おや、あのふわふわ頭は。
 俺は見覚えのあるちいさな後姿をみて、わくわくするのを自覚した。確かあの子は、みょうじなまえちゃん。飛雄のとこのマネージャー。メガネ美人の方のマネージャーにガン無視された後でこのなまえちゃんにも声をかけてみたところ、警戒って言葉をそもそも知らないんじゃないのってこっちが心配になるほど、無邪気に接してくれた。アドレスもラインのIDも交換してくれた。きっと彼女は俺の下心なんてこれっぽっちも疑っていないのだろう。これって騙してるうちに入るのかな。烏野の輪に戻っていく彼女が、主将くんと爽やかくんにえらく怒られているのを見て、あ、俺騙したのかもしんない、と思った。


「やっほーなまえちゃん、元気ー?」


 声の主をさがしてきょろきょろしていたなまえちゃんは、俺を見つけるとぱっと花の咲くような笑顔を浮かべて手を振ってくれた。ああカワイイ、あの美人マネとは違うタイプで、俺の好みではないにしろ、そこそこレベルが高い。


「及川さーん! どうしたんですか今日、オフですか?」
「ん、そ、ウチは月曜オフなんだよね。烏野もオフなの?」
「なんか、体育館、使うらしくって。ヤんなっちゃいますよね、外練も場所ないし、各自休養のため解散って言われちゃいました」


 くちびるをとがらせて不満げな彼女は、年齢よりもだいぶん幼く見えた。思わず顔がほころんでしまいそうになる、あいくるしさ。あいつら、こんなにかわいい子に応援されてるのか、いつも。なまえちゃんとあの美人マネ(そういえばあの子は名前すら教えてくれなかったなあ)がふたり、並んで声出しをする様を想像する。うらやましい。


「これからの予定は?」
「うーん、最近全然行けてなかったので……」


 なまえちゃんは、俺も聞き覚えのある店や、有名なカフェの名前を次々と口にした。ウィンドウショッピングなんて何が楽しいのか正直かけらも分からなかったが、今がチャンスとばかりに畳みかける。


「それ、ついてってもいいかな。俺今ヒマなんだよね」
「えーっ、ヤダ」


 至極素直に吐き捨てた彼女に、笑顔がひきつる。


「……念のため、理由聞いてもいい?」
「だって主将にダメって言われたんです。この前及川さんにいろいろ教えたのがばれて、すっごく怒られました、個人情報を渡す相手はしっかり選べって」
「へ、へえ、そうなの。君自身はどう思ってるの?」


 えっ? と目を丸くして、それから唸って考えるなまえちゃん。きゅっと寄った眉に、真剣さがあらわれている。


「わ、たし、は……言うほどイヤじゃないん、ですけど……」
「けど?」
「飛雄にもダメ出しくらったから、うーん……」


 なんですと。
 作り笑いにも限度がある。あの主将くんに加え、飛雄までも、俺の邪魔をするか。
 あごに当てられたそのちいさな手を握って、なるべく爽やかに、下心なんてありません、という顔をして、笑って見せた。


「君がイヤじゃなければ、ついてきたいんだけどな」
「え」


 俺の顔と握られた手を交互に見比べて、ちょっと困ったように眉を下げる。そうして最後に手をじいっと見て、口を開いた。


「じゃあ、お願い、します……?」


 よしきた、と手は握ったまま、目当ての店へと歩き出した。答えを出してしまったあとはとくになやむ様子もなく、そしてつながれたままの右手にも対して疑問を抱く様子もなく、オフを満喫する彼女のその楽しげなさまといったらもう、高校生には見えない幼さだったという。







 雑踏からその一部始終を見ていた、花巻氏の証言。
「いやあ、なんていうか、いたいけな女の子を騙してホテルに連れ込むおっさんみたいに見えましたねえアレは」

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