とりあえず飲み物を扱っている店舗を探そうと、市場の間をうろうろと練り歩く。しかし唯一見付かったのは、おそらく時計台を目当てにやってくる観光客向けの明らかに原価より相当に値段が引き上げられた飲料水だけだった。だがそれをわざわざ買う気はない。彼の財布が許さない。とにかく、愛想笑いを貼り付けてこちらを見た店主に殺気に満ちた眼光だけは思いっきり飛ばしておいた。店主がトラウマを植えつけられたのは言うまでもない。


と、いう訳で、夜重はまだなお市場の間をうろついていた。もうそろそろ戻らなきゃ時間が経ち過ぎるか、と心配し始めた頃、ふと彼の目に止まった出店があった。それは大通りの真っ只中にありながら、そこだけはぽっかりと陽の光が抜けているような不思議な店だった。誰一人としてその店に目を止めない。
不思議な感覚に引き寄せられ、夜重の足は自然とその店に赴いて行く。
赤くくすんだ絨毯に、石のようなものが数個並べられるだけの店構え。それを目前に一人の女性が座していた。日と夜の交わり時のような深い紫色のマントで頭の上から足の先まですっぽりと身を包んでいる。見えているのは真赤に彩られた長い爪だけだった。


「お兄さん」


店の前で佇んだ夜重に気付いたのか、女は顔も上げずに言った。


「魔法帽だね」


霧を引き裂くような不気味な声に夜重は僅かに眉を顰める。


「そういうあんたは魔女か?」
「疾うに辞めたさ。 そんなものは」


微かに感じた魔法の気配に夜重が問うと、女は嘲笑気味に答えた。


「いまはしがない情報屋だよ。 魔法使い客専門のね」


それで誰も目に止めないのか、と夜重は納得する。おそらく並べられた石は魔法具。魔力のない人間を寄せ付けないようにするものだろう。


「それは違うね」


唐突に女は言う。


「これは魔力のないただのヒトを避けるための道具ではないよ。 魔法具っていうのは正しいけれどね」
「思考を読んだのか・・・!?」
「お兄さんの顔に書いてあったのさ」


紫色のマントの下からクツクツと愉しげな笑い声が漏れた。


「アタシは常に此処であって其処でない場所にいるのさ。 遠方から興味深い道筋に迷い込んでしまった者を見つけ出し、そして導く。 ただし導いた道の先の保障まではできないけどね」
「なんだか妖しげだな」
「フフフ、妖しいことなんて一つもないさ。 ほら、試しにこの2ブロック先に行った左側を探してみなさいな。 銅縁の看板の下にお兄さんが探し求めるモノがあるはずだよ」
「な・・・っ! んなことどうやって・・・、」


知ったのか、と問おうとしたところ、瞬きをしている間に店は跡形もなく消えていた。
夜重の目の前には何もない。ただ薄汚れた煉瓦の壁があるだけだ。



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