「とにかくこうなったらもう職種を選んでいる場合じゃねぇ。 本日の宿代さえも危ういほどの持ち合わせしかないんだ。 隣町の傭兵ギルドとやらに行くぞ!」
「・・・・」
「はあ・・・。 今度は急に止まる」
意気込んだ相棒に反し、ハノンは突然足を止めていた。そんな彼女を若干追い越して進んでしまった夜重は億劫そうにバイクのエンジンを切ると、それに跨ったまま、足でこいで後退する。その距離、ほんの二、三歩。
彼が再びハノンの隣にバイクをつけたとき、いや、と小さく呟く声がした。ハエの鳴くような声量だったが彼はそれを聞き逃さない。
「『いや』つったって・・・んなこと言ってらんねぇだろ?」
「人と戦う仕事は、もういや」
バイクのハンドルに頬杖をついた夜重は、今度ははっきりと発された否定の言葉を拾う。彼は切れ長の紫色の瞳をわずかに見開いたあと、それを柔かく緩めた。
「そっか」
街灯のない暗い裏路地。カーテンの隙間から僅かに漏れる家々の団欒の明りが細い模様を落とすその場所で、吐息とともに零された声音はあまりに優しげだった。
しばしの沈黙の後、夜重はバイクのハンドルを腕で押し、改めて顔を上げる。
「おっし。 じゃあハノンは待ってな。 この大和田夜重(ヤマダヤシゲ)さまのすっばらしい働きを見せてやるからよ!」
「どういうこと?」
「おれが、傭兵の仕事してくるよ。 魔法帽は普通、魔法使いの戦闘のサポート役だけどさ。 ほら、おれって小刀使った戦闘も得意だし?」
どんぐりのように丸い露草色の瞳で目の前の青年を見据えたハノン。そんな彼女に、夜重はクイッと立てた親指を自身に向け、任せとけ、とウインクを飛ばす。ところが彼女はすぐさま躊躇いなく、フルフルと首を左右に振った。
「それもいや」
「ガクッ。 なら何なら良いんだよ!?」
「・・・・」
問い質せば俯き、黙り込むハノン。
「じゃあさ、こうしよう。 とりあえず傭兵ギルド行って依頼掲示板見てきて、人と戦わない仕事を探そう! 一個くらいあるかもしんないだろ? な!」
「あるかな? そんな仕事」
思い付きの言葉をを淡々と並べるハノンに、夜重はいい加減に苛立ちを募らせてきていた。彼なりに彼女に気遣って提案しているのに、その提案は片っ端から両断されていく。だから彼は彼女がこれ以上反論できないよう強引に言い切った。
「あるある! よしっ! そうと決まったら早速行こう、直ぐに行こう!! そして前金もらって今日は変身せずにひろびろと寝よう!」
まだ納得のいかぬ表情を浮かべるハノンだったが、彼女はもともと話すことが苦手だ。と、いうよりも話すことを面倒だと思う質だ。だからこれ以上議論を繰り広げようとはせず、苛立ちを押し殺して無理に笑顔を浮かべる青年に従うことにした。
彼とてもともとこんなに他人の下手に回って気遣うような質ではないことを、彼女はよく知っていたのだ。
「はい、これハノンのね」
夜重はシートの中からクリーム色のヘルメットを取り出し、ハノンに手渡した。彼女は素直に受け取り、装着する。そして夜重の後ろに飛び乗った。
「ちゃんと掴まってる? 行くよ? サンダル気をつけてね!」
宵の裏路地の冷気を、低くリズミカルなエンジン音が震わせる。白いヘッドライトが頼りなさげに一度点滅し、二度目で点灯したあと、一帯の闇を裂いた発進音とともに緋色のバイクは軽快に滑り出した。
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