「あ〜あ。 でも野郎と二人で同室とか〜。 なんて寂しい旅なんでしょう」


彼らの渡された鍵は205号室と211号室。離れているかと思いきや、幸運にも向かい合わせだった。その部屋の前で足を止めると、黒豹は酷く残念そうに肩を落とす。


「は? あんた一人部屋だけど」
「へ・・・?」
「おれとハノン。 で、あんたが一人」
「は? なんでそうなるの? どういうこと?」


テキパキと指でさし示し、部屋割りを述べる夜重に黒豹は目を白黒させる。夜重はそんな彼の様子にあからさまに面倒そうな溜め息を吐くとハノンに視線を移す。


「ハノン一人部屋がいい?」


彼女はすかさず首を左右に振った。


「ほら」
「『ほら』って・・・」
「じゃ、そういうことだから。 とりあえず一休みしたらロビー集合で」
「え・・・?」


一人部屋の鍵を黒豹に投げ渡し、正面の二人部屋の部屋のドアノブに手を掛けた夜重。しかしその手は黒豹の問いにより動きを止める。


「ちょっと待て! 二人って実はすでにそういう仲だったの?」
「「・・・・・」」
「・・・・・」


黒豹はゴクリと唾を飲み込む。沈黙はなんとも長く感じられたが、後ろから見た夜重の耳が林檎のように真赤に染まったのは一瞬だった。彼は突然勢いよく振り返り、噛み付かんばかりに黒豹へと詰め寄る。


「ちっげぇよ、この変態親父!! 燃えカスになりたいのかそうかなりたいんだな!!!」
「そういう仲・・・」


酷く赤面した夜重とは対象的に、ハノンの顔は青ざめていた。
彼女はそのまま覚束ない足取りでフラリフラリと黒豹に近寄る。そして夜重の勢いに当惑していた彼の手から一人部屋の鍵を奪う。


「・・・一人部屋にする」
「待て、ハノン! こいつの言うことなんか・・・、」
――ばたむっ


夜重の制止も虚しく、扉が閉ざされる。間を置かずして鍵の掛かる音も続いた。


「・・てんめぇな〜・・・」
「ひぃっ、すみません!」


長い前髪の隙間からゆらりと黒豹を睨み上げた夜重。彼の瞳は暗闇でもないのに妖しい紫色の輝きを放っていた。
尋常ではない殺気を感じた黒豹は冷や汗を流す。しかし謝罪の言葉もいまの夜重には全く届かないらしく、地を這うような低い声は続いていた。


「・・・マジうざい」
「ああ! 今回ばかりは謝りますぅ! 不本意にも青年の淡き恋の邪魔をしてしまった〜!!」
「ちょっ・・・、『淡き』ってなんだ! それ以前に『恋』ってなんだ!!」
「あれ? ヤッシーまた真赤? 君、案外照れ屋さんだよね」
「ヤッシぃぃーっっ!!? てめぇマジで殺す!! おれと同室を選んだことをあの世で後悔しやがれ!!!」
「いや〜、選べるならハノンちゃんと同室かな〜」
「それは絶対ない! たとえこの世の理の全てが崩壊しようと絶対にないっ!!」
「なぬ!? 聞き捨てならないなぁっ、青年!!」


他の宿泊客の迷惑など微塵も考えていないのだろう。廊下の真ん中にて彼らはギャーギャーと言い争いを始めた。そんな彼らに溜め息を漏らすのは、薄い板を一枚挟んだ向こう側にいる少女。彼女は扉のすぐ横の壁に背をもたせ掛け、呆れたような瞳をチラリと扉に向けた。


「うるさい・・・」


扉の向こうからは口論の声が鳴り止まない。安宿の薄っぺらい扉とドアは、廊下の騒音を筒抜けに通した。しかし、目の前に広がる殺風景な小さな部屋がどうしようもなく孤独駆り立てる。
思えば夜重とともに歩み始めてか一人を感じる時間はほとんどなかった。以前は隣に誰かを感じたことなどなかったのに。今や必ず誰かがいるという状態が常になってしまっていたのだ。


「どうしよう。 勢いで一人部屋を選んじゃったけど」


もう一度チラリと廊下を見やるハノン。すぐ傍の扉が開く音がして、次いで閉まる音がした。夜重と黒豹の口論の声もやや遠のく。


「一人か・・・」


二、三歩。足を動かしただけで黴臭いベッドに辿り着く。ハノンは勢い良くそこへ倒れこんだ。チクチクする布団に顔を顰め、仰向けになる。途中、部屋の隅に置かれた小さな木椅子に腰掛けた人形が目に入った。ブロンドの巻き髪に青い目を持つ人形だ。その虚ろな瞳を、ハノンは知っている。
彼女はすぐに寝返りを打って人形に背を向けた。


「寝よう」


目蓋を閉じたのは無理矢理だったのだが、雨に濡れた移動は思ったよりも疲労を招いていたらしく、彼女が夢の世界へと引き込まれていくまでにそう時間は掛からなかった。





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