「女神だ!」


突然芝居がかった口調でそう言ったのは、実は先ほどからずっと二人の傍にいたのにその存在をあえて無視されていた男だった。夜重からすれば、これ以上このうざったい男と関わりたくないという理由で。ハノンからすれば、興味関心が皆無だったという理由で。
だが声高々に言葉を羅列しながらより近くに寄ってくる男の存在感は、もはや無視できるものではなかった。


「儚く強く美しい、女神を見た!!」
「だれ?」
「知るか」
「まるで花のように凛と可憐で儚く、それでいて気高く優雅な立ち居振る舞い!!」


男は仰々しくハノンの前に跪き、彼女の手を取った。彼は面を上げ、右しかない垂れ目でへらっと緩く笑む。


「ハノンちゃん。 そう呼んでもいいかい?」
「異常に大袈裟な前置きのくせに結局はただのロリコンか!!」


夜重はハノンの手を掴む男の腕を引き剥がそうと、彼らの間に入る。しかし男は鋭い爪を立てて向かってきた夜重の手が自分の腕を掴む前に、ヒョイと身を引く。彼は一歩下がると肩を竦め、頭を振った。


「ハノンちゃん、君が俺をそうさせるのさ」
「なんかカッコよく決めようとしちゃってるけど、それ、ただの公開ロリコン宣言でしかないから!」


夜重はまるで毛を逆立てる猫のごとく男に唸り、罵声を浴びせる。けれど相手の男には全くダメージを与えられないようで、男は相変わらずの大袈裟な身振り手振りで楽しげに受け答えをしていた。
ふと言い争いの途中、男の視線が夜重の頭を超える。彼は教会の階段の辺りを見やっていた。そこには階段に腰掛け、つまらなそうに膝の上で頬杖をつくハノンの姿。


「おやおや。 俺がこの青年ばかりを相手にしているから拗ねちゃったのかな? 大丈夫だよ、ハノンちゃん。 俺の心はいつも君の横に・・、」
「いやあれ単に興味ないだけだから。 ハノンちゃん飽きちゃっただけだから」


夜重は男の言葉が終わらないうちに否定する。


「おし、ハノン。 こんな訳の分からないオッサンは放ってもう行くぞ!」
「えー・・・」
「なにその不満気な声と無気力ポーズ!!」


旅の必需品のあれこれがパンパンに詰まった夜重の荷物。そこに上半身をだらりと預け、彼女は堂々と言い放つ。


「疲れた」
「うそでしょー! さっきまで寝てたじゃん、思いっきり!!」
「だってそのあと戦った」
「っつったってあのくらいの戦闘、ハノンにとっては何ともないだろ!」
「いいじゃん。 目的の街には着いたんだし今日はもう終わり」
「え!? 終わりってなにが!!? まだ正午過ぎだけど!! ってかそれ、どんだけ亀さん展開だし!!?」


彼としては、今日やり遂げたことと言えばハノンのために蜜柑ジュースを市場で探し、買ってきただけだ。実のない一日にも程がある。


「せめて傭兵ギルドを見つけるところまでは行こうよ!!」
「あ、傭兵ギルドって『クリムソン』のことか?」


目を丸くし、頭を掻く男。夜重は初めて、彼の話を聞きたいと思った。


「『クリムソン』?」
「傭兵ギルド『クリムソン』。 この街の傭兵ギルドと言ったらそこだろう? 探しているのかい?」
「ああ。 知ってるのか?」
「知ってるもなにも俺は『クリムソン』の傭兵だ」


男はへらりと口元を緩めて自分を指す。正直この男は傭兵には見えない。しかし人は見かけによらないことを夜重は知っていた。ハノンの容姿を見ただけで、彼女が凄腕の魔女だと見定める者など世界中を探してもなかなか見付からないだろう。





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