「クソー。 結局あのババァ、1ルミたりとも負けなかったし。 しかも突然態度を変えやがって・・・」


蜜柑ジュースを片手に大通りを引き返して行く夜重は、鋭角な眉を寄せ、不満げにぼやく。
帰り際、夜重はもう一度先ほど魔女が店を構えていた場所を確認してみた。しかしやはりそこだけがぽっかりと空いていて何もなく、ただ煤けた煉瓦の壁が覗いているだけだった。彼は大きく舌打ちをし、そこには留まらずにすぐに人混みへと加わる。そして彼のよく知る魔女が待つ、教会前の小さな広場に足を向けた。


市場の賑わいを背に、背の高い煉瓦の建物の間を折れる。裏路地へと足を踏み入れた瞬間、教会前の階段にて自分を待つ少女の姿を見通せた。しかし。


「あいつ寝てないか?」


訝しげに目を細めて細く薄暗い路地から夜重が覗くと、彼の置いていった荷物を枕にして階段に上半身を伏したまま動かない薄紫色のお下げ頭があった。
あんなところで寝る馬鹿があるか、と額を片手で抑え、呆れの溜め息を吐く。


「起こさなきゃ、だよな・・・」


裏路地を出る手前で足を止めた夜重。彼は気重な様子で呟く。
そのとき、教会の向こうから四・五人の男たちが出てきた。彼らは下品な笑い声を上げながら広場を突っ切っていこうとする。しかしそのうちの一人がふと、教会前の階段で眠っているハノンに気付いた。


「おい、あそこ」


男の一人がそう言ったのを、夜重は裏路地の影から聞いた。男たちが見えた瞬間、彼は一度は出て行こうとしたのだが、結局は身を潜めたのだ。


「なんだ? 女か?」
「結構な上玉だぜ? 肉付きは悪いけどな」
「いや、問題ないだろ。 あのレベルじゃ」


ニヒルな笑みを浮かべ、彼らはハノンに近付いて行く。
すぐに彼らの影が、階段にうつ伏してスヤスヤと寝息を立てるハノンを覆った。彼女の方は全く気付いていないようで、暢気に寝返りを打っている。ただ寝心地が不満なのか、小さな掠れた声を漏らしただけだ。


「いま、どうぞご自由にって言われた気がした」
「ガハハ、ばっかじゃねーの! んなこと一言も言ってないっつーの!!」
「けどこんなところで寝てるんだ! 何をされても文句は言えないよな!」
「言えてる!」


彼らの一人が、ハノンの細い肩に手を伸ばした。



15 / 57
prev next


bkm
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -