あ、と、思わず声をあげてしまったがしょうがない。予想外の場所で予想外の人に会っだんだもの、それぐらいのリアクションを神様が許してくれなかったら、この世界で生きていくことは相当に難しい。だって、クラスメイトのクールビューティー月島くんと、コンビニのスイーツコーナーでばったり会ってしまったのだから。


「あ、あの」
「みょうじさん」
「ハイッ!」


 月島くんが、ケーキに伸ばしかけていた手をひっこめて、わたしを見下ろした。浮かべられた笑顔がどことなく怖くて、背筋を伸ばす。


「君は、なんにも見ていない。いいね?」
「は、はいっ、見てません!」
「よろしい」


 にっこり、ああ、顔の整ったひとは、ちょっと口角を上げただけでここまできれいに見えるのか、なんて思いながら、ショートケーキを片手にレジへと向かう月島くんの後姿を見送った。わたしは何も買わずに、月島くんの買い物が終わるまで、スイーツコーナーで立ち尽くしていた。



 それからというもの、月島くんからのコンタクトが、わずかに増えた。わたしが友人と話しているところに自然に混ざったり、あるいは教室の移動でさりげなく隣に来たり、という程度。浅く広く友人関係を持っているわたしにとっては、さしたる変化ではなかった。
 おそらく、彼は、わたしを監視している。
 あの日のことをだれかに言いふらさぬよう、ひそやかに。
 なんて、器用なひとなんだろうと思った。クラスメイトの域を出ないまま、わたしの言動をとても効率よくチェックしているのだ、わたしにはとうてい、できっこない芸当だ。



「みょうじさん」

 わたしの前の席に腰かけて頬杖をついた月島くんは、みんなにいつも見せているのとは違う表情を浮かべてわたしを見つめた。だるそうな、つまらなさそうな、ちょっとだけ眉間にしわをよせた、冷たい表情。


「はあ」
「君は、なんにも見ていない」
「……ああ、うん、そうだね」
「だから、そんなに避けることないんじゃないの」


 不満げに寄せられた眉から、わたしは何を読み取ればいいのか。国語の心情理解が苦手なわたしは、こういうことにも疎かった。


「ごめんね、避けてるつもり、なかったんだけど」


 探り探り、ゆっくり、しゃべりながら、様子をうかがう。いまだ、その不愉快そうな雰囲気がゆるむことはない。どうしてただのクラスメイトである月島くんのご機嫌取りなんて、しなくちゃならないのか。


「イヤだったなら、謝るよ。ごめん」


 わたしとしては、月島くんが念を押した「例のこと」について、約束を反故にはしないから安心しろ、というつもりで、友人たちと話すときにちょっと声のトーンを上げて、自分の無実を主張したり、そうして自分の行動を振り返って、ああ、そういえば、と思い当たった。なるほど確かに、その主張の延長線で、わたしはあの日月島くんと出会ってなどいません、と、なんとなく、月島くんから距離を置いていた、ような気がする。言われてみれば。


「……僕は」


 ちいさな声で、目をそらしながら、ぼそぼそと紡がれるそれは、まぎれもない、言い訳だった。わたしは、衝撃のあまり、指先さえも動かせずにいる。


「脅したつもりは、なかった。ただ、男なのに、あんなとこ見られたから」


 その先は、聞こえてこない。じゅうぶんだった。あの月島くんに、ここまで言わしめている感情の正体とはいかに。手を握って、ひらいて、からだがほどけたのを確認してから、ゆっくり、首を横にふる。


「気にしてないから」


 伏せられた目がわたしを見て、そのまつ毛の長さや、きれいな二重に見とれながら、口角を上げた。何かが起こりそうな予感が、している。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -