嘘であればいいのにと何度も自分の頭を疑った。周りの奴らもみんなぽかんとしていて、いち早く情報が届いたらしい清水は夜通し泣いたのか、目が赤くはれていて、いつも朝練にはいないはずの武田先生がそこにいて、沈痛な面持ちでこれからやらなきゃいけないことをとつとつと話している、俺はそのすべてが頭をすりぬけていくのを感じた。だってみょうじは昨日まで元気だった。変わらず笑っていて、俺はそのほっぺに浮かぶえくぼにどきどきしたりして、いつもどおり「スガくんまた明日ね!」と言ってくれて、それなのに。
 みょうじは死んだ。
 事故だそうだ。


×××


 入ってくる情報が処理しきれていないのか、俺はわりといつもと変わらずに今日を過ごした。生徒が事故で亡くなったということで授業はすべてカット、体育館で集会をして校長先生の話だけ聞いて解散となった。せっかく持ってきた教科書は、使わなかった。ぜんぶロッカーに突っ込んで、筆箱と財布と着替えだけ入ったエナメルバッグを肩から下げて、部室に向かった。廊下を行きかう人たちみんなが、暗い顔をしていた。
 この中の一体何人が、みょうじを知っているのだろうか。


×××


「スガ、どこ行くんだ」


 下駄箱の前で、大地が俺を呼び止める。「どこって、部室だけど」俺の返答に大地は眉根を寄せた。


「なあ、スガ、気持ちはわかるが……」
「ボールさわってないと、どうなるか、わかんないんだ。大地、ごめん」


 勝手に口が動いて、出てきた言葉を聞きながら、そう、そうなんだよ、そのとおり、と自分で納得した。大地は少しだけ困った、みたいな顔をしながらも、俺についてきてくれた。ひとりにしてくれ、とは思わなかった。今日普通に過ごしていたのも周りにたくさんの人間がいたからで、俺ひとりになってしまったら、ほんとに、どうなってしまうか、予想もできなかったから。


 制服から着替えて、ついでにジャージも羽織って、体育館に向かう。俺も大地も、ひとこともしゃべらなかった。中には俺たちと同じような考えを持っていたのか、バレー部のやつらが勢ぞろいで、月島さえもそこにいて、俺はちょっと驚いた。


×××


 ゆうべ、俺たちと別れて家に帰ってから、シャー芯とルーズリーフがなくなっていたことに気付いて、あわててコンビニに走ったらしい。夜道が苦手なあいつのことだから、はやく帰りたいとそればっかりだったんだろう。居眠り運転、完全に10:0で、向こうの過失だそうだ。大きいトラックだったから、しかもけっこうなスピードだったから、一瞬の出来事だったそうだ。でもその代わりに、かたちがわからなくなるほど、ひどい事故だったそうだ。
 みょうじは苦しんだだろうか。一瞬だったのなら、痛がるひまもなかったのだろうか。机に足の小指をぶつけただけで泣くみょうじだから、せめて痛くなかったのなら、いいけれど。
 みょうじをかわいがっていた両親は、どれだけ泣いただろう。みょうじを慕っていた妹と弟は、どれだけ悲しんだだろう。みょうじといちばん仲の良かった道宮は、どれだけ苦しんだだろう。
 俺はその中に入ることを、許されるのだろうか。


×××


 ばこ、と、レシーブミスしたボールが、倉庫の方へと転がっていった。悪い取ってくるわ、続けといて、と言って、ボールを追った。
 暗くてほこりっぽい倉庫の、わりと奥のほうにいってしまったようで、俺は倉庫の中まで入らなければならなかった。せき込みながら、ボールを取るために、かがんだ。


『スガくん、我慢ってよくないと思うんだよね』


 はじかれたように顔を上げたが、当然そこにみょうじはいない。どうしてこのタイミングで、あの時のみょうじの言葉がフラッシュバックしたのか。あの時、とは、伊達工に負けた後、旭が部活に来なくなって、俺が自責の念でつぶされそうになっていたころのことである。今と同じように、倉庫までボールを取りに来た俺の前で、腰に手を当てて、そう言ったのだ。あの時俺は、なんて、返したんだっけ。ええと、


「我慢なんて、してない、よ」
『うそつき。泣きそうな顔してる』


 ぼろ、ぼろ、と、アホみたいに涙がこぼれてきた。ボールをつかむ手に力がこもる。しずくというよりも、ゲル状のかたまりが目からいくつもひり出されてるような、今までに経験したことのない泣き方だった。嗚咽がもれる。こどもみたいだ。親においていかれて、ひとりぼっちになった、迷子みたいな泣き方。戻ってこない俺を心配したのか、だれかが倉庫に入ってくる。足音がした。その足音が、俺の隣まできて、俺の背中を大きい手でさすった。大地だ。みょうじじゃない。みょうじにはもう会えない。みょうじはもう俺を心配して駆けつけてはくれない。みょうじはもう、いない。


「俺、俺、ああ、大地」
「ん」
「好きだ……、好きなんだ、みょうじのこと」
「ん」
「ほんとうに、もういないのか、みょうじは。なあ、大地」
「……」
「俺、遅すぎたよ、大地。なあ、どうしたらいいんだよ、みょうじ、なあ」


 大地はずっと、だまって、俺の背中をなでてくれた。このまま枯れてしまうんじゃないか、というほど涙が出たが、涙が枯れることはなかった。いっそほんとうに、ひからびてしまいたかった。けれどそんなことを言ったらみょうじはまた怒るのだろう、あの時のように、腰に手をあてて、かたちのいい眉をつり上げて。


 しかし悲しいかな、みょうじはもう、ここにはいない。

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