くたびれたロングコートが覆う華奢な肩に伸ばされた手。それは目的に触れる前に動きを止めた。突然、目にも止まらぬ早さで青白くヒヤリと冷たい骨ばった指に手首を掴まれたのだ。


「ひっ・・・、ってなんだ、お譲ちゃんか。 驚かせんなよな」
「・・・・」


笑う男たちを露草色の瞳はぐるりと見回した。その瞳は寝起きにも関わらず、いつものように眠たげに緩められてはいない。


「うわ! やっぱめっちゃ可愛い!」
「なあなあ、こんなとこで寝てないでさ、俺等と楽しいことしない?」


彼らがそう言った瞬間、ハノンの瞳が鋭く細められた。同時に男から悲痛な叫び声が上がる。彼女に手首を掴まれた男だ。
驚いた仲間達が何事だと見やると、彼の手は、明らかに体格の異なる少女によって片手で容易に捻り上げられていた。


「キミたちさ。 昨日、どこで、何時に、わたしが就寝できたのか知ってるの?」
「は・・・? なんだ急にこの女・・・」
「街外れの隙間風に吹かれる小さな廃工場。 ベッドも何もない、とても寝心地の悪い硬い床だよ。 しかもお腹が減って夜中に目は覚めるし」
「知らねぇよそんなこと・・、」
「知らないよね? 知るはずもないよね?」


顔を上げないまま淡々と語る彼女に男たちは怖れを感じ、たじろぐ。


「何の事情も知らないくせに他人の安眠を妨害する・・・」


ようやく顔を上げ、男たちを見た露草色の瞳は、影と光のコントラストで不気味に彩られていた。


「それって立派な『暴力』。 でしょ?」




男たちの応戦も虚しく、勝負は「あっ」とも言い終わらないうちに着いていた。数瞬後、広場に立っていたのはハノン・ハイヴただ一人である。彼女は戦闘を終えると、フゥと一息吐き、その場にしゃがみ込む。そして痩せた膝小僧に顔を埋めるとやや大きな声で言った。


「夜重、喉渇いた」


どうやら物陰に隠れていた夜重の存在に気付いていたらしい。彼は呼ばれるとギクリと身を震わせ、裏路地から気まずそうに姿を現した。


「いやー、助けに入るべきかなーとか考えたりしてなくもなかったんだけどー・・・」
「嘘吐き」


きっぱりと言い放つとともに、ハノンは顔を上げて夜重を睨み上げた。いつもは耳にかけている長い前髪が寝ていた所為か、はたまた戦闘の所為か乱れていて、目に掛かっている。
夜重は自分もしゃがみ、その前髪をそっと手で退けてやってから注文通りの蜜柑ジュースを差し出す。買ってから大分時間が経ったため、カップは汗を掻いていて冷たい雫が滴り落ちていた。


「助けて欲しかったんだ?」
「要らない、そんなの」


なぜか嬉しそうに笑った彼から、ハノンは乱暴にジュースを受け取る。そして立ち上がると目を伏せ、ジュースを飲むことに必要以上に集中した。





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