爪を切り損ねた。
「っ…」
 あぁ、私はなんてドジなんだ ろう。こういう時、自分が嫌になる。
「だ、大丈夫?」
「ふふっ、大丈夫だから君は気にしなくていいよ」
 私の頭をポンポンと撫でてくれる郁の手の温もりに、泣きそうになる。

 たまたま二人の休みが重なった今日。郁の部屋でまったりしていると、急に郁が口を開いた。
「僕、彼女が出来たらやって貰いたいって思ってた事があるんだ」


 せっかく、伸びかけていた郁の足の爪を切ってあげていたのに。
 郁の願いをうまく叶えてあげられなくて申し訳ない気持ちになる。
 でも、郁にだって責任はある。
 だって爪を切る私の手先をじっと見てるんだもの…
 郁にそんな風に見られたら、心臓が飛び跳ねて思わず手が滑ってしまうのは当然だ。
 って、こんな事を思ってる場合じゃない。怪我した所を消毒しなきゃ。
「ちょっと待ってね」
 と、消毒液と絆創膏を取りに立ち上がろうとした時…
「いいから、ほら座って。僕の親指を傷つけた責任は取って貰わないとね?」
 …目の前に差し出される郁の足。
「え…」
「君が舐めてくれたら、それで許してあげるよ。ほら、…ね」
 ね、じゃないと思う。
 私の頭はしばらく何を言われているのか理解出来なかった。
 でもその意味が分かると、自分の頬が熱を持っていくのが分かる。

 赤い血液の滲む郁の親指。
 細く長く綺麗な指。
 白い肌と爪の間から、赤く滲む液体。
 私はそれをそっと舌で舐める。
「っ…」
 当たり前だけど血の味がする。
 それは郁の体を流れる血液。
 私は少しおかしいのかもしれない。
 郁の血液が私の一部になる。
 その事がなぜか嬉しくて、私は傷つけた親指を口に含んだ。
「ふふっ、君はいいこだね」
 素直で可愛い…と頭上から郁の満足そうな声が聞こえた。

 足の指だけじゃなくて、心の傷も舐める事が出来たらいいのに。
 そうする事で少しでも傷を癒やす事が出来るのならば…。
 郁の胸の奥から、じわりじわりと流れ続けているその痛みを、私が舐めてあげたい。

 郁の痛みを、私の体に少しでも取り込んで、分かち合う事が出来たらいいのに。
 そうしたら、郁ともっと一つになれる。
 そんな気がするんだ。



fin.

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -