恋というのは、もっと甘くてパステルカラーをしていて、かわいらしくて、それだけで幸せになってしまうようなものだと思っていた。それが、どうだ。人生で初めてじゃないかというほど焦がれる人ができて、その人のことを思うたびに苦しくて死にそうになって、時には自己嫌悪に陥ったり、はたまた彼の言動ひとつバカみたいに舞い上がったり。まるで、腐りきった果物のようにぐずぐずになるわたしの心を、鎮める術が欲しくてたまらない。

「あれ、みょうじさん」

 バス停でぼんやり、音楽を聴きながら立っていたら、右隣から声をかけられた。見上げれば、わたしの心臓をだめにしてしまう笑顔がそこにある。焦ってしまって、ウォークマンを操作する指が、全然違うボタンを押す。ふたつみっつと曲が進んで、ちがう、ちがうよ、とうわごとのようにこぼすわたしに、縁下くんが苦笑する。

「いいよ、そんな、聴いたまんまで」
「あの、でも」
「でも、何聴いてるのかは、気になるかな」

 言いながら、首をかしげて、わたしの耳につながるイヤホンを指差した。そんな、普段なら絶対に断るようなお願いも、彼なら逆らおうという気持ちすら起きない。反射に近い速度で、片方のイヤホンを外して、差し出した。

「ありがと」

 お礼の言葉を聞いたあとで、今流れている曲の歌詞を思い出して、血の気の引く思いをした。片思いの甘酸っぱさと、辛さと、それでも好きでしょうがないという、コテコテのラブソング。わたしが誰を思い浮かべてその曲を好んでいるのか、まさかばれるはずもないのだけれど、なんだか頭の中身を開いて見せているような、妙にそわそわと落ち着かない気持ちになる。
 イヤホンのコードのせいもあり、今までにないほど近いところにある、肩とか、近いから余計に実感する、身長の差だとか。あと五センチ欲しいと友人にぼやいているのを聞いたことがあるけれど、わたしからしてみれば、充分な背丈なんじゃあないかと思う。それともバレーをやっていると、わたしの持つような尺度は甘く感じるのだろうか。ふいにその彼がこちらを向いて、ぎこちなく、くちびるを動かした。

「この曲、すごく、いいね」

 馬鹿馬鹿しいほど都合のいい期待と自惚れが、身体を突き抜ける。彼の笑顔の硬さも、赤い頬と耳も、ぜんぶ、まっすぐわたしに向けられている。当のわたしはというと、もう信じられないほどどきどきしてしまって、ゆっくりうなずくことしかできないでいる。

 恋というのは、もっと甘くてパステルカラーをしていて、かわいらしくて、それだけで幸せになってしまうようなものだと思っていた。どうやらその考えは甘かったらしい。苦くてつらくて苦しくて、たまに自分が嫌になることもある。それでも、たったこれだけのことで、ゆびさきさえも思い通りに操れなくなるほど、幸せになってしまうのだ。
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