※大学生
※飲酒の描写がありますが、未成年の飲酒を推奨する意図はありません



 ぐでんぐでんに酔っ払って、足元すらおぼつかないこの後輩を、どうすればいいのか、途方に暮れた。「せんぱーい」と真っ赤な顔をゆるませる、その無防備さに、耐えている俺を、誰か褒めてほしい。


 サークルの飲み会があった。いわゆる新歓というやつ。緊張の面持ちで「みょうじなまえです! よろしくお願いします!」と叫んだ彼女は、男の多いこのサークルで、要は狙われたのだ。酔わせて持ち帰ろうとする奴らの多いこと多いこと。さりげなくグラスについで、飲ませて、しゃべらせて、ついで、飲ませて……その結果、彼女は、べろんべろんに酔ってしまったのだ。
 女性陣のガードの甲斐あって、どうにかお持ち帰りは避けられたものの、ふらふらと千鳥足の彼女をまさかひとりで帰す訳にもいかず、送り狼として前科のない俺に、白羽の矢が立ったのだった。


「みょうじさん、おうちどこなの」
「おうちはねえ、あのねえ……」


 そうしてとんでもなく遠い県を口に出した彼女は、おそらく、大学でこちらに来たばかりで、自分の部屋の住所を覚えていないのだろう。飛行機の距離にある、実家とおぼしき住所を、回らない舌で暗唱している。はあ、とため息を隠すことすら忘れて、車道の側に出て行こうとする彼女の腕をひいた。


「しょうがないから、俺の部屋においで。大丈夫、何にもしないから」
「おーっお泊まりっすかあー! やったね!」


 お菓子買いましょうよコンビニ行きましょうよとごねる彼女が、たったひとつしか年の変わらない「女性」であると、うっかり忘れそうになる。妹か、あるいは、それを通り越して、娘でもできたような気分だ。それでも、すらりとした脚や、丸みを帯びた身体の線なんかは、しっかりと女性のそれだから、混乱してしまう。


***


「せんぱあい おふろかりたいでーす」


 玄関に上がるやいなや上着を脱いで、振り返ると彼女はそう言った。広く開いた襟から覗く白い胸元に、心臓が鳴る。


「べつに、いいけど、ちょっと待って。タオルとか出すから」
「はーい」


 汗をかいたのなんのと、脱衣所に着く前に素っ裸になりそうな勢いで脱いでいく彼女を、あわてて引っ張り出したタオルとTシャツとハーフパンツと一緒に風呂場に押し込む。ご機嫌な口笛が聞こえてくる、くそ、こっちの気も知らないで。コンビニの袋をローテーブルの上に投げ出して、ベッドに腰掛けて、頭を抱えた。

 まさか、こんな状況で、妙な気分にならないほど、俺はできた人間じゃない。というか俺だって若い男で、性欲だって人並みにあるわけで、それをどうしてここまで必死になっているって、彼女があんな状態だからだ。俺はできた人間ではないが、酒でまっとうな判断ができなくなった女性を、襲って食ってしまうほど、下衆でもない。


「これ、きていいんですかー」
「ドーゾ、ぜひ着てクダサイ」


 力の入らない声で返事をすれば、すぐに衣擦れの音が聞こえてきた。早いな、もう出たのか、と時計を見れば、思っていたよりも時間が経っていて、自分がまどろんでいたらしいことに気付く。


「せんぱいもはいりますかあ」
「いや、俺は明日入るからいいや。もう、眠いし」


 嘘だ。本当は、汗をかいたまま寝るのは好きじゃないし、どんなに疲れていたって風呂だけは入ってから寝る。それでも、彼女が使ったあとの、あの空間に入る勇気が、俺にはなかった。


「せんぱいお菓子、おかぱしましょ、おかぱ」
「オカパ?」
「おかしぱーてぃー。ねーえ、チューハイあけていいですか」


 座る俺の横に来て、しなだれかかって、袋を指さす。湿った髪から、いつも俺の使っているシャンプーと同じにおいがして、身体が熱くなる。


「遅くに食べたら、不健康だろ。もう寝よう」
「えー! せっかくお泊まりなのにい」


 やたらにひっつきたがる彼女を、ベッドに転がして、電気を消す。突然真っ暗になって驚いたのか、彼女は動きを止めた。安心して、ローテーブルを挟んだ反対側の床に横になろうと、腰をかがめる。「せんぱい、わるいです、わたしが床でねます」「まさか女の子にそんなこと、させられないって」「でも」ひそめられた声には、常識の色が見えて、やっとアルコールが飛び始めたかな、と、本当に、心の底からほっとした。
 のに。


「せーんぱい」


 ベッドから這って降りてきた彼女が、俺のすぐそばに横になる。そのあまりの近さにぎょっとして、思わず肘をついて身体を起こした。彼女はいたずらっぽい笑顔を浮かべて、俺をじっと見つめている。その頬が赤いのは酒のせいだ、その目が潤んでいるのも、やたらに俺にひっつきたがるのも、甘えたようにすりよってくるのも、すべて酒のせいだ。それなのに、都合のいい勘違いをしたがる俺の脳が、ほとほと嫌になる。


「やめろ、みょうじ、あっちで寝ろって」
「えー! まだ寝ないです!」
「ワガママ言うな、頼むから」
「せんぱーい」


 ルール違反だ、と思った。やわらかいてのひらや胸をぴたりと俺にひっつけては、それでも無邪気に笑うものだから、手なんて出せるはずもない。その気もないのに媚びるなんて、ずるい、こんなのは、俺の手に負えない。身体の熱と冷めた理性の葛藤に、腹が立って、ち、と舌打ちをこぼす。彼女はそんなことも意に介さないように、俺に抱き付いて、怖い話をしてくださいだの、高校でもバレーやってたんですかだの、真昼間のカフェででもできるような話題をけしかける。
 時計を見た。まだ二時を回ったばかりだった。もうひとつ、舌打ちをして、さらに、ため息までついてみた。それでも彼女は笑って離れない。夜は長い。
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