え!? 三日間も!? 待ったの、君!?」


思い出したのか、ドッと疲れたように項垂れた夜重。黒豹は声を立てて笑った。


「寛容だね〜」
「ハノンに対してはな」
「あ、自覚あったんだ」


ハノンとの間柄を言及するといつもなら異常に反応を示す夜重。だからその答えの意外さに黒豹は目を丸くした。


「寛容にならなきゃやってらんねーっつの」


確かに、と黒豹は肩を竦めてまた笑った。
夜重は一度チラリと二階へと続く階段を見やる。数の少ない照明のせいで薄暗い階段からは誰かが来る気配は全くない。次いで、時計へと移される視線。秒針がカチカチと忙しなく時を刻んでいる。彼は諦めを含んだ吐息を深く吐き出すと、黒豹に向き直った。


「たぶん今日はもう来ないだろうからおれらだけで今後の予定を軽く決めよう」
「だな・・・って、『軽く』と言いながら大分本気だね、君!」


どこから取り出したのか。大学ノートを机の上に広げ、夜重は眼鏡を装着する。さらに若干長めの髪を後ろで結わいた。明らかに真面目モードに切り替わった彼に黒豹は口端を引き攣らせる。だが夜重は気に留めることなく、広げた大学ノートに綴られたメモを指で追い、順々に話を整理し始めた。


「で、今までの話を全部まとめてみると、世界には『闇の力』を使い、人の精神を操ることのできる魔法使いが四人いる、と。 しかもそいつらは魔法帽なしでも魔法を使える。 彼等自身が体内に『力』を宿すからな」


大学ノートにとったメモを読み上げる夜重。ハノンの追う魔法使い達に関して。黒豹、それから自分への確認だった。


「ちょっと待て。 四人だって? 『ブラッディー・ソーサラー』は五人じゃないのか?」
「ハノンを含めれば五人。 けどハノンが持つ力は『闇の力』ではないんだ。 『光の力』とかいう別のものらしい。 実際に使ってるのはみたことがないけど、ハノンいわく消滅・再生の力だそうだ。 そしてこの力もまた理を侵す、禁忌の力」
「なるほどな。 じゃ、『闇の力』、『光の力』を有するその五人の魔法使いを総称したものが『ブラッディー・ソーサラー』というわけか」
「そういうことになるね」


夜重は手にした鉛筆の背を無意識に尖らせた唇にあてていた。
『ブラッディー・ソーサラー』。理に反する異端の魔法使い。ついにこの街で見えることになるのだろうか。しかしまだ納得がいかないことは多々ある。それは『ブラッディー・ソーサラー』の存在自体への根本的な問いから始まり。さらには先の街でハノンが口走った言葉にまで及ぶ。
―『ブラッディー・ソーサラー。 それがレオ王国の裏切り行為、いや、全ての元凶だよ』
ハノンの言った言葉からは、『ブラッディー・ソーサラー』というのが個々の魔法使いではなく、ある程度組織だったものなのではないか、ということも予想できなくはない。一つの国を動かしたのだ。ある程度の集団及び、その統合制が予想される。だがしかし、確証は得られない。第一に、ハノンの言葉は曖昧すぎる。そして第二に、『ブラッディー・ソーサラー』と呼ばれる魔法使いたちについての情報が少なすぎる。何を予想しようとも、すべては仮定を伴うただの推定にしか成り得ないのだ。



51 / 57
prev next


bkm
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -