試験前



 ジェルマンは悩んでいた。右手には写真、左手には作りかけの人形、机の上には人形を作るための道具と紅白模様のシルクに包まれている少女のような植物。
「ルネ、エムはこの子をちゃんと使えるだろうか」
 はあああ、長いため息の後に吐き出された質問にルネと呼ばれた植物はうっとりとするような微笑を浮かべて囁く。
「全ては彼女次第。そして貴方の腕次第」
 先ほどからこんな様子なので、余計にジェルマンのため息は止まらない。未来を教えてくれるはずのアルラウネがここまで曖昧な返事しか返さないのは稀だ。未来が不確定すぎるのか、はたまた質問が悪いのか。どうにもうまくいかない人形作りにも疲れ、紅茶でも淹れようと腰をあげた。
 元はといえばエムが悪いのだ。茶葉を選びながらジェルマンは思う。学期末の試験は手持ちのブードゥーでは不利だから対象を写した人形がほしい、というのは呪術科ではないジェルマンでも分かる。人を呪うときは対象に見立てたものが必要で、それが似ていれば似ているほど呪いは強力になる。だが人の形に近づけば近づくほどそれ自体がニンゲンになりたがり、また物質としての身体を欲しがる何かが入り込むことも少なくない。実在する人物そっくりの人形は、作る者も扱う者も細心の注意を必要とする。
「そんなものを一ヶ月で作れだなんて無茶にもほどがある」
 精巧な人形は街に出ればいくらでも買えるが高価だ。学内ならいくらか手頃な値段にもなるが、それだけ質も落ちる。それなら関わりのある呪術科の生徒に頼んだほうがずっといいものが手に入るし、術具科の生徒も少なくない報酬が貰え成績にもいくらか反映されるとなれば断る者もいない。ジェルマンもそういった生徒の一人だった。
 人形を渡す期日まで残り一週間と少し。頭以外のパーツはできているとはいえ、顔の造形に人一倍こだわるジェルマンは果たして間に合うのかと自分でも不安に思っていた。
 不安の種はそれだけではない。普段扱わないものをエムは無事に扱えるのか、それが気がかりで作業は余計に進まない。本来慣れないものを扱う場合は簡単かつ安全で些細なことから始めるものだ。確かに普段のエムの呪術は目を見張るものがある。だが扱ったことのない媒体を使用して同じような結果が出せるとは限らない。むしろコントロールできずに自分に呪いがかかる可能性のほうが高いだろう。
 はあ。今日何度目か分からないため息と紅茶を一緒に作りかけの人形へ向けると、ルネが美しい微笑をたたえて囁く。
「信じなさい。それが矛となり盾となる」

「ほんっとーにありがとう!」
 期日の朝、食堂でエムを見つけると声をかけるより先に駆け寄られた。いつものエムらしくない必死さに今回の試験はよっぽどなのかとジェルマンは驚く。
「別に、期日までに満足のいくものが作れたから僕としては構わないけど」
「ごめんね、これは代金と約束のブードゥーで精霊をおろすときに使う人形。あと無理言っちゃったからゾンビパウダーも入れといた。ブックカースのインクに混ぜたりとかもできるから」
 人形の入ったトランクと引き換えにブードゥーのものらしいシンボルの書かれた包みを受け取る。銀のナイフで封を開けて中身を改めると、頼んでいたものとゾンビパウダーらしき粉の入った瓶が入っていた。
「確かに。……ところで、試験内容はどんなものか聞いても?」
 少しやつれた姿を見れば、連日試験に向けて研究しているのだと分かる。エムがここまで努力しなくてはならない試験とは一体どんなものなのか、ジェルマンは気になっていた。
「呪術によって対象を意のままに操るってだけなんだけど、その方法はなんでもいいのよね。だから評価がどうなるか読めなくて、できるだけ高評価を狙いに出てるんだけど……」
「だけど?」
「なんていうか、解釈次第みたいな? アスモダイは魅了して操るらしいし、ハルファスとマルファスは催眠かけて無防備になった魂を閉じ込めるみたい。でも私の使う呪術は基本的にブードゥーだからそういう応用利かないの」
「だから、少しでも普段使っているものに近いものを使いたかったのか。僕ならエムが使うようにカスタマイズしたものを作れるから扱うのもいくらか容易になる」
 そういうこと。そう言ってエムは疲れた顔でカプチーノに口をつける。無茶を言われたとはいえあまりにもエムらしくない様子に、ジェルマンは朝食でもご馳走しようかと思った。
「コルネットでも?」
「いらない。このあとクランクの『クランクお手製☆呪力マシマシラリラリハッピードラッグ』飲むから」
「……なんだって?」
「『クランクお手製☆呪力マシマシラリラリハッピードラッグ』」
 クランクはベリアルやアスモダイの言葉を借りるなら「薬中のキチガイだが薬学の知識と技術は学内トップレベル」の薬学科生徒だ。効能と比例して副作用も激しいらしいが、それでもその効能を求める生徒は少なくないらしくいつも誰かがクランクに薬を頼んでいる。
「君のことは僕には関係ないが、あまり無理はするな。実力のある者がいなくなると退屈だ」
「うん、頑張る。……ありがとう、ジェルマン」
 手を振り力なく微笑んだエムを見送り、ジェルマンはルネに尋ねる。
「ルネ、エムはあの子をちゃんと使えるだろうか」
「貴方は彼女に成功を手渡した。空の身体には勝利が詰まっている」
 ルネはうっとりとするような微笑を浮かべて囁いた。



fin.






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