プリュシュの街。この街は先の街とは異なり、観光地ではない。そのため昼間でも通りに賑やかさはなく、人も疎らだ。そこに雨による湿った空気も相まって、街全体にはなんだか物寂しげな雰囲気が漂っていた。


「やっと宿だよ」
「お〜! 暖炉暖炉〜!!」


観光客のいない街で手頃な宿を見つけるのは一苦労だった。雨の中傘も持たずに数時間近く街中をうろついていも、やっと手頃な値段の宿を一つ見つけるので精一杯なほどだ。三人の体は芯から冷え切ってしまっていた。
部屋数の少なそうな小さな宿だったが、エントランスのロビーには暖炉が設けてあった。それを見つけると同時に、黒豹とハノンは直行する。


「こら、まずはチェックインだっつーの! せめてチェックインしてからにしろ、いろいろ!!」


受付に肘をつき、振り返った夜重の視線の先。そこには暖炉の前のソファー上で猫のように丸くなるハノン。その隣で卓上に置いてあった新聞を勝手に読み漁る黒豹。夜重は彼らに、わが家か、と切れ長の吊り目をさらに吊り上がらせて突っ込んだ。


「いいのよ、旅人さん。 お疲れでしょう?」


夜重はすぐ傍から聞こえてきた柔らかな女性の声に視線を受付に戻す。そこには人の良さそうな笑顔の女性が立っていた。


「お泊りですか?」
「ああ。 三人分の空きはある?」


女性は、少々お待ち下さい、と帳簿を見始めた。その間に夜重は視線を宿内の装飾に巡らせた。
温かみのある木材を中心にした家具。ところどころに申し訳程度に活けられた花。そこまでは他の宿と対して変わらないのだが、この宿には他にも装飾があった。あらゆる場所に人形が飾ってあるのだ。入り口、受付、暖炉、壁、棚。容易に数えられる量ではない。天井からぶら下げられている物も多くある。まるであらゆる角度から見られているようで、気持ちが悪い。


「この街にいらっしゃるのは始めてですか?」
「だったらなに?」


無駄に笑顔を浮かべる女性に夜重は例のごとくぶっきらぼうに返答する。同時に眺めていた人形からも視線を反らした。


「プリュシュは別名『人形の街』ともいわれているのですよ。 昔から人形造りが盛んで、人形職人の数も世界で一番多いんです」
「ああ、なるほどね」


彼は受付の横に座らされた人形をチラリと見やる。何も映さない虚ろな青い瞳が少し不気味に感じられた。


「それでお部屋の方なんですが、生憎ただいまお二人部屋が一室と、お一人部屋一室しかご用意できないのですが・・・」
「じゃ、それで」
「大抵いつまで留まるんだ〜? 一つの街に」
「あんたいつの間にいたんだよ」


いつの間にか夜重の隣で受付に頬杖をついていた黒豹。彼は片手を軽く上げ、女性に向かって溢れんばかりの笑みで挨拶する。


「いつも決めてないよ。 適当に、出たくなったら出てく」
「ハノンちゃんと旅できるだけあって、君も大概緩いよね」
「っていってもおれだってまだハノンと出会ってからやっと三ヶ月経つくらいだけどな」
「え!? そうなの!?」


てっきり何年も連れ添ってくるのかと思った、と驚きを隠せない様子の黒豹。夜重はなぜか満足そうに鼻を鳴らした。
そうこうしているうちに、受付の女性は部屋の鍵を見つけたようだ。彼女は鍵と、宿の注意書きが記された紙を彼らに差し出す。


「こちらが二人部屋の鍵、こちらが一人部屋の鍵となります。 朝食の方は別途料金で毎朝バイキングをご用意させていただいておりますのでよろしければご利用ください」
「はい、ど〜も」


営業スマイルに劣らぬ必要以上の笑みで応えたのは黒豹。夜重はというと何も言わずに無愛想に鍵だけを受け取ると、まだ暖炉の前で丸まっているハノンの背中に呼びかけた。


「ハノン、部屋二階だから上あがるぞー」


ハノンは振り返ると眠たそうに目を擦る。若干億劫そうなのんびりとした動きではあったが、彼女はソファーから降りると夜重の待つ階段下へと向かった。


「じゃ、俺ハノンちゃんと二人部屋〜」
「は? 何言ってんの?」
「ちょっと言ってみただけだもん。 そんな全力で軽蔑した視線を向けなくったっていいじゃない」


踊りだしそうな勢いで階段を駆け上がった黒豹の勢いが急激に減速する。そして手摺りに体を凭せ掛け、体全体で鬱な感情を表現する。しかし非情にも、夜重とハノンはそ知らぬ顔で通り過ぎていく。彼らの背中を黒豹は捨てられた子犬のように見つめていたが、すぐに後を追いかけた。





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