道の駅から次の目的地、プリュシュまでは黒豹も共に走った。しかし夜重の強い希望により、20メートル以上距離を開けての走行になったが。
とにかく彼らはプリュシュの街に到着した。


「ここがプリュシュか」


雨はまだ止んでいなかった。しかし先ほどに比べると若干小降りにはなっていた。
夜重は適当なスペースにバイクを停めてから、改めて辺りをゆっくりと見回す。建物の雰囲気は黒豹のいた街によく似ていた。レオ王国でよく見られる赤や茶色を基調とした煉瓦造りの建物、石畳の道。しかし人がまばらな所為か、はたまた天気の所為か、なんとなく暗く冷たい空気が漂っているように思える。


「陰気臭い街だな」


追いついてきた黒豹も夜重の緋色のバイクの隣に自身の漆黒のバイクを停めた。


「この街に来るのは始めてなの? あんたの故郷に近いのに。 こんな近い街からならギルドに仕事の依頼とかもたくさん来るんじゃない?」
「あ。 俺、基本的に仕事しないからよく分かんない」


ははは、と声を上げて爽やかに笑う男との旅を、夜重は心底拒絶したくなった。
ふと、彼はハノンがいまだバイクから降りていないことに気付く。


「ハノン? どうした、」
「いる・・・っ」


彼女はバイクの後部シートに跨ったまま小刻みに震えていた。白く痩せた腕はその震えを抑えるかのように、強く彼女の体に巻きつけられている。


「この感じ・・・違いない・・・」
「ハノン? いるって・・・」
「分かるでしょ? この異様な魔力」


睨むように見上げられ、夜重は少し動揺する。しかし彼女に促されるまま、目を閉じて意識を集中する。


この街の空気を読み取れば、いくつかの魔法の波動が感じられた。これは特に変なことではない。いくら魔法使いの少なくなった時代とはいえ、隠れて魔道を行う者や、魔法使いの血を引くもの、または裏で魔法具の売買をする者などはまだまだ多くいるからだ。
街の魔道のうち、まず一番近くに感じる魔法。大きく、鋭利な光に満ちた波動。これはハノン特有のものだ。そしてそう離れていはいない場所に、理の魔法を数箇所で感じる。至って普通。


「夜重。 キミになら分かるはず。 キミは人より感覚が優れてる」


そのとき、ここからはかなり距離のある位置からだが、異様な気配を見つけた。不気味としか言いようがない。色で表すなら黒。微かにしか感じられないが禍々しい魔力が渦巻いているのが分かった。
夜重はハッと目を開ける。無意識のうちに息が上がっていた。雨粒だか冷や汗だか判別つかない滴が額を伝う。


「これが『ブラッディー・ソーサラー』の魔力。 闇の力」


正面から見つめてくる露草色の瞳に若干落ち着きを取り戻したものの、夜重の指先はまだ微かに震えていた。こんなにも離れた位置の魔力の波動だというのに、鼓動が収まらない。けれど彼は拳にギュッと力を込め、無理矢理に恐怖を抑え込んだ。


「ハッ。 上等だっつーの」


ハノンは彼の言葉に目を見開く。そして数度瞬かせた。しかし不意にクシャリと顔を歪めると、俯き、肩を震わせ始めた。


「えっ!? ハノン!?」
「こら夜重! ハノンちゃんに何を言ったんだ!!」
「な、何も言ってない! いや、言ったけど別に・・・、」
「なんだハッキリしろ、若いくせに!!」
「関係ねぇだろうが、若さは!!」


項垂れたまま顔を上げないハノンに当惑する夜重。彼を咎める黒豹。そんな彼らのやり取りに、彼女はついに、くっ、と短い声を漏らした。そしてそれを皮切りに喉の奥で、クツクツと音を立て始める。


「え? 笑・・・」
「・・・ってる・・・?」


夜重、続いて黒豹が間抜けな顔をハノンに向ける。すると彼女は、もう絶え切れない、と声を立てて笑い始めた。
二人ともハノンが声を上げて笑うのを見るのは初めてで、黒豹に至っては笑顔を見るのさえも初めてで、ポカンとした表情を崩せない。


「本当に馬鹿だよ、キミたちはっ」


笑いの間に彼女は苦しそうに言う。夜重と黒豹はお互いに顔を見合わせた。滅多に笑わない彼女が何に対してそこまで笑っているのか全く分からない。けれどお互いの顔を見た瞬間にそれが判明した。なんと間抜けな表情だろう、と。
二人は同時に噴き出した。


しとしとと冷たい雨が石畳を濡らす灰色の路地。三人の旅人の楽しげな笑い声は長いこと響き渡っていた。





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